夢十六夜 第三夜 ヒーロー
夏の終わりの夕暮れ
陽が沈み切る直前の暗い空
西には分厚い黒い雲があり、その隙間から暗い赤が切れ切れに覗いている。
僕は暗く狭い団地の部屋の中で
明かりも点けずにテレビを見ている。
僕は小学4年生ぐらいだろうか。
ブラウン管の小さなカラーテレビの中では
怪獣とヒーローが戦っている。
ウルトラマンのようなヒーローだ。
外と同じように暗い所で戦っている。
やがて怪獣が倒れ、ヒーローが怪獣に向けて口から光線を出した。
青い光線を受けた怪獣はそれでも爆発しない。
僕はふと疑問に思う。・・・・・・・・・口から光線?
ウルトラマンは、いや、その兄弟たちも
誰一人として口から光線など出さないはずだ・・・・・・
見ているうちに青い光線は真っ赤な炎に変わっていった。
怪獣に降りかかる炎は放物線を描きながら黒煙を舞い上げている。
まるで火のついたガソリンをホースの先から浴びせるように・・・・・
気が付くと僕はテレビを見ているのではないのだった。
団地のベランダ通路の柱の影から怯えながらそれを見ているのだった。
もうそれはヒーローでは無かった。
それは口から炎を吐く巨大な人間だった。
炎を吐きながらそれは僕の方を見た。
大きな目が恐ろしくゆがんでいる。
その巨大な人間は、炎を吐き歪んだ目をした怪物は・・・・・僕の母親だった。
僕は柱の陰に隠れて体を丸めてしゃがみこんだ。
柱の向こうから母親がこっちを見ている。痛いほどの視線を感じた。
僕は頭を抱えながら何かを思い出しそうになっていた。
どうして僕が1人でテレビを見ていたのか、
どうして団地の暗い部屋にいたのか、
思い出すと気が狂ってしまうと思った。
思い出したくない。
思い出したくない。
僕は頭を抱えながらそれだけを思っていた。
分厚い黒い雲の隙間から
切れ切れに覗いている暗い夕日の赤が
禍々しく光っている。