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「さてさてさて。こうして皆がそろったわけだけど、最初に簡単に話を聞いてもいいかな?」
亮は目の前にいる三人を見据えて切り出した。その表情はにやけており、不気味といってもおかしくはない様相である。
そんな亮をみて、シーフルは訝しげな表情を浮かべた。
「その顔はなんなのよ。いくらゴルドがいいって言ったからって、面白半分で首つっこみたいなら後悔するよ」
凄みのきいたこえに、亮は思わず肩をすくめた。
「面白半分? いやいや、そんなわけないよ。面白半分で人の心には向かえない。全身全霊をこめて興味を持たないと、その人の一パーセントもわかるわけないじゃない? それともなに? シーフルさんは面白半分で人と関わって、その人のことがわかるとでも?」
「んなこといってないでしょ!? っていうか、ふざけてないならいいわよ。で? 何を聞きたいの?」
机をたたきながら亮をにらみつけるシーフルに、剣士の男は苦笑いを浮かべた。
「ちょっと待ちなよ。俺なんか自己紹介もまだなんだから。悪いね、シーフルがこんな調子で。一応名乗っておくけど、俺はクリス。見ての通り剣士をやっている。専門が心の病だといったけど、今日見てくれるテレーシアもそうだというのかい?」
「まあ、話を聞いてみてみないとなんとも言えないけどね」
そういって肩をすくめる亮をみて埒があかないとおもったのだろう。クリスはため息をはきながら亮に問いかける。
「まあ、そうだろうね。で……何を聞きたいんだい?」
「はは。それくらい素直になってくれるとこっちもいろいろ聞きやすいよ。なんていったって、こういう治療には親近者との関係性も重要になってくるからさ」
「関係性?」
「そうだよ。心を病んでる人を支えるのは、僕だけじゃない。近くにいる人が寄り添ってあげないと治るものも治らない。それくらいは想像できるんじゃないかな?」
「うむ……たしかにそうだな」
クリスは顎に手を当てて考え込むように唸った。亮は、その様子をみて笑みを深めると、後ろで聞こえるディアナのお腹の音を聞きながら前のめりになって質問を始めた。
「さて、最初に、病んでしまったテレーシアさんについて話をきかせてもらおうかな」
「ああ、いいだろう」
そう言って、クリスは話し出した。
亮にとっての患者。その名をテレーシアと言った。
テレーシアはゴルドのパーティの魔法師であり、長らく四人で冒険者をしてきたかけがえのない仲間とのことだ。攻撃と補助と、多くのことができるテレーシアは、パーティにとってかけがえのない一人だった。仲間として、そして当然友人としても同様に。
だが、ゴルドのパーティが請け負った貴族の護衛任務。その任務の最中にすべてが変わってしまったのだ。
きっかけはほんのささいなこと。
護衛途中に戦闘になり、テレーシアの魔法が貴族の服を掠めてしまったのだ。テレーシアに非はなく、勝手な行動をした貴族の自業自得だとゴルド達は言っている。それからというもの、テレーシアがギルドに訪れるとその貴族からの嫌がらせが始まってしまった。
最初は我慢できる程度のことだったらしい。腕っぷしのよさそうな連中がいちゃもんをつけてくるくらいだったとか。亮からすると十分脅威なのだが、そこは冒険者。それくらいの荒事なら日常茶飯事だ。かるくいなして終わっていた。だが、だんだんとその嫌がらせの質は劣悪になっていく。
貴族の息のかかったものの難癖はもちろん、討伐依頼でしとめてきたモンスターの横取りや、倒した獲物の価値を下げるような妨害行為、住んでいる家へのいたずらなどもあった。だが、一番堪えたのは、ゴルド達パーティーへの依頼の取りやめ措置だった。どうやったのかはわからないが、いつからかゴルド達が依頼を受けようとすると受付で断られてしまうことが増えたのだ。その理由は、依頼者からの拒否だった。ゴルド達のパーティに依頼を受けさせない様に特別な言伝があったらしい。
当然、ゴルド達はギルドに訴えたが、依頼者が希望することを曲げさせることは難しく、結局泣き寝入りしかなかったのだ。
すべての依頼というわけではなかったので、受けられる依頼を受けようとギルドに居座っていたところ、亮と出会ったという経緯だ。
「なるほど、ね」
亮はそう言いながら額を指でかいている。釈然としないような、悩んでいるような、そんな表情でなにやら考え込んでいた。
「おい、あいつは治るのか!? テレーシアは前みたいに冒険に――」
「はいはい。あせらないよ、ゴルドさん。今、どんな治療をしようかかんがえてるんだからね。っていっても、そんなに悩むことじゃないのかもしれないけど、それでもテレーシアさんにかかる負担は少ない方がいいもんね」
「まあ、それはそうだが――治療法があるのか?」
今度はクリスが目を見開いて問いかける。
「そりゃそうさ。心の専門家がこの病気を治せないとあっちゃ、名が廃る。現代にはびこる、心の病の象徴だよ」
「じらさないで言いなさいよ!」
「短気は損気。そんなにあせらないあせらない……ただ、治すにあたって、一つだけ約束してほしいんだ。これは絶対守ってもらわなきゃならなくて、僕はこの約束が果たされないなら治療をする気はない」
途端に威圧感の増した亮。すっと見開いた視線が貫くのは、ゴルド達三人だ。先ほどまでの温和な雰囲気ではない、どことなく鋭さを感じさせる視線を浮かべていた。
ゴルドがごくりと息を飲む。
「信じていいんだな?」
「信じてもらえなければ治療なんてできない」
見つめ合う二人。一触即発のような状態ではあるが、しばらくするとゴルドが笑みを浮かべた。そして肩をすくめておどけるように言い放つ。
「専門家さんがそう言うなら信じてやるしかないじゃねぇか。ただし、きっちり治せよ? それが条件だ」
「もちろん。ひと月ばかり時間をもらうけどね。まあ、簡単なことだよ。僕のやることに文句は言わない。約束してほしいのはそれだけだからね」
勝手に話をまとめたことに、クリスもシーフルも頭を抱えている。だが、文句を言わないあたり同意ととらえていいのだろう。こうして、治療の準備が整ったのだが、そんな亮の後ろからくいくいと白衣を引っ張る存在がいた。
「ねぇねぇ、亮」
「ん? 何?」
「さっきから聞いてたけど、亮はただの精神科医なんでしょ?」
「そうだけど。どうかしたの?」
「ここには薬も何もないけど、どうやって治す気? それなりに目算はあるんでしょうね?」
そっと耳元でささやくディアナの言葉に、亮は不敵な笑みを浮かべた。
「ディアナからもらった『どこでも精神科』。あれ、夜中に試してみたんだけど、なにやらなかなか使い勝手はよさそうなんだよね。それこそ、慣れが必要なこともあるけど、この力が使いこなせれば、必ず笑顔を取り戻してくれるさ。それほどまでに、この力はなかなかの汎用性を持っているよ」
「ならいいんだけど」
その言葉を背中に受けながら、亮はゆっくりと立ち上がる。それに呼応するように、ガルド達も亮の先を歩き始めた。
こうして、亮の治療が始まる。精神科医としての第一歩が、ここから始まる。