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常世の君に懸けて  作者: じゅるり
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憂いの花

 同じ事を考え続けると時折何が可笑しいのか分からなくなるものだ。

 それでも延々と読めぬ思いに耽る(ふける)スズの姿は見飽きたと言ってもいい。それに何か思う隔たりがあろうと、実はシャルマにとってそれはどうでもいいのだ。

 一点を見つめぼんやりとする得体の知れない彼女の中身を、彼らはそろそろ知りたく思っている。


「ねえ?今日は施設で何をされたか教えてくれないかな。」


 もちろんそれは、彼女が自ら事を話すのが最も望ましいだろうが。

 もう十二分だろう。字は未だ書けずとも本が読めるのなら、己が身の史実も読めるだろうよ、注釈も分かるだろうよと、素性を暴くよう催促をかけられていた。

 対して「なんで?」と不服な様子のスズに、ヤナはどこかで気不味さや居心地の悪さを感じる。


「君の事を知りたいなって思って。」


 この体の価値についてスズはいくらか理解しているつもりである。

 だから身の上の話なんぞ知ったところで彼らがどうするかは分からないが。自分の核心やその周辺を訪ねるのはやはり、何か企てが何かあるからだろうとスズは思ってしまう。


「なんで知りたいの?」

「だから君のことが知りたくて」

「知ってどうするの?」


 やけに強い声色にヤナはもちろん気づく。それから再び、気不味さを感じて言葉を詰まらせる。


「...やっぱり、どうしてもまだ私を信じられないかな。」


 寂し気そうな問いにスズは悩む。


 …………確かに疑いの目を拗らせ(こじ)、不信に陥っているわたしの(うな)るような悪態に、彼女は何も言わない。

 その優しさは疑いようは無いだろう、だからスズは嫌とは言えない。それにヤナに嫌われたく無い。

 それならば、ならばと踏ん切りをつけたいが、臆病極まり無いその身は何をするにしても脚が(すく)む。骨の髄までに染み込んだ淀はどうしても浄化できないものである。


 しかし、だけど、でも、だけど。などと、逆接を多数並べた末にやがて、ええいままなれよ。とスズは首を億劫気に縦に振る。それから意を固めるために一言「いいよ」と呟き、渋々とする。


 思えば…………心なしか寒い部屋には、簡素なベッドとモニタがいくつかあるだけだった。そこに轢かれた犬のように突っ伏し、呻いていたのがスズである。


 天井から吊るされた数本のルートを辿れば腕や足の静脈には針が刺入されている。静かに落ち続ける点滴の名など分かるはずも無いが、ただその後はひどい頭痛やめまいを繰り返し強い吐き気に襲われる。まだ何も知恵の無い当時でも、少なくともそれが良いものでは無いことだけはよく知っていた。


 十にも満たないような形の子供に寄って集って何をしているかと言えば、もちろん不死への解明である。

 物心ついた頃から部屋の景色が変わらないのなら、生まれた時からそこに居たと考えてもいいだろう。つまり元来より、この白衣の大人が恐怖した死の回避のためだけに、スズはカルマに育てられたと言っても過言では無い。


「知りたいのは不老不死の事とか、そういう事でしょ。」

「そうだね。」

「やっぱり。」


 スズは溜息を漏らす。


「不老不死は本当。本で読んだの、どうすれば死ぬか。息や胸を止められたり、死ぬ方法をたくさんされたけど、明日には全部元に戻ってたから。」

「いつから不老不死になったか分かる?」

「部屋には窓も無いから時間は全く分からないの。でもある日、急に全て変わった日があって。…ああ。」


 青息吐息にうなだれ、スズは目に大粒の涙を溜める。

 突然にこのようなスズの悲哀な姿を見たことがないヤナは、狼狽えながらも肩を摩る。


「大丈夫?少し休憩する?」

「ううん。

 一番怖かったの、その時が。いろんな事が重なって。」

「その時の事、言える?」


 生唾を飲み込み、スズは頷く。


「この前のヤナの時みたいに、急に起こされて抱きかかえられたの。でもその後ヒガが、わたしをこんな体にして…………死んだの。」


 徐々に溢れる涙は燭涙(しょくるい)のように頬へ伝い、落涙する。

 身の上話などしたくない訳の一つだった。矜持(きょうじ)も無ければ甘美な思い出も無い、咽びこそしないが悵然(ちょうぜん)としてしまう煮詰まった情動の揺らめきはただ苦いだけで、薬にすらならないのだ。


 死を目前とした。幾度もそれを前にした事がある以上、ヤナは目の前の少女の心情が分からない訳ではない。しかし安易に惻隠(そくいん)はせず、寧ろあれこれ伺うには好機であると問いを続ける。


「そのヒガって人は、スズの大事な人なの?」

「ううん。その人だけわたしに名前を教えてくれたの。だからヒガしか知らない。」


「じゃあヒガは、どうして死んだか分かる?」

「耳に痛い音がしたから、多分撃たれたの。…わたしも一緒に。」


「それは怖かったね。どんな人に撃たれたか分かる?」

「えっと、ヤナと似た格好で。桃色の髪だったのは覚えてる。」


 ヤナはハッとする。自分と似た格好で桃色の髪といえば、思い当たる人はただ一人しかいなかった。


「それはきっと、サクラだ。」

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