第22話 アラクネ アラ子
チュン チュン うひょ!!
「おはよう。うひょ」
「うひょ!?」
口を半開きにして固まるうひょ。
《エントよ、おはようじゃ。今日は随分早起きじゃのぉ》
「じぃちゃんおはよう。うひょを驚かせたかったんだよ」
嘘だった。
本当は怖い夢を見て、そこから寝られ無くなったんだ。
どんな夢か??
アラ子姉さんに、会いに行く夢だ。
薄暗い中、姉さんを見付けた瞬間、その下半身から生えた太くて長い蜘蛛の足で、両腕と両足を順番に串刺しにされ、痛みを我慢しながらも抜け出そうと必死に藻掻いていると、心臓の辺りに何か変な感触がある事に気付く、首を曲げて自分の体を見ると、徐々に身体を縦に引き裂かれーーそんな生々しい怖い夢だった。
よりにもよって、何で今日こんな夢を見るんだよ!! と、自分の見た夢に毒づきながらも、気を重くして日課をこなす。
《ほっほっほ。今日はアラ子のお手伝い日じゃが、そう言えばまだ家出中じゃったのぉ》
この数日間ではっきりした事だが、俺を含めた兄弟達は基本じぃちゃんの上層部や周辺で暮らしている。
が、アラ子姉さんだけは、出会った日から目にして居ない。
「全く、あの子は……」
ヒスイ姉さんも困った様子でそう言った。
《ほっほっほ、どれどれ……むぅ、おお、おったおった》
この時の俺は分からなかったけど、じぃちゃんは木霊を使って探知していたらしい。
ナニソレスゴイ
ちょっと、いや、かなりアラ子姉さんが見つからない事を願っていた俺は、お手伝いが延期になる事を期待してたんだけどな……
アラ子姉さんはどこに居たのかと言うと、いつも家出の際は、普段汗を流している湖のさらに奥の森にいるらしい。
いつも家出してるって反抗期かよ……
今日は生憎ヒスイ姉さんも忙しいみたいで、よりにもよって一人で向かう事になった。
「うひょぉおお!!」
あ、うひょは来てくれるみたいだ。
心細かった俺としてはとても有難い。
嫌がる足を無理矢理引きずりながら、湖の縁を進んでいよいよ森に入る。
兄さんや姉さん無しで森に入るのは初めてだと、ふとそんな事が頭に浮かび、さらに俺の足は抵抗が増すのだった。
森の中はしんと静まり帰り、自分の心臓が太鼓を打つのが良くわかる。
時より自分の踏んだ枝が、パキッとなる度にビクつくのはあの夢を見た後なら仕方の無い事だ。
じぃちゃんの言っていた方向にとにかく進んで行ったが、まだアラ子姉さんは見つからなかった。
方向があっているのか心配になり、引き返そうかと足を止めた時だった。
「帰れ」
「うわぁあ!!」
突然、耳元から声がして、前のめりに倒れ込む。
背後にいたのは、探していたアラ子姉さんだった。
「人間、帰れ!! あたしゃ馴れ合う気はない!!」
敵を見るような凄い形相でそう言うと、こちらを睨み付けた。
「ど、どうして!?」
「お前が人間だからだ!!」
ドン!!
アラ子姉さんは下半身にある脚の一本を激しく地面に叩き突き、怒りを表した。
「お、俺は手伝いを、い、言われてーー」
「帰らないのなら……コロス!!」
!?
初めての魔物の殺気。
純粋で本気の殺意に、身体は氷のように固まった。
姉さんは獲物を仕留める獣のように一瞬で身体を沈め、次の瞬間には凄い勢いで俺に向って来る。
(嘘だろ!? 本気かよ!?)
死に際に見えたのは、鋭い一本の脚が俺の胴体に狙いを定め、今にも貫こうとする瞬間だった。
や、やられーー
バキバキバキ!!
ドォオオン!!
(き……木の根??)
激しい衝突音の後、いつの間か目の前に現れていたのは、分厚く太い木の根だった。
「何故邪魔をする!! ヒスイ姉!!」
「エント……大丈夫??」
俺は震えた声で「だ、大丈夫」と答えたつもりだったが、恐怖でちゃんと伝わったかは分からない。
自分の身体じゃないみたいに、震えが止まらない。
「アラ子、やり過ぎよ」
「なんで分からないんだい!! そいつは人族なんだよ!? ファミリアの事を思えば、今殺しておいた方が良いに決まってるじゃないか!!」
「爺と皆で話し合ったでしょ?? この子はこの世界の人族では無いし、それに今は人族でもないでしょ??」
「元でも人族は人族、違う世界でも人族は人族なんだよ!! みんな何でそれが分からないんだよ!! ヒスイ姉だってーー」
アラ子姉さんが何か言いかけた瞬間、突然空気が変わった。
「ダマレ、コロスゾ」
(ヒ……ヒスイ……姉さん??)
バキバキ!! バキバキ!!
ヒスイ姉さんの纏う異様な雰囲気が明らかに変わると、同時に周囲の木々達もまるで生き物のように動き出した。
「ひ!! ヒスイ姉の分からずや!!」
アラ子姉さんはそう言い残すと目に涙を溜めて、森の奥に走り去って行った。
「ふぅ…………心配だからと思ってやっぱり来ておいて良かったわ」
ヒスイ姉さんがそう言って振り返れば、いつもの優しい笑顔だったけど、何故か俺の震えは止まらなかった。
その後、情けないかな腰が抜けてしまった俺は、自分で歩けないので、結局ジャイ兄さんに運んで貰う運びとなり、じぃちゃんの元に戻った。
《エントよ、すまんかったの。怖い思いをさせてしもうた》
「じぃちゃんが謝る事じゃないよ。ファミリアの皆が優しい魔物だって、勝手に思い込んでた俺が悪い……」
「うひょ……」
《それは違う。それは違うぞエント。アラ子も根は優しくてえぇ子なんじゃ。只々……自分の過去に囚われておるだけなんじゃよ。どうか許してやってくれんかのぉ??》
「…………」
あの時、本気で俺を殺す気だった。
「お前が嫌いだ」とか、そんな悪口のレベルじゃ無い。
そんな相手を許せと……許せと言うのか!!
そうだ、俺は怒っている。
話も録にせず、一方的に俺という存在を殺そうとした魔物をどう許せと言うんだ!!
《ふむふむ。では、仲直りして貰うかのぉおおおおお!!》
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
(地震!?)
遠くから地響きが聞こえ、徐々に激しくなっていく。
アラ子姉さんがいた方角から物凄い土埃が上がり、その煙と伴にこちらへドンドンと近付いて来た。
「糞ジジィぃいいい!! あたいを離せぇえええええ!!」
木の根らしきものに、ぐるぐる巻にされたアラ子姉さんが、土埃に乗って猛烈な勢いでこっちに飛んで来た。
ドサッ!!
「痛った!! 糞ジジィ!! よくもこんな!」
《…………アラ子》
未だ聞いた事のなかった、じぃちゃんの重い声と重圧にアラ子姉さんは震え上がった。
「あ、あたいは悪くない……ファミリアの為にと……」
《アラ子がファミリアの為と言う気持ちも分からんでもないが、儂らは話し合ってからエントをファミリアの一員として迎えたはずじゃ。お主がやった事はファミリアを傷付けた事になるんじゃぞ??》
「あたいは認めて無い!!」
《ふむ……エントは突然お主に殺されかけて、怒っておるようじゃ。それはどんな生き物でも至極当然の反応じゃと思うがのぉ??》
「……」
否定は出来ない。
《そうじゃのぉ……ここは一つお主ら二人に教えようかのぉ。どうやっても仲良くなってしまう。そんな最強の知恵を……の??》




