第32話 鬼ごっこ攻略戦
そして、遂にその日がやって来た。
午前中のキラ兄さんとの特訓後も、【ヒールウォータ】で回復の具合を確認しつつ、何度も頭の中でシュミレーションする。
(鬼ごっこ……今日こそクリアして見せる!!)
昼食を食べた後、いつもの場所にやって来た。
「さてエント君、今日も頑張って行きましょう!!」
メガネをクイッとあげ、ヒスイ先生はそう言った。
「はい!! 頑張ります!!」
表情とは裏腹に、俺の心臓は凄い速さで高鳴っていた。
普段と変わらないってのは意外に難しい。
そう、もう作戦は開始されているのだよ。
まずは、俺が逃げる方から始まった。
《じゃあ、用意……スタート!! いーちぃ》
開始と同時に、予め決めていた予定ポイントへ身体強化を使って全力で走る。
《ごーぉ、ろーく……》
『ファイア』
以前から、ヒスイ姉さんにバレないように、ちょっとづつ用意していた湿り気のある葉っぱに、素早く火を着ける。
理由は、煙が沢山出る為だ。勿論、山火事にならないように、葉っぱの周りには前もって溝を掘っているから多分大丈夫。
《はーちぃ、きゅーう……》
(急げ!!)
《じゅう!!》
何とか時間内に仕込みを終え、俺は息を潜める。
この日の為に今まで隠していた呼吸法と気配を小さくする方法、これを実戦で初めて使っている。
呼吸法はキラ兄さんから教えて貰ったんだけど、気配を少しだけ薄く出来ると聞いてはいるけど、上手く出来てるのかはわからない。
まぁ、少しでも効果があれば儲けものといったところだ。
気配の隠し方はアラ子姉さんに教わった。
やる事なす事、何でも褒めまくるアラ子姉さんの言う事だからこれも何とも言い難い。
結局、どちらも完全には習得出来ていないとは思うけど、両方合わせれば少しは効果があるはずとそう思っている。
《へぇ……エント君、今日は本気みたいね》
(今日で終わらすつもりだからね。痛いのもうヤダカラネ。死にたく無いカラネェエエ!!)
《良いでしょう!! でも、あまいですよ!! 木霊であなたの場所がバレバレ……って、あれ!?》
ヒスイ姉さんの動揺の声を聞いて、上手く行った手応えを覚えた。
恐らく姉さんの木霊では、俺が複数に増えて居るかのように見えているはず。
《……なるほど、どうやったか分かりませんが、数で撹乱しても駄目です。よっ!!》
ドス!!
ドスドス!!
《やった!?》
ハズレ。
《あれ!?》
いつもと違って悲鳴が聞こえない事に疑問を感じたヒスイ先生は、慌ててあのズル移動を使って木々を通り、それに近付いた。
本物の俺は隠れて先生を観察しているが、その間に煙はさらに濃くなって、もはや視界はほぼゼロと言ってもいい。
さすがヒスイ先生と言ったところか、迷いなく燃えている葉っぱのを魔法で消すと、木魔法で刺したであろうその正体を確認する。
だが今更火種を消しても、もはや煙は充満しきった後だ。
これで、まだもう少し時間は稼げるかな。
《やりますねぇ。木属性魔法で作ったダミー人形に煙ですか。いつの間にこんな事出来るようになったのか知りませんが、良い事ですね》
俺やヒスイ先生が使う木霊の探知は、形を捕らえるものだ。
そこを逆に利用して、俺は木魔法の『グロウ』を使い、自分の形に出来るだけ似せダミーを作った訳だ。
これも日々隠れてコツコツ練習した成果で、素早く作るのは骨が折れたよ。
ここまでは順調、でも問題はそんな簡単じゃない。
恐らくヒスイ先生なら動きを感知する『索敵』も使えると考えていい。
だから動かないで、隠れていられる状況を作らなければならかったし、今もその考えは変わらない。
(あと五分くらいか、このままばれるなよ……)
《…………なら!!》
ヒスイ先生は目を閉じると、彼女の身体は優しく光り出し、カッと目を開くと、何かを感知したのか直ぐに木を通ってある場所に猛スピードで移動した。
ヒスイ先生は何かを見つけ、ゆっくりとそれを拾った。
彼女がぷるぷる握りしめるもの、それは糸巻き棒だった。
ただの糸巻き棒じゃないぞ!? 俺の力作だからな!?
《エ……エント君?? 先生は、こ、こんな悪そうな顔をしていませんよ!? ユ、ユルゥサナイ!!》
ヒスイ先生が拾った糸巻き棒には、先生が凶悪に微笑む顔を頑張って再現してみた。
(日頃の怨み……クックック)
《それにしても、良く私が『魔力探知』も使えるのを知ってましたね……》
(俺は元営業マンですからね。相手を知り己を知ればなんとやらで、情報の大切さは充分知っているのですよ。特にジャイ兄さんは俺に優しいから直ぐに色々教えてくれたよ。ジャイ兄さんマジで神)
あと、三分……はやく、はやく時間過ぎろ!!
《仕方無いですね。時間も無いので本気で行きます。まぁ、これを凌げば合格にしてあげましょう。ただ……死なないで下さいね??》
そう言うと、ヒスイ先生の髪は莫大な魔力の放出と伴に立ち上がり、森に流れる空気が彼女を中心に渦巻いていく。
(ちょ、え?? なにをーー)
高濃度の魔力を練り上げた彼女は、両手に集めたその魔力を勢い良く地面に叩き付けた。
『地獄剣山』
シュババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ!!
(ちょ!? や、やば!!)
ヒスイ先生の立っている場所を中心に、木の細い針が一面に拡がって行く。
それは地表だけでは無く、そこら辺に生えている木々も棘だらけとなり見渡す限り、文字通り地獄の剣山になって行く。
ひ、ひぃ!! こ、こっちにまで来たぁ!!
俺は予想外の出来事に、目をギュッと瞑ると、ただひたすら祈った。
《…………ふぅ、良いでしょう。逃げるのは合格とします》
静寂の中、そんなヒスイ先生の声で安堵した。
全身が汗で気持ち悪い。
(あ、あれは危ない。まさかあんな大技があるなんて……)
これはただ運が良かっただけだ。
前もってヒスイ先生がしてきそうな攻撃を予想し、対策を打っておいて良かった。
じゃなかったら、今頃……そんな恐ろしい想像を頭に浮かべながら、俺は括り付けた糸で空中をぶらんぶらん揺れつつ、ため息を吐いた。
「はぁ……てか、あれは刺さり場所悪かったら死ぬでしょ!!」
最終的に俺は糸を使い、空中にジャンプして逃れたから良かったものの、僅かでもタイミングが遅れていたら……
「終わった事は気にしない!! ちょっとやり過ぎたかもしれませんが……と、なるほど。その糸で空中に逃げたのね?? 良いでしょう。しかし、鬼ごっこはまだ半分です!!」
俺は先生の理不尽さにぶつぶつと文句を呟きつつも、近くの木に向かい合って数を数え始める。
(たまに思うけど、はたから見ればヒスイ姉さんと遊んでる様にしか見えないという不思議。実際は地獄のような遊びだけどね)
「いーちぃ、にぃーい…………じゅう!!」
振り返ると、森はまたいつものように静まり返っていた。
俺はまず身体強化を使い、駆け回って姉さんを探す。
だけど、今までと同じで全然見つからない。
《クスクス……》
(ヒスイ先生、笑っていられるのも今だけだからな!!)
その後も全力で走り続けたが、あっという間に残り三分程度になった。
「はぁはぁ!! しんど!!」
《エント君!! あと三分ですよ!!》
(必ずギャフンと言わせて見せる!!)
俺はあらかじめ決めていたポイントに到着した後、目を閉じて座る。
ゆっくり呼吸を整え集中していく。
身体で作る魔力、流れる魔力、溜めていた魔力、それらを使い、水溜りが拡がるかのように木霊を拡げていく。
『山彦』
鮮烈な魔力の波が返って来た。
《!?》
「そこか!!」
身体強化を全開にして、一気に駆けつける。
《いけない!!》
ヒスイ先生の得意な木を使ったズル移動だ。
(だけど、想定内!!)
ヒスイ先生は、木を伝って移動すればバレないと思っているようだけど、それは既に対策済なんだよ。
《なんでわかるの!?》
我慢しろ、もう少し、もう少しだ!!
「今!!」
【魔力刀】
ズバン!!
俺は地面に向かって思いっきり深く斬りつけた。
《あ……あれ!? 移動出来ない!?》
「ヒスイ先生捕まえた!!」
急いでいたから、身体強化の調整が上手く行かず、思わずヒスイ先生の胸に飛び込んでしまう。
あえて言おう。
思わずだ……ワザトジャナイ。
柔らかい双丘がふるふると小刻みに震え、これは怒られると思って恐る恐るその隙間から顔を上げた。
だけど、ヒスイ先生は優しい顔で泣いていた。
《良く頑張ったね……エント》
そう言って、俺の頭をただただ優しく撫でるのだった。




