第17話 キラーマンティス
チュン チュン うひょ
あぁ……朝か……
チュンチュン うひょぉおお!!
危険を察知した俺は一気に刮目し、目の前にいるうひょの口を押さた。
「ぶびょぉおおおお!?」
「ふ、ふ、ふ、俺も成長してるんだよぉ!!」
《エントおはようじゃ。中々やるのぉ》
「じぃちゃんおはよう!! だろ!?」
《じゃが……まだまだじゃな》
なんの事だろうかとうひょを見ると、根本付近から蔓が伸び出てきて俺の腕をぐるぐると縛り出し、さらには抑えていた腕を強引に取られてしまった。
(うそぉおおお!?)
ガポ!!
「ん゛んんんんんんん!?」
《ほっほっほ、惜しかったのぉ》
「エント!? 爺!! 止めなさいよ!!」
そして今日もまた、ヒスイ姉さんに助けられる運びとなった。
今日からは瞑想の後、水心の業も修行する事になっている。
瞑想は徐々にスムーズになってるのを実感出来ているけど、それに比べて、昨日始めた水心の業はゴリゴリと集中力を削られて、めちゃくちゃ疲れるのにも関わらず、結果はまるで思わしくはなかった。
汗だくになって水の上に浮かぶ葉っぱを見ても、数ミリ単位でしか大きくなっていない気がする。
ホ、ホントに数ミリは大きくなってるんだぞ!?
ヒスイ姉さんとじぃちゃんは順調と言ってはくれるけど、自分の中では全然納得出来てはいない。
落ち込み項垂れながら湖で汗を流し、汗だくになった数少ない服をバシャバシャと洗っていた時だった。
ブォオオオン!!
突然、空から震えるような音と共に強風も一緒に吹き込んだ。
何事だと驚き空を見上げると、ジャイ兄さんが空を飛んでじぃちゃんの方にもの凄いスピードで飛んで行くのだった。
朝日に反射する黒く重厚なボディ。
そして、半端ないサイズの厳つい二つの角!!
「うおおおおおお!! かっけぇええええ!!」
「うひょぉおお! うひょぉおお!」
俺は思わず拳を握りしめ叫んでいた。
さっきまで落ち込んでいたのも忘れ、一気にテンションが上がった俺は今日一日良い日なりそうだとそう思った。
あの時までは。
今日はキラ兄さんを手伝う日だ。
ヒスイ姉さんも、補助役で付いて来てくれたが実際は通訳としての方が意味合いは強い。
(うひょさんや、貴方もやはり来るんですね??)
さも定位置かのように肩に乗ってくるのだが、降ろそうと手を伸ばせば歯をガジガジと鳴らしてくるので、恐くて諦めるほかなかった。
昨日行った森は、じぃちゃんから南側へ向かったけど、今日は東側に向かうようだ。
東の森が始まる入り口には、キラ兄さんが待って居てくれた。
「シュー、シュシュ」
「おはようエント、今日は宜しく頼む」とヒスイ姉さんが教えてくれる。
「キラ兄さん、お手伝い頑張ります。宜しくお願いします!」
通訳さんを通して今日の予定を聞いた。
普段は狩りを行ってファミリアに卸したりしているが、今日はパトロールをメインに見つけたら狩る程度なので、付いてくるだけで良いと言われた。
キラ兄さんも俺が初めてなのを気遣ってくれているようで、有り難い気持ちと申し訳無い気持ちにさせられた。
「シュシュシュー」
「なるほどね……ちょっと早い気もするけれど必要な事だから了解したわ」
二人で何やら相談しているけど、俺にはさっぱりだ。
大まかな説明を受けた後、三人で森に入る。
こうやってキラ兄さんをじっくり間近で見るのは初めてだ。
キラ兄さんは六本足のでかいカマキリなだけじゃ無くて、体色は黒に近い深緑色をしているし、雰囲気も凛としている感じだ。
少しして前を歩くキラ兄さんの足が止まる。
「シュシュシュー!!」
「足音を立て過ぎだ。知恵の無い魔物は音や臭いに敏感だ、と言っているわ」
「す、すいません」
それから極力音を立てずに集中してキラ兄さんの後を歩いたが、音をなるべく立てずに歩くのはめちゃくちゃ難しい。
ちなみにヒスイ姉さんは、得意の木から木へと上半身だけ出しては次の木へ移る不思議移動。
ズルイヨネエサン
それにしてもこれは神経を使う。
前を歩くキラ兄さんは、あんなに大きく四本の足を動かしているのに全然音がしない。
折角連れて来て貰ったんだと、じっくり観察して真似出来る事を探す。
集中してよく見ていると、ある事に気付いた。
兄さんの足が地面に付く瞬間、想像以上に靭やかに地面付いていた。
(ぱっと見スタスタ歩いてるのに、足首から下はあり得ない位靭やかだ)
直ぐに自分も真似てやってみる。
すると、さっきよりも少し音が小さく出来た。
「シュー」
「やるじゃないか」と褒めてくれた。
そこから更に一時間程歩いただろうか。
練習のかいあってか歩行も僅かに上達はしたものの、俺の足は悲鳴を上げてもう動けない状態になりつつあった。
褒めて貰った歩行方法は、鍛え足りない幼い足では激しい負担となっていた。
生まれた子鹿のようになった俺を見て、キラ兄さんは休憩しようと提案してくれた。
(キラ兄さんマジ紳士……)
休憩中、姉さんと兄さんがまた何かを話していたが、俺は荒々しくなった呼吸を整えるのに精一杯だった。
息が落ち着いた頃、兄さんが声を殺して話して来た。
「シュシュ、シュシュシュー」
「近くに、ビッグボアの気配がある。狩りをするから静かに付いて来くるんだ」と通訳さんから教えて貰い、突如狩りが開始された。
緊張感のある静けさを維持し、目的地へ向かう。
進むスピードは徐々に遅くなり、ついには止まる。
兄さんが振り向き、鎌で「こっちに来い」とサインを出したので、俺は慎重に前に近付いた。
見えたのは三メートルは軽く超えているであろう巨大猪が、ゴリゴリと穴を掘り何かを探している最中だった。
(おいおい、デカ過ぎだろ!?)
ふっと、後ろから風が吹いた。
意識をその風に逸してしまいそうになったその瞬間、キラ兄さんが目の前の巨大猪の後ろに現れ、振り上げられた大鎌が振り下ろされた。
(は!? え!?)
目の前にゴロゴロと首が血を撒き散らし、転がって来た。
ビチャ
頬に生暖かい何かが飛んで来た。
無意識に手で拭うと、それは紛れも無くドロっとした血だ。
「うわぁああああ!!」
思わず尻もちを付いた俺は、痛みですぐ我に帰ったものの、自分が今混乱している事だけしか分からなかった。
つまり、訳が分からないって事だ。
キラ兄さんの方を見ると、巨大猪の両足を器用に鎌で串刺しにして、木にかけ始めていた。
どうやら血抜きをしている様子。
大量の血が飛び散り、見ていて気持ち悪い。
「うぷ」
「エント、大丈夫??」
ヒスイ姉さんが心配して、声をかけてくれるが耳に入らない。
非日常的な出来事で頭が上手く回っていないうえ、吐き気を我慢して暫くすると、キラ兄さんが戻って来た。
「シュシュシュー」
「エント、狩りはどうだった?? 率直な感想を教えてくれ」と聞いて来た。
俺は少し冷静になった後、時間をかけてどう感じているか考えて答えた。
「狩りは一瞬で正直良く分からなかった。でも、キラ兄さんが凄い事と……」
「シュー」
キラ兄さんは「気にせずに答えろ」と促して来る。
「……生き物が一瞬で死んで、悲しい気持ちと食べる為なら仕方ないって思っている自分がいて、良くわからなくて、あと……血が……うぷ……」
キラ兄さんは「そうか、今日はもう帰ろう」と言い、血抜きを終えた後は巨大猪を持ってじぃちゃんの元へ戻った。
帰りは重い体を引きずるように、只々歩く事に集中していたのでよく覚えていない。
少しづつ頭が回りだすと、こんなにもメンタルが弱い自分を知って、とても恥ずかしいのと悔しい気持ちで苦しくなる。
昼御飯も食欲がまるで無く食べれなかった。
じぃちゃんとヒスイ姉さんはその様子から、今日は魔法の授業は休みにしようと言ってくれて正直助かった。
こんな状態でやっても、上手く行く気が全くしなかったからだ。
樹海の中でサバイバルな生活をしているのに、狩りで血を見て落ち込んでいるなんて、皆を失望させたんじゃ無いかって、さらに落ち込む始末だった。
じぃちゃんの幹に腰掛けながら、そんな今日の狩りを思い出しては、また悩むの繰り返しだった。
いつの間にかまた夕焼けになっていた。
「シュシュシュー」
気が付くと隣にキラ兄さんがいた。
《答えは見つかったか?? と聞いてるわ》
ヒスイ姉さんは、空気を読んでか木霊で通訳してくれる。
「まだ……」
悩んでも答えが出せない自分が嫌だとまた自分を責めた。
「シュ、シュシュ、シュー」
キラ兄はこう教えてくれた。
《俺は狩りをする時、自分自身で決めている覚悟がある。それは、生きる為に狩るという覚悟だ。決して食べる為に狩るなんて覚悟ではない。弟よ、食べる為に生きるな。生きる為に食べるんだ》
その後、少し二人で夕焼けを見た。
皆にお礼を言って、今日は早めに葉っぱ布団に入った。
(食べる為に生きるな、生きる為に食べる……か)
あっけなく散る命の儚さと、生きる事の大変さを知った。
狩りとは命を狩るという事。
生きる為に狩るという事。
悩んでいた心の置き場所が、少し見えた気がした。