第102話 シュッ!!
パンドラさんに、バキバキっと抱き締められてから三日が過ぎた。
俺と、ナナ、パンドラさんと何故かライチを連れて、ヘルメス教の司祭でもあり三商人の一人でもあるマーリアさんを護衛しながら、既に獣王国を目指していた。
ライチはそのちっこい見た目とは裏腹に、実は魔族の中でもとても有名で古い魔王らしい。全然そうは見えないけどな……
あれから部下であった三商人の魔族のところで面倒を見てもらっていたらしいけど、『余はご主人様と一緒にいるのだ!!』と抜け出し、デュラハンの鎧の中に入り、俺のところに来た時はびっくりした。
だって、考えてもみてくれ。
デュラハンの胸の鎧をパカッと開けたらライチが入ってたんだぞ!?
どうリアクションを取れば良いのか分からず、苦笑いしか出来なかったよ。
話が逸れた。
まぁそんな訳で、足が不自由なライチはデュラハンに乗って?? 俺達と行動を伴にする事になった。
何度も断ったが、女の子の涙に勝てなかったとだけ言っておこう。
さて、獣王国はヘルメスから南西の方角に馬車で二週間程かかるらしく、今までで一番長い冒険になりそうだ。
ヘルメスを出て、大きな川を渡ってからは草原が広がっていた。
所々点々と木が生えてはいるものの、平たんで移動としては非常に快適と言える。
ただ問題なのは、草原の植物の丈が長く魔物や魔獣の警戒は視覚だけでは困難で、前方はナナが後方は俺が気配察知や木霊で警戒する必要があった。
さらにこの草原は可怪しい。
自然豊かというレベルじゃない。豊か過ぎるのだ。魔物達と出会う回数、いわゆるエンカウント率が非常に高い。
ベルモント王国近郊と比べると、体感での比較で約三倍以上といった感じだ。
今もまさにエンカウント中。
「はぁああああああ!!」
ハルバートを握りしめ、パンドラさんが空から真っ二つに振り下ろし、『ボスドン』と呼ばれる凶暴な豚に似た魔獣を切り裂いた。
いつもなら跳ねるように喜ぶのに、ぶつぶつと口元を動かして手応えを確かめている。
あの日からパンドラさんは魔法の練習は勿論、戦闘も積極的に取り組み、バキバキにされてでも励ました成果であれば嬉しいな。
「ふふふ、頼もしい方々に守られてとても安心ですね」
馬車の窓から、マーリアさんは優しい口調で労を労っている。
「い、いえ!! まだまだでふ!? 痛ぁああ!! 舌噛んじゃいました!!」
いや、いつも通りのパンドラさんか。
何とも緊張感に欠ける感じだが、こんな笑いが飛び交う冒険も良い。
倒した魔物や魔獣は革や牙に肉と捨てるには勿体無いので、ある程度解体してから俺のマジックポーチに放り込んでおく。
『何度見ても便利であるな!!』
デュラハンの感心した声が隣から聞こえてきた。
『まぁ、さすが神様のくれた装備で凄い機能ではあるんだけど、あんまり入れ過ぎると、怖い手紙が大量に送られてくるのが問題だけどな……』
『お、おぉ……神の神託を受けるなど、さすがエントだの!!』
ふ……あれが神託であるものか!!
俺はポケットから過去に届いた黒い手紙を取り出し、デュラハンに差し出す。
『な!? や、やめろ!! 何という禍々しいオーラだ!! こ、こっちに持って来るな!!』
嫌がるデュラハンに、ズルズルと足を引きずり、くたびれたサラリーマンのように死んだ魚のような顔で近寄って行く。
『く、来るな!! 来るでない!!』
『いやいや、ちょっとだけ、ちょっとだけ見てくれよ……書いてある字がな?? よ〜〜く見ると、細かい字で『エント♡』構成されているんだ……なのに、内容は強迫紛い……ふふふ』
『やめろぉおおおおお!!』
「兄さん!! デュラハンさんと遊んでないで、そろそろ夜営の準備だよ!?」
ち……逃げられたか。
空を見上げると、まだ明るくはあったが、若干茜色に近付きつつある。
この時期は早めに夜営して休み、早朝に出発するのが一般的だと教えられ、先人のアドバイスを採用し行動している。
とは言っても、このメンバーには俺が人魔であり使徒だと知っている者しかいない為、魔法を使えるのは楽で良い。
さつそく木属性魔法を使い、大きめの木を四方に生やす。
それら四本の木から、枝を網目状に伸ばして絡ませて行けば、木の上に広がる床スペースが完成。
後は登り降り出来るツルも合わせて作っておけば大まかに完成だ。
「兄さん兄さん。ナナ、今日ハンモックで寝たいから作って」
「はいはい」
上空で作った木の床の一部を二箇所伸ばし、その間にツルを使って編み込むようにハンモックを作った。
「やったぁ!!」
すぐさまナナは跳び乗り、ブランコのようにぶらんぶらんと揺らして遊ぶ。
突然、背中から刺さるような視線を複数感じる。
「エ、エント君」「ご主人よ!!」「あらあら」『おぉお!!』
「はいはい。皆の分は作っておくから、下で火の準備はお願いしますよ?? あと、今日は簡単に狩ったボスドンのバーベキューにするので、平たい大きめの石を探して来て下さい」
「「「了解!!」」」
ボスドンの肉は、どんな肉の味がするのかなどと溢れる涎を飲み込みながら、サクッと他のハンモックを作り終わると、下に降りて料理を始める。
魔法で植物の葉っぱを拡大させて皿代わりに用意し、ポケットから食べられそうな量のボスドンの肉を取り出して切り分けた。
後は事前にふっくら亭の女将さんから購入しておいたパンや、屋台で仕入れたスープも用意する。
「ほわぁ……エント君がいれば、旅の食事が贅沢ですよね!!」
待ちきれないパンドラさんは、涎を垂らしつつそう言って、相変わらず謎のダンスでクネクネしている。
「俺としては夜営の寝床を褒めて欲しい所ですけどね……」
初日こそ盛大に喜んでくれた高くて安全な木の寝床も、三日もすれば慣れたという事だろう。
一つため息を漏らして、食べ物に注目している方々にそろそろ応えるとしますか。
「じゃあ、焼きますか!!」
「焼こう!! 焼こう!!」
飢えたハイエナのように皆それぞれ肉を焼いて行く。
ジュワッっと熱した石の上で、肉の焼ける良い音と芳ばしい香りが鼻孔を刺激する。
さらに、あらかじめ用意しておいた塩とブラックペッパーに似た調味料を掛ければ、その香りの良さが倍増される。
「ナナまだ早い!!」
「えぇ〜〜」
「ライチもまだだ!!」
「ご主人様は、心が狭いぞ!!」
「パンドラさん!! 箱から涎が肉に落ちそうです!! 早く拭いて下さい!!」
「はぁはぁ」
こっちがはぁはぁしたいわ!!
「皆もマーリアさんを見習ってーー!?」
な、何だあの目は!? いつもニコニコしているマーリアさんが……
眼力で人を殺せそうな目をしているだと!?
その瞬間、ぐるりと顔だけがこちらを向いた。
「ひぃいいいいいい!?」
「エントさん……もう、いいわね??」
何か問題でもあるのかと言うような雰囲気。
肉に視線を走らせたが、まだレアからミディアムといったところ。
「い、いえ、もう少し……待って……」
「い・い・わ・ね??」
あかん。
「……はい」
俺に女性の説得は無理だ……あれ? 目から液体が出てきた??
そんなこんなで、いざ実食!!
「「「頂きます!!」」」
ボスドンの肉をナイフで一口サイズに切り、フォークを使って口に放り込んだ。
「旨ぁああああい!!」
臭みのない脂身が噛めば噛む程溢れ出て、肉の味も牛と豚の合わせたような感じで堪らない。
「にぃふぁん!! 美味ひいね!!」
隣にいるナナは口をハムスターのように膨らませ、嬉しそうにして次の肉を狙い始めている。
「ナナ、ちゃんと噛まないと喉詰まるぞ?? それにまだ沢山あるから、ゆっくり食べなさい」
「いえ……エント君。もう戦いは始まっています」
この箱型娘は何を言っているんだ??
そう思いつつも周りを見ると、明らかに可怪しいエリアがあった。
一箇所だけ何もない??
その場所は、一番端に腰を降ろしたマーリアさんの目の前だ。
彼女の前で焼いているスペースに、もう肉がない。
シュッ!!
「え!?」
俺の目の前にあった肉が消えた……だと!?
顔を上げると、モグモグ幸せそうに目を細めるマーリアさん。
ピリピリと張り詰める空気。
その現象は徐々に拡大の一途を辿り、いたる所で肉がシュッと消えて行く。
「クリークね」「クリークじゃな」「あぁ!! ナナの……ユルサナイ」
「ふふふ……かかってらっしゃい」
俺は空を見上げて、こう思った。
(食事だからぁああああ!! これ、食事だからぁああああ!!)




