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まほうのおとしだま

作者: 雪縁

     まほうのおとしだま



 十二月もおわりのころ。

 ぼくの家族は、九州のある町に引っ越してきた。

 その町は、ふくらんだおもちのように突き出た半島にあって、前に住んでたところよりもはるかに田舎。父さんの両親―ぼくのじいちゃんとばあちゃんが暮らしていて、父さんが生まれ育ったふるさとだ。


 元日の朝。

「わしもまだまだ元気じゃけん、みんなで力を合わせて、いちからがんばろうな。恵太はまず新しい学校になれることじゃな」

 おせち料理のおぜんを囲んで、じいちゃんが新年のあいさつをした。父さんも母さんもばあちゃんも、だまってうなずいた。 だれも笑わない。ひっそりとしたお祝いだった。


 三が日はゆるゆると過ぎていった。

 お笑い番組も見たけれど、父さんはただ、テレビの画面に目を向けてるだけ。

 まるで、畑に放り出されたしわしわのカブみたいに、父さんはしぼんでみえた。


 いろんな事情が重なって、この年末に父さんは今までの職場をやめたのだ。

 ここにもどって、さっそく仕事さがし。

 新しい学校で、一人目の友だちをゲットしなきゃいけないぼくよりずっと大変だと思う。


 七草がゆもすんで、いよいよ始業式の日。

 玄関でくつをはいているぼくに、じいちゃんがこんなことを言った。

「恵太、きょうはな、学校でおとしだまがもらえるぞ」

「えっ? ほんとに?」

 不安な気持ちなんていっきにふきとんで、何だか急にわくわくしてきた。

 今年のぼくのおとしだまは、去年に比べたらほんのちょっぴりだったから。

 ひとり、いくらくらいもらえるんだろう。

 ぼくのほしいあのゲーム、買えるかな?

 初めての学校なのに緊張するどころか、ぼくは式の間じゅう、おとしだまのことばっかり考えていた。


 始業式も終わりの方になって、校長先生とひとりのおじさんが前に進み出た。

 足を少しひきずっているけれど、満面笑顔の優しそうなおじさんだ。

「それでは、恒例のミカン式にうつりましょう。今年もミカン農家の上田さんに来ていただきました」

 校長先生の紹介の後、上田さんと呼ばれたおじさんが、ダンボール箱をかかえて前に立った。

「今年もみなさんに、甘いおとしだまを持ってきましたよ。これを食べて、風邪に負けない元気な身体を作ってくださいね」


 ぼくの口はこいのぼりみたいにポカンとあいたままになってしまった。

 おとしだまってみかんのことだったのか………。

「上田さんとこのミカン、めちゃくちゃ甘いんで」

 横にいた女の子が笑顔で話しかけてきたけど、ぼくはうなずくことすらできなかった。

 よく考えてみたら、学校でお金なんて配るわけない。

 おとしだまときいて、てっきりお金がもらえると信じ込んでしまったぼく。

 まるでバカだ。アホウだ。そんな自分がなさけない。


 ミカンは、ひとりに八個も配られた。

 そのうちのひとつを両手でもてあそびながら帰っていると、ぼくの横にゆっくりと軽トラが止まった。

 上田さんだ。するする窓があき、あの優しそうな笑顔で、ひと言こういった。

「そのミカン、父さんにも食べてもらってな」



 家に近づくと、父さんがまきわりをする音が聞こえてきた。

 仕事決まったんだろうか。聞いてみたいけど、もし首を横にふられたら後味が悪い。

 ミカンを握る手を、そっと開く。広げた手のひらから、甘ずっぱい香りが鼻先にただよってくる。

「父さあん! 投げるからキャッチして!」

 ぼくは大声でさけびながら、かけだした。

 父さんのすがたが、みるみる近づいてくる。

 父さんがこちらに目をやり、手を休めた瞬間をねらって、ぼくは思いきりミカンを投げた。


 大きく弧をえがいて飛んできたミカンを、バシッと両手で受け止め、

「バカ! 食べものを投げたりなんか……」

 そう言いかけたきり、父さんはじっとミカンをながめていた。


「どうかしたの? 父さん」

 おそるおそる父さんの顔をのぞきこんだ。

「ああ。ちょっとな、思い出したんだ」

 重かった父さんの口が、少しなめらかに動き出した。

「ちょうどおまえくらいの時にな。始業式のミカン式でもらったミカンを、上田と二人でクラスメイトの背中に入れてまわったことがあってな。そりゃあ、先生にしかられたんだ」

 このひんやりしたミカンを背中に? たまんないなあ……。父さんも上田さんも、相当ないたずらっ子だったんだ。

「あのさ、父さん。このミカンくれたおじさん、上田さんだよ。少し足が悪そうだったけど。それでさっき、上田さんがね、このミカン、父さんにも食べさせてくれって」

「え? そうなのか? あいつが?」

 父さんは、驚いたように大きく目を見開いた。

「そうか。あいつの作ったミカンなのか。小さいころから足が悪かったのにミカン農家を継いだんだな……」

 しみじみとミカンをながめながら、父さんの顔が、ふわっとほころぶ。

 しばらくぶりだ。父さんがこんなやわらかい表情をみせてくれたのは。


 父さん、このまま笑っていて。ずっと。ずっと……。

 願うような気持ちで、ぼくはカバンの中から残りのミカンを取り出した。

「ねえ、ここでいっしょに食べようよ」

「そうだな、上田の作ったミカンの味をみるか」

 父さんは親指をサクッとミカンの皮につきたてた。

 さわやかなかおりが、あたりいちめんに広がる。

 サクリとミカンを割って、口の中に放り込むと、ひんやりとしたミカンの汁が、気持ちよくのどを流れていく。


 父さんのしなびた顔に少しずつ生気がもどっていく。

 まるで、小さな太陽をいくつものみこんでるみたいに。

「おいしいな」

 顔をあげた父さんが、なつかしそうに口を開いた。

「久しぶりに、上田に電話いれてみようかなあ」

「ぼく、上田さんのミカン畑に行ってみたい!」

「そうだな。見てみたいな」


 上田さんのミカン畑。

 きっとそこにはたくさん実っているのかもしれない。

 金色にかがやく、まほうのおとしだまが……。





この作品に出てくる、年明け始業式の「ミカン式」は、実際に今でも続けられている行事です。

ミカン農家さんのお心遣いで、毎年甘いミカンがおとしだまとして、小学生たちに配られています。


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― 新着の感想 ―
[一言] その土地ならではの学校行事、良いですね。地域や社会との繋がりを、そうした身近なところで感じられる機会はとても貴重だと思います。 お父さんの境遇が他人事とは思えず、胸の内がよくわかりました。…
[良い点] 国語の教科書に載っていそうな作品だなと思って読みました。 本を読む人の中には国語の教科書を読みのが好きで、まだ授業で扱っていない先の方まで読んでしまった人もいると思うんですが、そんな感じで…
[一言] 銘尾友朗様の「冬の煌めき企画」から拝読させていただきました。 恵太の優しさに打たれました。 自分だって、新しい環境に戸惑っているのでしょうに、父親を思いやる。きっと立派な大人になると思います…
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