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第1話 貫く者

長編な為、ブックマークしてお読み頂ければ幸いです。

 


 この日、俺は人間を辞めた。

 

「ぐぁあああああああ!!」


「そぅ、男の子なんだから我慢しなさい」


 優しい声とは裏腹に、そいつ(・・・)の右腕は容赦なくズブズブと胸の中に入って行く。


 意識が飛びそうな激痛。


 薄暗く何処かもわからぬ樹海の中で、フードを被った者に心臓の辺りを弄ばれている。


「痛いぃ痛いぃぃいいい!!」 


「そぅ……集中出来ないから、これでもくわえてなさい」


「ん゛ん!?」


 その辺に落ちていた太い枝を拾い、そのまま口にあてがわれ作業は冷酷にも続行。


 体は何かで大の字の形に固定されて全く動けない。


 全身から汗が吹き出し、歯が全部折れる程噛み締めているが、もう心が先に折れそうだ。


「ふぅ、ここからが本番。君の精神と体力次第って所ね。どうなるか分からないけれど、君自身で選んだのだから覚悟を決めなさい」


 そう話し終えると、何かブツブツと小さく口を動かして、よく分からない言葉を並べ出した。


 次第に痛さの種類が変化していく。


(これは焼ける痛さーー)


「ん゛ーーーー!!」


 もはや何も考えられず、痛みに耐えるだけだったがもう限界だ。


 意識が混濁し薄れ行く中、何故こうなったのか走馬灯が走り出した。






 日本で亡くなる人々の多くが、最後に残す後悔の言葉を知っているだろうか??


『仕事にあんな時間をかけるんじゃ無かった』


『もっと家族との時間を取れば良かった』


『もっと思っている事を勇気を出して言葉にすれば良かった』だ。


 俺こと森野もりのかける三十路営業マンも、全力でそのゴールに向かっていた。


 四人兄弟の末っ子で、周りの空気を読みながら、普通(・・)に小・中・高と学生時代を過ごした。


 どちらかと言えば家族が多い為、世間と比べて裕福ではないのは知っていたし、高校卒業後「すぐに働く」と両親に言ったが、今の時代大学へ行くのが当たり前だと、親に言われてただ単位を取るために四年間通い続けた。


 ようやく大人になって、今の中小企業で働き出してから何か変わるやもしれ無いとそう思っていたけど、起きて仕事して帰って寝るだけの同じような毎日だったわけだ。


 自分で自分を説明するのなら、身長は高めでぽっちゃりした体格が売りだし、きちんと挨拶するのがモットーな訳で、真面目で高身長、おまけに安心感まで付いている優良物件なはずなのに、何故かモテない。


 数少ない恋愛経験で、昔の彼女にこう言われた。


「走君て……自分が無いよね」 


 ウルサイワ!!


 それから恋愛と言うイベントはこなしていないし、考えないように仕事に打ち込んで来たが、最近おかしな事になって来た。


 気がする……


 いや、気のせいじゃないな。


 間違いなく日に日に仕事量が増えている。


 原因はわかっているんだがーー


「森野、俺は水戸黄門見るから先に上がるわ。これやっといてな」


「……お疲れ様でした」

 

 直属の課長(高学歴年下)がそう言って先に帰って行くのは、いつもの事だ。


 上手く笑えただろうか、社内営業も大切らしい。


 人は人だと頭を振り、今日も目の前の書類を(さば)いていく。


 それからも、徐々に俺の仕事量はエスカレートしていった。


 平日は0時を過ぎ、土日に回りきれない顧客訪問と「仕事が趣味で一人前だ!!」と、管理職達の有り難い名言を聞きながら、愛社精神と言う名のボランティアを頑張った。


 たまに貰った休みでは、電話がいつ鳴るか分からないので、布団の中でスタンバイして一日過ぎるのを待つ。


 そんな休み明けの朝は、何故だか手が震えてネクタイが上手く結べないし、顔の筋肉も動きが悪い。


 どうやら運動不足(・・・・)のようだ。


 そんな日常が過ぎた、ある日の事だ。


「森野君ちょっと良いかな??」


 営業部長から個室に呼ばれ、まず厳しい会社状況を聞かされた後、俺が頑張っているという話題になった。


(やっと昇級か!?)


「毎日、森野君は遅くまで頑張ってくれているが、会社は結果なんだよ」 


「え……?」


「だけど、その頑張り屋な所だけは素晴らしいと私も知っている。そんな君になら、合った会社は沢山あるはずだと思う」


「部長……何故私なんですか!! 結果と仰りましたが、毎年ノルマは達成しています!!」


「その結果は、課長の数字を分けて貰っていたんだろう?? そう聞いているが??」


「逆ですよ!! 私の取ってきた数字で課長のノルマをフォローしているんです!!」


「はぁ……上司の足を引っ張る様な、嘘付きは我社にはいらんのだよ」


「嘘じゃありませんよ!! 信じて下さい!!」


「森野君。信用って言うのは、結果なんだよ。結果が無い君をどう信用すればいいのかね?? まぁ、残ると言うのなら人事異動して貰う。ただし、今までと同じ仕事があると思わん事だ。それと辞表を出すなら、なるべく有給休暇を使った事(・・・・)にして引き継ぎしてくれ。社会人としてのマナーくらい分かってるな?? 信用してる」

 

 みたいな、都合の良い事をベラベラ喋っていた気がするが、途中から頭が真っ白になって、そのままフラフラ帰宅した。 


 ベッドに倒れ込み、悔しさやら恥ずかしさやら、あらゆる感情が頭の中で渦巻いていたが、現実だと実感出来ていない。



 いつもの天井を見上げたら、勝手に涙が出てきた。


 ボロボロと流れる度に、今までの事を思い出す。


 残業代を求めない程の、愛社精神を持てと言われ


 遅くまで仕事をする事が、偉い事だと言われ


 上司は、頑張りをちゃんと見ていると言われ


 他人に、迷惑をかけ無いようにと言われ


 学歴が低いのだから、人一倍頑張らないと駄目だと言われ


 頑張ったら、幸せになれると言われ


 成功したら、幸せになれると言われ




 全て、やれるだけやって来たつもりだ。




 全部、嘘じゃないか




「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 喉が引きちぎれる程喚き散らし、叫び散らして何日過ぎたかわからなくなった……

 




長編な為、ブックマークしてお読み頂ければ幸いです。

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いつも読んで下さりありがとう御座います!

劣等魔族の成り上がり〜病弱なこの子の為にダンジョンで稼ぎます〜


こちらの新作も是非お楽しみ下さい!
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