第2話 二人の女神
どれくらい経っただろう……
時間の間隔が曖昧になった頃、ふと自分の状況がおかしい事に気が付いた。
目は開いているはずなのにずっと真っ暗で、夜かと周りを確認してみても全く何も見えない。
不意に身体を動かそうとすると、その感覚に恐怖する。
(え……手足の感覚が、無い、やばいやばいぞ!!)
パニックに陥りかけた時、どこからか声が聞こえた。
「クスクス、予想通り混乱しておるのぉ」
少女の声??
真っ暗で少女の声とか……超怖い。
「あぁ、ちと待て。今見えるようにするからの」
パチン!!
指を鳴らしたであろう音がしたその時だ、凄まじい光が目に刺さりこむ。
(目がぁああああああ!! 目がぁあああああああ!!)
「どうじゃ、見えるかのぉ??」
徐々に視界がハッキリしていくと、そこは上下左右に果てがなく、真っ白な空間にいた。
そんな中、目の前に現れたのは可愛らしい黒い洋服の少女と、白い綺麗なドレス姿の大人の女性が、二人ふわふわと並んで浮かんでいる。
非現実的な状況に脳が慌てて追いつこうと頑張るが、中々追いついてはくれない。
(待て待て落ち着け、落ち着くんだ、誰かが言っていた!! ステイ!! ステイ!! クー○だ!!)
深呼吸してから、もう一度確かめるように彼女達を見た。
黒い少女の方はすでに可愛さと美しさを併せ持ち、整った顔立ちだが、紅い目は俺をしっかりと見据えて、意志の強さを感じさせる。
「はぁ……返事くらいせんか!!」
黒髪で光沢のある長い髪をポリポリさせながら、少女は呆れ顔で苦笑してくる。
隣のモデルのような白い姿の美人さんは、あたふたしながら身振り手振りで黒い少女をなだめてはいるが、彼女の方が色々変だ。
手をバタバタ動かす度に肩までかかった柔らかそうな金髪ウェーブが揺れ、ほんわかした雰囲気を感じさせる。
が、目を真っ黒な布で覆い隠し、さらに光の糸?で口が縫われていて痛々しくて見ていられない。
最後に、彼女の背中からは大きな時計がはみ出して見え、それも気になってしょうがない。
時計を背負う美女……聞いた事ないぞ。
「聞いとるんか!!」
脳内が目まぐるしく動いて煙が出そうになった頃、少女の怒鳴り声ではっと我に返った。
「す、すいません!! はじめまして!! 森野走と申します!!」
何が何やらわからぬまま、いつもの癖で反射的に挨拶してしまったが、どうやら声も出るようになったらしくて少しほっとした。
「ふむ、ようやく話が出来そうかの??」
「た、多分」
「早速じゃが、儂はお主がいた世界とは異なる世界で生命と死を管理しておる者じゃ。隣のけしからん身体をしとるのが、時間の管理をしておる者じゃ」
「え、それはつまり……」
「まぁ、お主の世界では神様……とでも言うべき存在じゃの。真名はあるが教えられぬ、聞いたらお主の精神がもたぬでな。そうじゃのぉ………お主が分かりやすいように、死神と時神とでも呼べば良いじゃろう」
ちらっと時神と呼ばれる方を見ると、確かにけしからん身体をしている。
話を振られてか、両手でギュッと胸を隠してほっぺたを膨らませながらぷんぷんと抗議している。
た、確かに破壊力のあるあのこぼれそうな胸なら、ある意味……破壊神……ゲフンゲフン
「あ゛??」
突然、全身から汗が吹き出るような殺気に襲われる。
死神を見ると真っ黒なオーラを纏い、刺さすような目で睨みつけて来た。
いや、よく分からない何かが刺さってる!?
(ひぃ!?)
さらに全身が徐々に凄い力でねじられてーー
「ぐぇぇええええ!! ごごご…めんめんなぁあ゛ぃいい!!」
「次、阿呆な事を考えたら……消す……からの」
何故考えがばれた!?
暫く続いた永遠とも感じる拷問も、なんとか許されたようでおそらく次は無いだろうとそう自分に厳しく戒めたのだった。
「さて、そやつは見ての通り話せぬでの、儂から現状の説明をするからしっかり聞くんじゃぞ」
そう言って死神は、現状とこれからの事を説明する。
簡単に纏めるとこう言う話だった。
1.俺は死んでしまい、今は魂だけの状態である。
死因はストレスによる心筋梗塞だったそうだ。
ちなみに、不思議な映像で自分の死体を見せて貰ったが、正直ドン引きだった。
良い子の皆は、悲しみに暮れて綺麗に死んだって事にしておいて欲しい。
2.このまま今の世界で輪廻転生する事も出来る。
死神がこっそり「今回だけの極秘情報じゃ」と教えてくれたのは、次に生まれ変わるとダンゴ虫になるというものだった。
何もそこまで嫌そうな顔をしなくても……
ダンゴ虫。
子供の頃によく一緒に遊んだ記憶がある虫だが、自分がダンゴ虫……足が多すぎて躓かないか心配だ。
死神がゴミを見るような目で見て来たのはスルーだ!!
3.死神と時神の管理する世界に転生する選択肢もあり、剣と魔法の世界でスキルやステータスが存在すると言う。
俺のいた世界で例えると、中世ヨーロッパ並の文明に近いみたいだが、魔法やスキルの影響か独自の発展をしているらしい。
昔、営業相手の客がラノベ小説を沢山貸してくれた事があったけど、それらと殆ど同じ世界観だな。
4.異世界の名はアデナと呼ばれ、人族・亜人族・魔族がそれぞれ国を持ち勢力争いをしている関係で、それぞれ信仰する神が存在する。
もう何度も種族間で大きな戦争を繰り返しているらしい。
また、猛獣は勿論のこと魔獣や魔物なども存在する。
(やはり居るのか魔物……実際リアルで戦えと言われても、とても戦えるとは思えんが……)
5.転生した場合、諸事情によってラノベのようなチートスキルなどは与えられずかなり条件が厳しい。
ただし、読み書きの補正はされるとの事。
過去の実績について聞いてみると、死神は言いづらそうに目を泳がせて、過去の転生者の生存率は極めて低いのだとおちょぼ口で説明した。
(アカンガナ……)
6.何故俺が選ばれたかについては『他の神々』との約定により、人族・隷属的・無気力・馬鹿の条件で検索したらヒットしたらしい。
おいぃいい!! 酷すぎるだろ!! 百歩譲って前半は認めるが、最後の馬鹿は酷いだろ!? それに神々の約定ってなんだよ!?
7.転生した場合、生前の記憶はそのまま残して貰えるようだが、異世界での肉体は魂の成長と連動すると言う。
記憶は残ると聞いてほっとしたが、魂との連動性については、面倒なのか、行けばわかるとしか言われなかった。
結構重要なポイントなんじゃ……
いかん、ここまでの説明だけでも突っ込みどころが多すぎる。
転生して俺TUEEEEEE出来る訳でもなく、逆にほとんどの場合すぐ死んでいそうな程のハードモードで、条件の項目が馬鹿って言われて誰がこの条件で行く気になるってんだよ!?
「無論お主の言いたい事もわかるし、かなり無茶を言っておるのはわかっておる」
ガコン
時神の背中時計が動いた。
(え……それ、やっぱり動くんですね)
「いかん! 森野走よ、まだまだ説明不足じゃが、我らに与えられた時間は残り少ない」
「時間制限あったんですか!?」
「言っとらんかったの。すまぬ、とにかく我らの目的はこの長い間続く争いを終わらす事じゃ。しかし、我ら神は直接干渉出来ぬルールがあっての。故に、我らと世界への楔としてお主を送るのが目的じゃ」
「世界への楔?? ですか」
「儂らはこの世界の事を管理しておるが、管理しておるだけで知らぬ事が多いのじゃ。言い辛いが儂ら二人は、神は神でも世界に干渉する事に関しては新参者。故に、お主に行ってもらい、お主を通して少しでも情報を集めねばならん」
ガコン
時計の音は気持ちを焦らせるから昔から嫌いだ。
「もし行く場合、具体的に何をすれば良いんですか??」
そう、目的はなんだ??
「うむ、かなり説明を省くが、現状アデナは酷く疲弊しておる。具体的には魂の再生が追いついとらんと言う事よ。質問の答えじゃが、ズバリお主はただ生き残ってくれれば良い。もしも生き残れたのなら自由に行動して良い。楔であるお主がアデナにおれば、あとはこちらで対応出来るはずじゃ」
「自由……ですか」
「ただ、どうしても我らだけでは対処出来ない事態がもしあれば、手伝いを頼むかもしれんがの。無論出来る範囲でお礼もする」
「ですが、今まで殆ど生き残れなかったんですよね??」
「ぐ……お主は痛い所を付くの。確かに何度か送って来たが、お主の言う通りその者達には辛く恐い思いをさせてしもうたが、じゃが、それでも儂らはやらねばならん理由がある。どうか力を貸してはくれまいか!?」
泣きそうな苦しくもあるような顔、それでいて決意のこもる瞳で俺を見詰める。
時神も隣で手をギュッと握りしめ、切実な表情だ。
(はぁ、これは中々堪えるな。生まれてこのかた女性にお願いされるような事が少なかった俺にはなぁ)
時間が無さそうだが、最低限確認したい事ぐらい聞いてからじゃないと決められない。
「もう少しだけ質問させて下さい!! 異世界で死んだ場合はどうなるんですか??」
「異世界にて輪廻転生させるから安心せい」
「異世界に転生する場所は、安全な場所ですよね?」
「わからぬ……」
「え?? いきなり海とか空だったらアウトじゃ無いですか!?」
「だ、大丈夫じゃ!! 今回は転移事故を無くすように術式を直しとるからの!!」
一瞬引きつった顔をしたのは気のせいか!?
だが、死神は無い胸を張って物凄いドヤ顔をして押し通す気でいる。
隣で、時神も何故か一緒にドヤ顔をしているのは何故!?
(不安だ……今まで何人いたか分からないが、恐らく上手く行かなかった原因はスタートの問題っぽくて、転生した先輩達が不憫過ぎる)
さて、今までの人生経験を使って考えてーー
ーー考えるまでも無く、俺の本能が「アカン! アカン!」とこれでもかと煩く警報を鳴らす。
条件は最悪に近いし残念な実績しかないので断るのが普通だ。
ただ……
ただ、そう考えると、今まで危ない事や未知数な事に対して選択した記憶があまり無い。
親や友人、学校や社会が言う、安全で安心だと言う普通を生きて来た。
死ぬ前の残念な終わり方、きっと今までの考え方では駄目なのかもしれない。
久々に自分と向き合った俺は、そんな自分が居て少し驚きつつもしばらく考え続けた。
「……わかりました。やってみます。正直、死神さんのお話を聞く限り、まるで乗る気は無かったんですが、今まで選択しなかった事をしてみるのも、と、ちょっと思ったので、やれるだけやってみます。転生した時に事故死なんて事が無いようにだけはして下さいね。それに神さま達のお願いなんて、そうそう経験出来ないですしね」
どうなる事やらと思いつつ、苦笑しながらそう言った。
「あ、ありがとうじゃ! やった、やったよぉ! やっとまた挑戦してくれる者が来たよぉぉおお!」
死神が時神と手を結んで、くるくる浮かんで嬉しそうに回っていく。
(え、なんかキャラが違く無い!?)
二人がジト目に気が付いたのか、死神がはっとこっちに気付いた。
「ごほん、か、感謝するぞ。時間が無い故さっさと送るでの」
「え、ちょっと!! さっさとって、心の準備出来てませんが!? まだ時間が残ってるのなら、確認したい事もあります!!」
バツが悪いのを誤魔化そうと焦っているのか、俺の声は完全にスルーされて何やら儀式を行い出した。
死神の右手側から、鏡に吐息を吹きかけたようなモヤが現れ、そこからズブズブと真っ白な大鎌を取り出した。
(白い……大鎌!?)
俺に向かって大鎌を地面と水平に構えると、死神は目を閉じる。
「今、契約は成された」
静寂な空間に、彼女の声だけが凛と響き渡った。
時神はその後方で両手を強く握りしめて祈るような仕草を取る。
よく見ると、彼女の背中の時計は徐々にスピードを上げて回りだした。
(なんで回ってるの!?)
と、訳も分からぬ事に思いを駆られている内に、俺の足元が輝き出す。
「森野走よ。儂らは殆ど何もしてやれぬ。しかし、心からお主の幸せを願っておる。お主は自由に少し憧れがあるようじゃな。じゃがな……自由だから幸福という訳ではない事を夢ゆめ忘れぬ事じゃ。そして、心からこの話を受けてくれて有り難う……」
「どういう……」
「この世界がお主に幸多きあらん事を!!」
真っ白な大鎌が一気に輝きだし、またしても目が焼ける程の光に包まれて、俺の意識も同時に途絶えるのだった。