第3話 転生
「ぐ!!」
酷い頭痛で目が覚めた。
ズキズキと心臓の脈に合わせて痛みが走る。
やっぱり夢だったのかと、目を擦り最初に目にしたのはキラキラと光が反射した木々と、その隙間から見える鮮やかな青空だった。
「夢じゃ……無かったのか」
まだ上手く働いてない頭を擦りながら、俺は起き上がって周りを確認する。
周囲をぐるりと見渡すと、様々な植物に囲まれた森林の中のようだと思った。
まずは転送事故が無くて良かった。
空や海の中じゃ無くても出口の無い洞窟、木や岩と合体状態でのスタートとかあり得そうだったからなぁ……
だけど、何か違和感がある……が、今は良いか。
それよりも女神達の気遣いなのか、物凄く簡素な服ではあるが、この世界の服っぽい物をプレゼントしてくれたようだ。
着てる感じはゴワゴワして肌触り自体は良くはないが、真っ裸スタートじゃないのは素直に有り難い。
「さて、ここからどうするかだけど……」
木々の明かりが徐々に明るくなって行く方向と、逆に木々が生い茂り薄暗くなって行く方向が見える。
久々に感じた森独特の香りで徐々に現実味を帯てくる中、俺はいつもの癖で顎に手を添えて考え始めた訳だが、その時になってようやくさっきの違和感に気付いた。
「なんだ……?? あれ……?? 手が……手が小さいぃいいい!? いや!? ちょっとまて!! 身体も小さいのか!?」
慌てて何か自分を見れる物がないのか周りを見回すと、偶然にも近くに水溜りを見つけ急いで覗き込んだ。
水面を覗きこんだ向こう側には、黒髪の少年が驚いた顔でこちらを見ている。
まさかと正気を疑い、手で顔を引っ張ったり伸ばしたりしてみたけれど同じ様に動き続けた。
「まじかよ……幼い頃の俺!?」
不意に死神が言っていた内容を思い出した。
たしか、魂の年齢に応じて肉体が創られるとそう言っていたはずだ。
つまり、つまり……魂が未熟ってそういう事なの!?
俺の知っている転生して若返りってパターンは、もっとこう……嬉しいもののはずなのに。
(何故、何故こんな残念な気持ちに!?)
あれは中学生の頃……
クラスで精神年齢がわかるとかいう診断テスト本が流行った。
その日は珍しく普段関わりのない連中から声をかけられた俺は、注目が集まる中でそれを試して貰った事がある。
そして、皆の期待通りの結果を叩き出した俺は、それはもう散々な笑い者になったって普通の話だ。
それがだ!! あの精神年齢よりも重要っぽい魂の年齢が小学生レベルだと!?
……ナニカノマチガイダ
予想外の精神ダメージにはそっと蓋をして、そうも言っていられない状況に頭を切り替えた。切り替えたったら、切り替えた。
森林でまだ視界が良好と言っても、異世界ならいつ木の影から猛獣や、魔物等の危険生物が出てくるかも分からない。
こんな子供の身体では勿論の事、既に戦闘能力やチートは無いのは知っている中で、森での生活なんぞあり得ないだろう。
まずは、村や街などを探すしかないので、視界が確保された明るくなっていく方向に進む事にした。
それから一時間程歩いただろうか、何かに出会わない事を祈りながらビクビクして森の中を突き進んだ。
子供の身体のせいなのか進むのが遅くなんとも歯痒かったが、ようやく開けた場所に出た。
「森林を抜けると、辺り一面に草原が広がり、風が心地よく頬を撫でた。鼻をくすぐる草花の香りが、彼の心を癒やすのだった」
テンプレ……イッテミタカッタンダ
疲労で少し頭が可怪しくなっている気がするが、今は気にしない。
森の出口から見えた景色は、緩やかな下り坂で広大な草原と所々生えた木々が見える。
目を凝らして遠くを眺めると、道らしき線が薄っすらと分かった。
あそこまで行けば人に会えそうだ。
疲れていたので木の下で座り、少し休んでからまた歩きはじめた。
まず村や街が近くにあるかどうか、そして入れるかどうかだな。
素性が分からない者を、簡単に入れてくれる事はないだろうが、その辺は元営業マンの見せ所ってもんだ。
そう言い聞かせてさらに一時間、やっとの事で街道に出た。
街道はアスファルトやコンクリートではなく、土が剥き出しで軽自動車が二台行き来出来る程の幅だ。
作った道というより、出来た道という感じだな。
太陽が元いた世界と同じだとするならば、南側には道沿いに畑らしい物が見え城壁のある街が小さく見える。
(良かった……街だ)
太陽の高さから大体予測すると今は昼前後だろう。
逆の北側は山沿いの道が見えるけど今は街への道一択だ。
既に喉がカラカラに渇いて腹も減ってきた。
気持ちとは裏腹に元気よく鳴るお腹を擦りつつ、再び歩きだすのだった。
遠くに見えた畑を過ぎ、城壁に付いた頃には夕焼け空に移り変わっていた。
近くで城壁を見ると、五メートル程の高さに街をぐるりと囲んでいるのがわかり、さらに分厚い木造の門の前には、いかにも洋風な兵士が鉄の鎧を着て入門の審査らしい事を行っている。
(おお、これぞファンタジー)
城壁は写真などで見た記憶はあるけど、実物を見るのは初めてでちょっと感動に浸る。
日暮れが近いのか前には二組位しか居らず、自分もその一番後ろに並んで前の様子を窺う事にした。
「次の者!!」
威勢の良い門兵の声が聞こえる。
二つ前に並ぶいかにも冒険者風のペアが手続きをしていた。
(テンプレ職業の冒険者ってのもありそうだな……確証はないけど、あんな格好するんだな……)
「ああ、お前たちか今日も無事で何よりだな」
どうやら顔見知りの仲っぽい。
「おっさん!! もう俺達戦闘でクタクタだから早く確認してくれよ!!」
若い男の方は早く街に入って休みたいのか、ぶっきらぼうにそう言った。
「誰がおっさんだ!! 全く情けない奴らだな。ったく……早くステータスを見せろ」
後ろからは良く見えないが、何かを兵士に見せて冒険者達は街に入って行った。
(まずい……ステータスなんて、一度も試してなかった!!)
自分の馬鹿さに呆れつつも時間は刻々と迫って来た。
「次の者!!」
俺の前にいたローブ姿のお婆さんが進み出る。
(や、やばい。時間がない!!)
「婆さん、いつも言ってるが、こんな遅くまで街を出ていたら危ないだろぉ??」
兵士が慣れた様子で話しかける。
「あたしゃまだまだピンピンしとるわい!! 早う通さんかい!!」
兵士はまたため息を吐き出し、決まりは決まりだと言ってステータス提示をお婆さんに求めた。
「全く、毎回、毎回、同じ事をさせよって!! 年寄りの寿命をなんだと思っとるんじゃ!!」と、文句を言いながら手のひらを兵士に見せ、お婆さんが投げやりに【ステータス】と唱えるのをその目で見た。。
俺はすぐさま小声で必死に真似て練習する。
「ステータス!! ステータス!!」
(なんで!? 全然出来ない!?)
ちらっと前を見ると、お婆さんの手の平からスマホサイズの半透明な画面が現れている。
兵士はそれを確認して「通って良し!!」と、あたかも決め台詞であるかの様に言い放ち、お婆さんは頭を振りながら呆れた素振りで門の向こう側に消えて行った。
とうとう俺の番がやって来た。
「次の者」
「はい!!」
「坊主一人なのか?? 親は一緒ではないのか??」
「はい……僕は遠くの凄く小さな村で生活していました。でも、病で両親が亡くなってしまい食べる為に働こうとしましたが、近くの小さな村では仕事が中々見つからなくて……こんな子供でも大きい街なら仕事があるんじゃないかと思って、ここまで来てみたんです」
(説明しよう!! こんな場面の際、顔を伏せる時のタイミングと角度、トドメに幸薄そうな悲しい表情は効果的なのだ!! これがベテラン営業マンの真髄だ!! ふはははは)
「なるほど、それは大変だったろう。擦り傷だらけじゃないか、ちょっとこっちに来なさい」
良くわからないが、言われた通り兵士に近寄ると、兵士は何かをぶつぶつ唱えだして手をこちらに向けた。
《ヒール》
その瞬間、身体が薄緑色に覆われ、森を抜ける際に出来た傷がかさぶたになる。
(凄い!! これが魔法か!?)
初めて目にする魔法に大興奮だ。
「む?? おかしいな……この程度の傷なら、直ぐに完治出来るはずなんだが……」
だが、兵士は何故か首を傾げて妙に考え込んでいる。
本来の効果ではない?? いや良く分からないけど、街に入れて貰えるまでは油断出来ない。
「有り難うございます!! おかげで痛みが少なくなりました!!」
笑顔でお礼を伝えてさっさと本題に切り替える。
「それで街に入りたいんですが、途中荷物も落としてしまって実はこの身一つなんです。それでも入れて貰える事って出来ますか??」
「それはまた災難続きだなぁ。普通はステータスの提示と住民以外は通行税として銀貨1枚を払って貰わねばならんが、この街の住人として働く場合か、あるいは冒険者になる場合については、後日納める事も出来る。坊主がその予定なら大丈夫だろう」
「あ、ありがとう御座います! 良かった……」
(説明しよう!! この時の表情は不安な表情から一気に、ぱぁっと明るい表情に変化させ、貴方のおかげで安心しました的な雰囲気を出す為に、ゆっくり大きく息を吐き出す!! ふはははは!! これがベテラン営業マンの……)
え……?? もういい……?? ゴメンナサイ
「ははは!! これも仕事だからかまわんさ。ではステータスを提示してくれ」
(やばい……やっぱりステータスは必須なのか……もうやれるだけやって見るしかない!!)
お婆さんがやっていた仕草を思い出し、小刻みに震える右手を突き出してこう唱えた。
「ステータス!!」