第33話 本当のこと
ヒスイ先生に暫く撫でられた後、少し落ち着いてから彼女はぽつりぽつりと話し始め、沢山お話をしてくれた。
今までやっていた『鬼ごっこ』はドリアード達の中では、独り立ちを意味する重要な試練だったとそこで初めて知った。
さらに驚いた事と言えば、ヒスイ姉さんには本当の妹がいたという事実だ。
でもそれを聞いて、彼女の面倒見の良さの理由が分かり、何処かスッとした。
懐かしそうな顔で話す妹との思い出話は、二人がとても大切に思い合っていたのが分かる内容ばかりだ。
妹も俺と同じように鬼ごっこの修行を受けたらしいが、おっちょこちょいで中々合格出来なかった事。
木霊の習得は俺よりも優秀だったようで、出来た日には素直に褒めまくったらしいけど、それがいけなかったのか、妹ちゃんは木霊が使えるようになったのが嬉しくて、《お姉ちゃん!! お姉ちゃん!!》と、木霊で一日中言われ続け、凄く怒った事。
夜は一緒に寝ないと、寝られない甘えん坊だった事。
二人はとても幸せだったと話してくれた。
だった。
そう、過去形だ。
ヒスイ姉さんの顔が一瞬強張ると、次第に悲しい表情に変わっていった。
ある日、魔の森で人間による大規模な魔物狩りが行われた。
後に、知恵のある魔物達の中で『木霊狩り』と言われる事件だ。
人間は森に火を放ち、大人数の軍隊を送り込んで来た。
火は燃え上がり、魔物達はパニックになりながら追い込まれて行った。
ヒスイ姉さんも、妹を連れて必死で逃げた。
姉さんは妹の手を引き、水魔法を使いながら炎の中を逃げ回った。
炎を背に必死で逃げて、逃げた先に見た光景はーー
混沌。
沢山の魔物と沢山の人間が入り混じり、凄まじい悲鳴や雄叫びと伴に激しい戦闘力が行われていた。
炎は囮だ。その時、姉はそう思った。
人間達は、戦闘で弱らせた魔物を特殊な鎖で繋ぎ、どんどん檻に入れて行く。
それを見た姉は、必死に妹を連れ、炎と戦場が無い方向へ逃げた。
だがしかしーー
そこにも人間がいた。
少数とは言え、見ただけで分かるほどの精鋭の集団だった。
知恵のある木霊持ち、彼らが本当に求めていたのはそういう魔物だ。
つまり、選別も兼ねた二重の罠。
「こりゃ上玉が来たもんだぁ。王国に献上するのは別に用意して……あれ貰っていいかなぁ?? 真司」
「哲也……お前……」
中年のリーダーらしき人族の男達が、目の前で揉めている。
「良いじゃねぇか。お前には可愛い嫁が二人も居るんだしさぁ!?」
「…………もう止めろ。魔物でもて遊ぶのは」
姉は揉めている隙に妹を連れ逃げようと試みたが、後方から光る剣が無数に飛んで来て、不幸にも姉の足を貫いた。
「ぐ!! アオイ、私を置いて早く逃げなさい!!」
「お姉ちゃん!!」
「どこに行くんだよぉ。もうお前らは俺様の物なんだよぉおお!!」
いつの間にか右手に持っていた鎖付きの首輪を、凄い勢いでこちらに向かって投げて来た。
その時だ。
妹は姉の前に立ちはだかり、両手を広げた。
「駄目!! 逃げなさい!!」
だが姉の願いも虚しく、次の瞬間には妹の顎の下には首輪が装着されてしまっていた。
「ぎゃはははは!! まずは一匹目ゲットだぁあ!! 次はお前だ……」
「お姉ちゃん逃げてぇええ!!」
妹は逃げようともせず、逆にその男に飛び込み、全力で腕に噛み付いた。
「ふ……ふははははは!! これは遊び甲斐がある!!」
強く強く噛んでも、男は痛がらない。
妹の顔に影が掛かった。
バシッ!!
バシッバシッ!!
姉の目の前で、男が狂ったように笑って妹の頬を打つ。
「止めてぇええ!!」
必死にあらゆる魔法やスキルを使いった。
しかし、得体のしれない何かが邪魔をして全く効果がない。
「良い声で鳴くじゃねぇか。お前も仲間に入れてやるよぉ……」
男が舐るように近付いて来る。
ドゴン!!!!!
「もう、止めろ」
「ぐはぁ!! てめぇ……真司……許さねぇ……から……な」
何が起こった?? 突然一緒にいた隣の男が、妹を捕らえている男に不意打ちを入れ気絶させて、こちらを振り向きこう言った。
「すまん……」
一瞬助けてもらえるとそう思った。
そう思ってしまった……
ザシュ!!
何かが何かを貫く音。
「え?」
こちらを向いて歩み寄ろうとしていた妹の胸には、剣が刺さっていた。
「いやぁあああああああああ!!」
そこからは記憶が定かでは無くなって、ヒスイ姉さん自身も後からどうなったかを聞いて知ったようだ。
じぃちゃんから聞いた話では、未だ会ったことが無い長男が、ヒスイ姉さんを見つけて保護し、じぃちゃんの元まで連れて来たらしい。
「なんて酷い……」
俺にはそんな言葉しか出て来なかった。
「……だから、だから私は人間が大嫌いなのよ」
「…………俺も、元人間だよ??」
「正直に言うとね。私は貴方を引き取る時に猛反対したの。それこそアラ子よりもね……」
ショックだった。
今まで一番優しくて、一番面倒を見てくれていたヒスイ姉さんが、本当は誰よりも嫌悪していたとそう言ったからだ。
「………」
「実は旅人さんと約束していたの、もしエントがファミリアの一人でも敵だと言って、危害を加えたら殺して良いと……ね」
「え!?」
(そんな話聞いてないぞ!?)
「でも、エントをずっと近くで見ていたけれど、そんな事はまるで無かった」
「当たり前じゃ無いか!!」
「あら?? アラ子とお手伝いの時は、ちょっと殺気を感じたけれど??」
「ぐ……あれは、アラ子姉さんが先に攻撃して来たから仕方無いでしょ!?」
「ふふふ、分かっているわよ」
「…………」
完全に遊ばれてるな。
「あの日、貴方が木霊を初めて成功させた時、妹と重なって見えてしまった。それからかな、ちょっとづつ私の中で、エントに対する考えが変わって行ったのは……」
(あの時、ヒスイ姉さんが抱きしめてくれたのは、そう言う事か……)
「もう少しで一年が過ぎ、まだまだ弱いけれど、エントが一生懸命取り組んでいる姿を一番近くで見て来た。そして着実に成長して来て、いよいよ回復魔法を習得する所までになった。それでね、私は私自身で決めたの。もしも、ドリアードに伝わる古い試練を、エントが達成したのなら、本当の弟として愛そうって。妹のように本気で愛そうって……」
彼女の瞳はガラスのように光が反射して、とても綺麗に見えた。
「ヒスイ姉さん……」
「黙っていて、騙していてごめんなさい……エント」
「いや、良いんだよ。必要な事だったって、話を聞いたらそう思うから」
突然、手を取られると、そのままぎゅっと抱きしめられた。
ヒスイ姉さんの肌は、少し冷たいけれど気持ちはどこか温かくなるのを感じる。
「ふふ、アラ子とエントがハグしているのを見て、ちょっと羨ましかったからね」
(む、胸が、丁度顔に当たって……嫌、これはイワナイデオコウ)
「あああああ!! エント!! ヒスイ姉!! な……何やってんだい!?」
噂をすれば、タイミング悪く、アラ子姉さんがやって来たようだ。
(アラ子姉さん……ヒスイ姉さんに甘えられるのは中々レアなんだから、邪魔しないで欲しかったなぁ)
そう心でぶつくさ文句を垂れて、渋々離れようとしたその時だ。
「アラ子、エントは誰の物でもありませんよ」
また、グイっと引っ張られ、さっきよりも強く抱きしめられる。
「私のエントです……ふふふ」
「ヒスイ姉ぇええ!! ユルサナイ」
その後、ヒスイ姉とアラ子姉さんは何故か俺の時より激しい鬼ごっこを始めたが、俺はそれを見て沢山笑った。
本当の兄弟が出来た気持ちを、噛み締めながら。




