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ようやく宿にたどり着いた二人は、夕食を堪能し、そして眠りについた。当然、別の部屋である。ディアナはどちらでもいいと言ったのだが、亮が断ったのだ。
「なんで、男のあんたが断るのよ! っていうか、私のアクセを売ったお金なんだから節約しようとか思わないわけ!?」
「いや、どうせ一緒の部屋で寝ても、ラッキースケベもないまま、寝相の悪さにたたき起こされたり、理不尽な目に合うに決まってるんだから。なら最初から別々のほうが休めそうでしょ? 自分がどれだけ残念星の元に生きているか、悟ったほうがいいよ、ほんと」
「……殺す」
といったやり取りがあったが、なんとか亮は安眠につくことができ、ディアナは予想通り不幸なことが起こったようである。
そんな夜が明けた次の日、亮とディアナはまた冒険者ギルドに立っていた。
「うんうん。二階建ての大きな建物。木造で、無骨なデザインながらも、歴史を感じさせる佇まい。あたりまえだけど、昨日とまったく変わらないこの景色。やっぱり僕は異世界にいるんだなぁ」
「亮は何をいってるわけ? そんなの当り前じゃない。転生したんだから」
「とはいっても、夢オチを期待するのは当然じゃないか。それくらいは許してほしいな」
そんなやり取りをする二人の後ろから、唐突に声がかかる。
「おお、早かったな」
二人が振り返ると、そこにはゴルドが立っていた。昨日と同じ服装、佇まい。亮は「着替えないのかな?」と思ったが、やはり同じ服装の自分の恰好をみて苦笑いを浮かべる。
「まあね。日本人は時間前行動が基本だから」
「ニホンジン?」
「ああ、こっちの話だよ。それはそうと、今日は一人だけかな? ほかの二人は来ないの?」
「あ? ああ。あいつらは、あっちで待ってるさ。部屋の掃除とかいろいろあるんだとよ。俺にはよくわからねぇが」
亮は、これから会うであろう人物を想像し、小さく頷いた。
「まあ、女性だからいろいろと気になるんだろうね。まあ、いいや。さっそく連れてってくれるかな?」
「ああ。こっちだ」
そういって、亮とゴルドは歩き出す。その後ろでは、ディアナが困惑した表情でおろおろしていた。
「え? 嘘。もう行くの? ねぇ、朝ごはんは? 朝ごはんはまだ?」
「僕は朝ごはんは食べないんだ」
「だからって私まで――」
「別にディアナは来なくていいから好きにしてたら? ほら、お駄賃」
「いいの!? ――って、こんなんじゃパンの一切れも買えないじゃない! どういうことよ!」
「別に朝なんか抜いても大丈夫だって。ほら、うるさいからどっかいった、しっしっ」
「扱いがひどすぎませんか!? ひどすぎませんか!? 近所の野良犬じゃないんだから! そんなこと言ってると、もうお金あげないんだからね!」
「別に。一人で生きていけるならどうぞ」
「むきーーーーっ!」
涼しい顔で歩き出す亮の後ろを、顔を真っ赤にしたディアナが追いかける。その様子をみていたゴルドは、訝しげな表情を浮かべていた。
「やっぱり、こいつらを信用するのは間違いだったか?」
そんなことを思うのは、決して責められることではないだろう。
しばらく歩くと、そこには小さな一戸建ての家があった。
周囲から浮いた様子もなく、ごくごく一般的な様相の家を前にしてゴルドは「来たぞ」と声をかけながら入っていく。無造作に開けられたドアの向こうには、あわただしく動き回る斥候と剣士がいた。
「え!? もう来ちゃったの? ゴルド、歩くの早すぎ!」
「まいったな。っていうか、リョウとディアナだったかな? とりあえずこっちへどうぞ」
そう言いながら、剣士が二人を中へ誘った。
中に入ると、そこには四人掛けのテーブルと椅子。奥には厨房のようなものが見える。それなりに生活感がある室内を見ていると、剣士が椅子に座るよう促した。
「さ、座って」
「ありがとう」
「ねぇ、亮。あそこのパンってもらっちゃだめかな?」
まだ朝食のことを引きずっているディアナを放っておいて、亮は目の前に座るゴルドと、壁に寄りかかっている剣士を眺めていた。
二人とも、この家には慣れ親しんだ様子であり、むしろ外にいるときよりも持っている空気感は穏やかだ。
「もしかして、二人はここに住んでるのかな?」
「ん? よくわかったね。僕らはパーティーで家を借りてるのさ」
「そのほうが割がいいからな。金がないやつらはみんなそうしてるぜ」
そんなことを話していると斥候の女が慌てた様子で駆け付けた。
「あー。結局掃除が終わらなかったじゃない! ゴルド! 少し時間つぶしてきてっていったじゃない!」
「いや、悪いな。行ったらこいつらがもういてよ。連れてきちまった」
「あの子だって、身綺麗にしてあげないと可哀そうじゃない。そういう女心、ゴルドにはわからないのね」
「あ? そんなもん、こいつらには関係ねぇだろ?」
「あるの! いくら来てるのが胡散臭い輩でも、気になるものは気になるんだから」
亮は、斥候の女の言葉を聞いて楽しそうに笑みを浮かべていた。その様子をみていた剣士は、思わずため息を漏らす。
「ほら。シーフルも余計なこと言わないで座りなよ。とりあえず、テレーシアの部屋の掃除は済んだんだろ?」
「え? あ、うん。そうだね。わかった」
そう言って、シーフルと呼ばれた斥候の女は、ようやくテーブルについた。