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常世の君に懸けて  作者: じゅるり
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空に鴃舌 精に戯論

 何かを知るその過程の中で、例えば厄災の箱を解き放ったかのような、何か禁忌を犯したような心地に陥る事がある。

 そうさせるのは真実と情緒、どちらなのだろうか。いずれも嘘とは言い難くしかし否定もし難い。

 ただ、その依然として思わしくない事実に胸が細る事はやはり事実である。


 サクラというのは2年前に死んだヤナの友人のことだ。

 その日は随分慌ただしく召集され、そして最後の言葉を交わし、彼女はカルマが(うごめ)く一施設へと(おもむ)いたのをヤナは鮮明に覚えている。

 (おもむろ)に先が分かるのならば、誰も追々(おいおい)に頭を抱えはしない。今となっては無理にでも同行すれば良かったとヤナは何度も悔いるが、当時彼女は控えに回っていた。


 端的に結果をいえば、サクラをはじめサクラの所属する班は全滅。それどころかその空間に居たもの、シャルマだけではなくカルマの者も誰一人として二度と目を覚ます事はなかった。

 果たして何があったのか、敵陣にすら時事を保有する者はただの一人もいない。そうして彼女を殺したものが何か、そもそも何があったのかすら明るみに出る事は無く、空白のまま月日だけが経っていた。


 スズがどれ程無知であり臆病であったとしても、世迷言(よまいごと)鴃舌(げきぜつ)を垂れるような事は無いと断言はできる。ただ奇妙な不安や落胆に襲われ、気を確かにしなければヤナは地の杭になってしまいそうになっていた。


「話を聞くに、アレが不老不死になった日はその日で間違いないだろう。しかし2年前の件に居合わせていたとは。」


 最上階にある落ち着いた部屋で、ヤナは所長と向かい合ってソファに座り、話をしていた。スズが寝静まった後はいつもこのようにして、ヤナは今日を報告するのだ。


 高層から見える外は暗く、家々の明かりは今はほとんど無い。淡く見える月は天井へと登りきっており、既に夜も半分を過ぎていた。


「あの日、私が向かった時にはあの子の姿はありませんでした。」

「おおよそカルマが先にアレを回収してたんだろうよ。…もしかしたら例の手紙の差出人なら何か知ってるかもしれない。」


 一口コーヒーを飲み、所長は話を続ける。


「それにしても、ヒガか。確かにその名を言ったんだな?」

「はい。何かご存知で?」

「いや特に。死亡者のリストにその名前があったのを覚えてただけだ。…」


 言い終えて思いに耽るよう、所長は手を組み合わせる。ヤナはそれを静かに見守っていた。


 所長とは、その名の通りこのシャルマの長であり、同時にヤナの恩人でもある。今のヤナがあるのは所長のおかげと言って過言では無い。というのも、孤児だったヤナの親のようなものでもあり、先生のようなものでもあったからだ。


 しかし所長は多くを語りたがらず、(むし)(さら)け出す事を恥とする。それはヤナに対してもであり、ヤナには彼女は正義感を手に一代でシャルマを築いた英雄、その程度しか実は分からない。


「そうだな。明日会いに行ってみよう、思わしく無いが。」


 多少の沈黙の後。所長は組んでいた手を解き、やや前のめりになる。


「随分急ですね。」

「私達は有限のものだからね。対して彼女は無限だ。いつまでもアレの一進一退に付き合ってられるほどの余裕は私達にはない。」


 ああやはり。先ほどからの彼女を示す言葉や、また彼女に対する態度から、やはり所長はスズを良くは思っていない。

 多数の報告書を纏め、提出し彼女の危険性の無さや、寧ろ非力である事を幾度か訴えてはいたが。ヤナは僅かに落ち込む。


 しかし所長が彼女を思わしく無いものと見なす理由も分かってしまう。スズが所長の目指す秩序と到底相容れない存在だからだろう。しかしその点以外は、彼女は普通の少女であるはずだ。


 …否、それは彼女を過大評価しているように見える。残念ながら彼女はどのように足掻き踠いても普通には至れないのだ。

 彼女の身が置かれていた場所が異常だったのだ、ならば性質からして歪んでいるのは確かだろう。


「そうですね。」とヤナは同意する。それから砂糖を多く入れた紅茶を飲み、鼻から抜ける茶葉の香りと口内に広がる甘味に、緩やかに騒めく胸を落ち着かせる。


 同時刻、暗がりにあるスズの世界には何度か寝返りに擦れるリネンの音が聞こえる。


 あまり激情するのは好まない。ほとほとか弱い身であるため、ただ泣くだけでグッタリとしてしまうのだ。

 それに高揚の後胸や腹などの臓物そのものが変異するような不快さに襲われる。それはやがては指や毛先までに伝わり、顫えてしまう。見せたくないもの隠したいものが、飛び出してしまいそうになる。


 繰り返される浅い眠りの最中で、前頭葉と海馬が入り乱れる。自我意識が遠のき届かぬ深い眠りへと落ちて仕舞えば、一時の安息は約束されるだろうに。

 そうしないのは、彼女なりの意地があったからだ。

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