第18話 あらあらまぁまぁ
チュン、チュン、チュン
朝か……
チュンチュン
ん?? 何かいつもと違う。
俺は顔を擦り、まだぼやける目を開いた。
すると、目の前でうひょが寝ていて、丸い頭をクタッと下げ、呼吸に合わせゆっくり上下しながら僅かに動いている。
《ほっほっほ、エントおはようじゃ。昨日はよう眠れたかの?? うひょがお主を心配しとっての。昨日からそこにおるんじゃよ》
「じぃちゃんおはよう。そっか、うひょ心配してくれてたんだね……」
クタッと寝ているうひょを見て、ジーンと感動しているとじぃちゃんとの会話で起きてしまったのか、うひょがこちらに気付いた。
「うひょ、心配してくれて有難うな」
「…………うひょぉおお!!」
ガポ
(何でだよぉおおおおおおお!?)
その後キラ兄さんやヒスイ姉さんを見つけて、昨日心配かけた事を改めてお詫びした。
二人とも気にしないで良いと言ってくれて、逆に申し訳無い気持ちだ。
あれから俺は狩りについて一つの答えを出した。
俺は命を奪う行為は嫌いだ。
でも、俺は生きたい。
生きる覚悟というか、生きる自覚が足りていなかったのかもしれないと思った。
生きる為に狩り、生きる為に食べる。
前世と違い、嫌悪感のない加工された食べ物はここには無いのだ。
当たり前の事だろ?? と言うかもしれ無いけれど、自覚するという事は、知っている事とはまた別だった。
しっかり生きるという自覚を持てば、狩りもなんとか出来そうだと少しそう思えるようになった気がする。
さて、狩りについての考えがとは別の問題がもう一つある。
ギギギ……
「めちゃくちゃ痛てぇ……」
少し身体を動かすと全身が悲鳴を上げる。
足の指を動かすだけで、電流が走るように他も痛くなる。
今までこんな事は無かったのに、見事な全身筋肉痛だ。
森の中を静かに歩く歩行法は、思った以上に全身を使っていたようで相当酷使していたみたいだ。
熱を持った身体をヒィヒィ言いながら湖まで運び、じっくり冷やしてから朝食を食べた。
食べながら、じぃちゃんとヒスイ姉さんに身体が痛い事を話すと、ヒスイ姉さんがいつもの禍々しいキノコを持って来て食べなさいと勧める。
「この『魔王茸』、通称ヤトノタケと呼んでいるけど、このキノコは珍しい自己再生の効能があるから、ちゃんと毎日食べなさい」
(今まで味だけは普通に美味しいと思って食べてたけど、見た目同様に何て禍々しい名前なんだ……聞く限り効果は凄いけど)
姉さんの話では、魔力器官の回復にも効果があるとの事で、毎日晩御飯で食べさせてくれたのには理由があった訳だ。
興味本位で他の効能についても聞いて見た。
が、その瞬間、『ギクッ』と音が聞こえそうなヒスイ姉さんの反応に、俺は一気に不安が高まった。
「え、えっと、その二種類の効能はわかるんだけど、他の効能は無いと思うなぁ……多分」
「いやぁぁああああ!!」
《ほっほっほ、大丈夫じゃろ。ファミリアの皆で食べとるが、今まで誰も倒れとらんよ……多分……ん?? 誰かおったかの??》
『転生したらきのこで死んだ』なんて絶対いやだぁあああ!!
「エントは知らないけど、魔王茸はここでしか手に入らない貴重なものなのよ?? そうだ、今日はクインの手伝いだから丁度良いわ」
そんな怖い話の後、ヒスイ姉さんは笑顔でこう言った。
ノコスナンテユルサナイカラネ
いやはや、色んな意味で喉が通りにくい朝ごはんだった。
さて、今日はリーフキラーアントクインであるクイン姉さんのお手伝だ。
クイン姉さん達がじぃちゃんの上の方で生活しているのは普段から目にしていた。
じぃちゃんの上層へ登って行くと、白い葉っぱの中にキラーアントの赤ちゃんがいるのか、忙しそうに子供達の面倒を見ているクイン姉さんと沢山の成虫した蟻達が働いていた。
巨大な身体なのにキビキビして働く姿は、さすが蟻さんと言ったところか。
《あらあらまぁまぁ来てくれたのね!! 私はこの子達のお世話で忙しいから助かるわぁ!! そうそう、昨日成虫になった子が、私に言ったのよ!! ママ、これからはママの役に立つからって!! それを聞いて私いい年して泣いちゃったわ!! あら?? そうすると逆に年を取ったって証拠かしら、最近、とても涙もろいのよねぇ……でも、おかげで俄然頑張らなきゃって思ったわ!! 今日生まれた子はーー》
「うひょぉおお!! うひょ!!」
《あらあらまぁまぁ、また話が長くなっちゃってごめんなさいね。今日は私の子供達と一緒に、魔王茸の栽培をお手伝いして貰えるかしら?? 私の子に案内させるから、お爺さんの葉っぱを分けて貰って運んでくれれば良いから》
《ほっほっほ、儂が付いておるから大丈夫じゃよ》
今日ヒスイ姉さんは畑作業に行っていて、じぃちゃんとうひょがフォローしてくれる事になった。
それより、じぃちゃんの葉っぱを使うと言ってたけど、じぃちゃん痛くないのかな??
などと考えていると、こちらにキラーアントが一匹近付いて来た。
聞いていたクイン姉さんの子供蟻だろうか??
おいおい……子供にしては大き過ぎやしないか??
顔を見上げると、黒光りした大きな硬そうな身体とよく見れば他の個体とは違う大きな顎がある。
(兵隊蟻?? いや、他の兵隊蟻より凄いから隊長蟻か??)
《私の初めての子よ、エントは叔父さんて事になるわね》
(ず、随分巨大な甥っ子だな)
《儂からしたら孫になるのぉ。相変わらずちっさくて可愛いもんじゃ!! ほっほっほ》
《よ……よろ……し……く》
「木霊が使える!? 凄い!」
《まだまだだけど、凄く頑張ってるのよ!! 私の子はとても偉いのよ!? あらあらいけないわ、また話が長くなっちゃって。後は頼んだわよイチ》
(イチ!? 名前がイチなの!? いや……俺も同じようなもんか)
安易な名前を付けられた者同士という事もあり、少し親近感のようなものを感じた。
イチに案内されて更に上層を目指すと、日陰になっている部分にくす玉のような球体が、無数にぶら下がっているのが見えて来た。
《あ……れ……茸》
「あの丸い玉が魔王茸なの!?」
俺が少し信じきれていないのを察してか、器用に脚を使い枝をつたって球体を一個持って来てくれた。
近付いて見てみると、大きめのバランスボール程のサイズの球体で、じぃちゃんの白い葉っぱで器用に作られていた。
イチが持ち前の大顎でジャキン!! と球体の上の方を切ると、中の空洞になっている部分を覗けるようにしてくれた。
(イチ……出来る子)
「イチ、ありがとう」とお礼を言って、さっそく中を覗いてみた。
すると球体の底の方に数本の魔王茸が生えている。
「おおお!! イチ凄いね、ほんとに魔王茸が生えてるよ!!」
「うひょぉおお!! うひょぉおお!!」
《クインが儂の子になってから、色々試行錯誤を繰り返して頑張っとったからのぉ。魔王茸が出来た時は、それはもう皆で喜んだもんじゃ。まぁ、誰から食べるかで揉めたのは良い思い出じゃがな。ほっほっほ》
魔物であるキラーアント達が、きのこ栽培をしている事実に驚きと感動を覚えつつ、さっそく俺も作業を手伝う事になった。
葉を運ぶ場所が分かったので、さっそくじぃちゃんにオススメの葉を聞きながら旅人さんに貰ったナイフで切って採取し、イチに切るサイズなどを教えて貰いながら作業を行う。。
え?? じぃちゃん痛く無いのかはどうなったって??
《儂には痛覚など無いんじゃ!! 凄いじゃろ!? ふははは!!》
だ、そうだ。
因みに葉はしばらくすると、また生えてくるらしい。
作業はイチと一緒に切っては運び、切っては運びを繰り返して一生懸命頑張った。
他の蟻達も、その集めた葉を器用に丸めて球体にしていく。
今度はあれもやってみたいなぁ。
集中して作業していたかいもあって、あっという間に時間が過ぎ去り、いつの間にか太陽はてっぺんまで登っていた。
イチと一緒にクイン姉さんがいる場所まで降りて行き、終わったよと報告した。
《あらあらまぁまぁ、エント、イチ、有り難うね。頑張ったから二人にご褒美よ》
そう言って俺達は小さい葉っぱの球体を渡された。
《や……た!!》
「うひょぉおお!? うひょぉおお!!」
(ん?? イチもうひょも凄いテンションだな??)
「クイン姉さん……これは何なの?」
《あらあらまぁまぁ、説明し忘れちゃってたわね。それは私が作った蜜よ。自慢の蜜だから味わって食べてね。中々作れなくて少ししか上げられなけど許してね》
おおお、蟻蜜ってやつかな??
「クイン姉さん有り難う。大切に食べるね」
ご褒美なんていつぶりか分からないが、素直に嬉しい。
隣に居たイチを見ると、なんともう食べるようだ。
巨大な身体なのに、前足を器用に使って口に運ぶ姿は、なんだか可愛いな。
イチが貰った蟻蜜を口にしたその時だった。
!?
イチが……イチが……震え出した!?
いや、ほんとにぷるぷる震えていて、泣いているんだよ。
(蟻って泣くの!?)
これはどう見ても、美味しくて泣いているんだろう。
俺も興味が湧いて、ぐるぐる巻いた葉を指で慎重に解き、出てきた蜜を指に取って一口舐めてみた。
!!!!!!!!!!?
「うまぁあああああああああ!!」
物凄く優しい花の薫りが口の中で爆発し、それでいて濃厚で癖のない甘さは終わりが見えない。
こんな旨い蜜を食べた事が無い。
気付いたら俺も泣いていた。
イチと並んで泣いていた。
ガポ
「ん゛んんんんんんん!!」
どうやら俺達だけで食べたのが許せなかったようで、うひょにも少し分けて上げると物凄く喜んでいた。
ビクンビクン痙攣していたから、心配になった程だ。
その後クイン姉さんとイチにお別れを言って、昼食後から魔法の授業が始まった。
今日は昨日休みだった事もあって、復習として瞑想と水心の業を行った。
その成果もあって、空が茜色になる頃には水心の業で使う葉っぱを一センチ程大きく出来るようになっていた。
「エント君、順調ですよ。これなら次のステップに行ってもいいかもね」
《そうじゃのぉ。明日から木霊の練習じゃぁあああ!!》
そんなこんなで魔法の授業もようやく終わり。
その夜も俺は魔王茸を食べた。
今までで一番美味しく感じたのは、言うまでもない。