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異世界テンプレは病んでいる~果ては治療か洗脳か~  作者: 卯月 みつび
第一章 雷撃は、笑顔と快感をもたらす
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 なし崩し的に始まったディアナと男の私闘だったが、危なげなくディアナの勝利で終わった。当然、ギルドの職員からは、室内で攻撃魔法を使った事に対するお叱りを受けていた。

 まあ、火事にならなかったのは幸いだったが、次にこのようなもめごとを起こすならギルドへの出入り禁止もありうるとのこと。亮、ディアナともども、頭を下げてその場は収まった。


 その流れで二人は冒険者登録を行った。よくあるランク性というシステムはなかったが、ギルドが持つ利便性はしっかり存在している。曰く、依頼をこなしたら金をくれると。曰く、何か珍しいものを持ってきたら金をくれるといったところだ。いうなれば、互いにウィンウィンの関係を築くのを目的にしているようだった。亮は、その質問を受けている最中もどこか嬉しそうだった。

 当初の希望である冒険者ギルドへの登録は無事済ませ、二人はその場を後にする。ところだったのだが――。


「何よ」

「別になんでもねぇよ」

 あのまま床に座り込んでいた男とディアナの目が合ってしまったのだ。睨みつけてくる視線を無視できなかったのか、ディアナと男は自然と近寄っていく。あわてて亮がそんなディアナを取り押さえていた。

「ちょって待ってよ。これ以上もめごと起こしたら出禁だよ? わかってる?」

「わかってるわよ。でも、こんな風に睨みつけられたら、私も無視できないわ」

「まあ、それに関しては、僕も反論はできないけどね」

 そういって亮が男を一瞥すると、気まずそうに目をそむけた。

 一触即発。そんな雰囲気を醸し出していた三人の元に、二人の冒険者らしき面々が駆けよってくる。

「ちょっと、ゴルド! いい加減にしなよね!」

「すみません。なんかご迷惑かけたみたいで」

 そこに現れたのは、厚手のシャツと短めのパンツを履いている身軽な軽装備の女。見たところ、斥候職といった風体であり、鋭い視線はゴルドを貫いている。その後ろから出てきたのは、全身鎧に包まれた盾を持った男。みるからに剣士という雰囲気の男は亮達に頭を下げていた。

「普段はこいつ、こんなんじゃないだよ。本当に申し訳ない。もう二度とこんなことさせないから」

「ほんとよ。いくら状況が状況でも、やっていいことと悪いことがあるんだから!」

 突然のパーティーメンバーからの援護に、ディアナは思わず口を噤んでいる。

「まあ、謝罪されたら僕らとしても突っかかる理由はないけどね。ね、ディアナ?」

「え? うん。まあ、そうだけど……」

 どこか釈然としない想いを抱えているのか、ディアナは亮から視線をそらし小さく頷く。

「そういってもらえると助かるな。見たところ、俺達なんかよりずっと強い人達みたいだからさ。喧嘩売る相手は選ばなきゃだよ、ゴルド」

「わかってる」

「まあ、こいつも強情だからさ。こんな態度しかできないけど許してほしい。後できつく言っとくからさ。このたびは本当に申し訳ない」

 剣士が再び頭を下げたことで、ディアナも納得したのか小さくため息をついた。そして、踵を返すと、背中を向けたままゴルド達に告げた。

「別にいいわよ。もうやめてよね。こんなこと」

 亮は、そんなディアナをみて、意外にもかっこいいところがあるな、と思っていたのだが、直後に床に躓き顔から倒れ鼻の頭を真っ赤にさせていたところをみて前言を即座に撤回した。そして、やっぱり駄女神だと結論づけた。

「じゃあまた」

 亮が笑みを浮かべながら去ろうというその時。ゴルドのパーディーメンバーである女の言葉が亮の耳に届いた。


「あの子だって、こんなの望んでいないのわかるでしょ? いくらあの子の心が傷ついたからって、私達まで一緒になって腐っちゃ誰があの子の面倒を見るのよ」

 亮は思わず立ち止まる。

 心が傷ついたというワードが亮の琴線に触れたのだ。心の傷は、亮の生きる意味そのもの。誰かの傷を癒していくのが自分のライフワークだと思っているからだ。残念ながら、行き過ぎた場合も多いのだが。


「そりゃあさ……さっきの子みたいな恰好してたら貴族だって思うし、私もいい感情はもっていないけどさ……。他の貴族にいちゃもんつけてもあの子が治るわけじゃないんだ。あんただってわかってんだろ?」

 足早に去っていくディアナは気づかない。亮が立ち止まり、ゴルド達パーティーを凝視していることに。


「でも、やりきれない気持ちもわかるよ……。あの子が部屋から出てこれなくなってもう半月だもんね。心配だよ、私だって。でも、私達がここで腐ったら、あの子は間違いなく生きていけないんだから。だから、がんばろ? 私もしっかり仕事するからさ。ね? あの子の死にたいだなんて言葉、私もう聞きたくないんだよ。だから、私達もがんばろう?」

 女はゴルドに向かって必死に訴えていた。だが、眼の前にいるゴルドは自分とは目を合わさずに明後日のほうをみつめている。

 話を全く聞いていないという態度に女はいらだちを覚える

「ねぇ! ちょっと、聞いてるの?」

 強い語調で問い詰めても、ゴルドの視線は変わらない。隣にいた剣士の視線も、ゴルドと同じ方向を向いていた。そして、その表情はどこか怯えが混じっている。

 なにかあるのかと、女がそちらに振り向くと、そこには先ほどまで言い争っていたディアナの片割れが立っていた。

 とても不気味な、満面の笑みを浮かべて。

「面白い話だね。ちょっと、聞かせてもらっていいかな?」

 亮はこれでもかと目を見開きながら、食らうような目線を三人に向けていた。


 ◆

  

 亮とディアナは街中を歩いていた。

 持ち合わせがなかったため、ディアナがつけていた装飾品を売ってひとまずはお金を手にいれることができた。亮はそのお金を持ちながら、泊まるところを探していたのだ。

「お腹へった―。何か食べたいよー。寝るとこまだー?」

「ちゃんとギルドの職員におすすめ聞いてきたから大丈夫だよ。どっか宿を見つければ、ご飯もあるさ。おいしいって評判らしいから期待してれば?」

 亮がギルドで教えてもらった宿を探すことに夢中になっているからかディアナに対する対応が適当だ。その態度が面白くなかったのか、ディアナは頬をふくらせむっとしている。

「そんな偉そうなこといって。街に入るにも、冒険者登録するにしろ、宿に泊まるにしろ私がいたから大丈夫だったんじゃない。人のおかげて得たお金でエラそうなこと言うなんて、とんな勘違い野郎ですこと」

「まあ、それに関しては、面目次第もないというか……。素直にありがとうと言おうかな?」

「もう全然言い方が素直じゃないじゃん! このひも男ー。詐欺師ー。洗脳魔ー」

「悪かったよ。本当に感謝してるんだから……ありがとうね?」

 途端に素直になった亮の態度に、今度はディアナが口ごもる。視線を明後日の方向に向けながら組んだ手をもじもじとさせていた。

「最初っからそう言えばいいのよ……」

「なんだ、少し小芝居したら簡単に騙されて。大丈夫? オレオレ詐欺とか異世界で引っかかる気しかしないんだけど」

「何よ! 小芝居とかムカつくんだけど!」

 顔を真っ赤にしながら怒るディアナを横目で見ながら、亮はけたけたと笑っていた。片手を振り上げて亮を追いかける様子は微笑ましい。

 しばらくしてようやく怒りが収まった頃、ディアナは気になっていたことを亮に問いかけた。

「っていうか、そういえば! あれは何のつもり? 明日、あの馬鹿のパーティーメンバーの家に行くって言ってたけど」

「ああ、あれか」

 亮は、ニヤリと口角を上げる。そして、いやらしい笑みを浮かべて、先ほどのやり取りを頭の中で反芻した。


 ――――


「面白い話だね。ちょっと聞かせてもらっていいかな?」

 亮の爛々とした表情と、パーティーの内輪のことに首を突っ込んでくる不躾さに、斥候の女は怪訝な顔を浮かべた。

「なに? 別にあなたには関係ないでしょう? 興味本位で私達のことに首を突っ込まないで」

「いやいやいや。興味本位と言いますか、僕の専門に少しばかり関係があると思って声をかけたんだからそんな邪見にしないでよ」

「専門?」

 今度は剣士が女をかばう様に前にでてくる。亮は、それに怯むことなく、むしろ顔をもっと近づけて話を続けた。

「そう。専門。ちょっと聞こえてきてしまったんだけれど、おたくのパーティーメンバーの一人が何やら大変な状況らしいね? 貴族に嫌がらせをされて部屋から出てくることもできずに死にたいと嘆いている。あぁ、これはとても大変な状況だとおもうんだよ。ただね。僕は、こういった人達をたくさんみてきたんだ。心の病の専門家。精神科医とは僕のことだ」

「心の病、だと?」

「そうそう。目に見えないから病気だとは気づかれない。傷ついていないから痛みも感じない。けれど、確かにその人の心は傷つき救いを求めているんだよ」

「適当なことを!」

 亮の話を聞いていた剣士は苛立ったように立ち上がった。二人の顔の距離は近づき、目と鼻の先。睨みつける剣士とにやつく亮。二人の視線が眼前で交差した。

「適当じゃないさ。なら聞くよ? そのパーティーメンバーの子なんだけど……例えばこんなことを言ってなかったかい? 死にたいって言ってたのなら……そうだな。自分に価値がないとか、もっとできる、必ずよくなるっていっても強く否定してきたりとか、なかったかい?」

 亮の問いかけに口を開かない三人。だが、亮はそんな様子もお構いなしに話し続ける。

「他にも、食事を食べれなくなった、ひどく痩せた、夜眠れなくなった、とか?」

「たしかに、あの子……ここ最近めっきり食べなく――」

「おい! 騙されるな。こんなあてずっぽうに同調するな!」

 斥候が驚いたようにしているのを剣士が慌てて戒める。

「話しかけてから返答までに時間がかかるとか、そうだね。時折、君たちにも理解できないような、自虐的な発言とかね? つらい、死にたい、こんな私は無価値だ、生きていても意味がない、みんなに迷惑をかけている、食べても意味がない、おいしくない、こんな自分に何かを食べさせるなんて意味がない、みんなが私を嫌っている、私が全部悪い、全然だめだ、できていない、こんな迷惑をかけて、みんなに迷惑をかけて、こんな私は死んだ方がいい、死にたい、死ぬべきだ、死――」

「やめろおおぉぉぉ!」

 斥候と剣士の後ろに座り込んでいたゴルドが叫んだ。その表情はひどく歪んでいるが怒りからではない。唇をかみ、拳を握りしめている様は、ひどく悲しんでいるように見える。

「おや? 何かな? 思い当たる節があったのなら信用してほしいのだけど?」

「ああ。たしかにお前の言うとおりだ」

「ゴルド!」

「別にいいだろうが。ここまで言い当てられてしらばっくれるのも癪だ。お前の言うとおりだよ。俺のパーティーメンバーはお前がいったような状況だ。最近では全然食べれなくなって動くこともままならない。心がやられちまったんだ。あんなに笑ってたのによ。あの糞貴族のせいで」

「それはつらかっただろうね。傍で見ていた君たちが一番」

「つらかったにきまってんだろ。だから、お前みたいにずけずけと俺達の問題にからんでくるのがむかついてたまらねぇ……けどな。本当にお前が――お前が心の専門家っていうなら、あいつは治るのか? また、冒険ができるのか?」

 すがるような視線で見つめるゴルド。その視線を受けて、亮は髪の毛をいじりながらしばし考える。そして、にこりを微笑むと目の前の剣士、斥候、ゴルドに向かって言い放った。

「それはわからないな。僕だって専門家として適当なことは言えない。まずはみてからじゃないと」

「そっか……そうだよな」

 亮の言葉を受けて、ゴルドが目に見えて項垂れる。だが、すぐに気を取り直し腰を浮かしながら訴えた。

「な、ならみてやってくれねぇか!? あんなことをしでかした後で都合がいいのはわかってる。けど、もうどうしていいかわからねぇんだよ。もし、治る可能性があるのなら、一緒にきてほしい」

「もちろん」

 そういって亮はゴルドに歩み寄ると右手を差し出した。対するゴルドはその手を見ながら困惑していたがゆっくりと手をだし握る。

「僕は、僕のもてる手段のすべてをもって、僕の患者をみると誓おう」

「頼む」

 そんな二人の後ろでは、斥候と剣士がため息をつきながら頭を抱えていた。

「勝手に決めて。あんな状態のあの子を他人に見せるだなんて」

「もしこいつが詐欺師か何かだったらどうするのさ。って、この脳筋は何も考えちゃいないよな」

 その後はゴルドと亮以外の二人はなにやら不満を訴えていたが、ゴルドがゴリ押しをして納得させた。そして具体的に、亮がパーティーメンバーの家の場所や来訪する日時を決め始めたところでギルドのドアが開かれる。


 「もー! なんなの!? なんで亮はそこにいるのよ! あんたがいないからひどい目にあったじゃない! どうしてくれるのよ!」


 亮が視線を向けると、そこには、頭を鳥の羽で彩り、両足を泥のパックで包み、顔面に斬新ないたずら書きメイクを施したディアナが立っていた。


 ――――


「まあ、いろいろあってね。それよりも、なんでディアナがあんな姿だったのかが不思議なんだけど……何があったの?」

 亮の問いかけにディアナが一瞬で赤面し頬を膨らませた。

「べ、別に? 亮がいなくて焦って鶏小屋に突っ込んだり? 鶏から逃げているところを横切った馬車に泥しぶきをかけられたり? そんな私を見ていた近所の子供達に追いかけ回されて顔にいたずら書きされたなんてことはなかったわよ!? そんなこと、絶対ぜぇーーーったい、なかったんだから!」

「はは。そんなことがあったの!? 見たかったなぁ」

「だから、ないっていってんでしょ!? 私の話聞いてるの!?」

 怒り狂うディアナの追撃から必死で逃れ、亮はある建物のまえで立ち止まった。

「まあまあ。ほら、やっとこさ君のお待ちかね。今日の寝床と夕食だよ? 怒りをしずめて、矛を収めていただけませんか? ディアナ様」

 途端に満面の笑みを浮かべるあたり、やはりディアナはちょろいとおもう亮だった。


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