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「さて。それではここが冒険者ギルドです」
「ええ。ここがあの冒険者ギルドなのね……そう、ここが…………。それで、その、ギルドって何?」
真剣な表情で問いかけるディアナを、亮は呆れたように一瞥する。そして、わざとらしく肩をすくめて嘆くように呟いた。
「ギルドっていうのは、互助会みたいなものだね。各分野の人々が互いに助け合い、自らの産業を発展させていく場所さ。たとえば、ある技術を広めたり、ギルドに所属する人の利益を守ったり、一部の職種では、様々な人がここに依頼を持ってくる。その依頼を受け達成すると依頼人が助かる。その報酬としてお金を支払うと。何か仕事をしたいならここに来いっていう場所さ」
「あ、あれね! あんたの世界で言うハローワークね!」
「まあ、あながち間違いじゃないか。っていうか、よく知ってたね、そんなこと」
「私も伊達に女神はやってないんだから。自分が管理する世界の知識はある程度もってるわよ」
「そのわりに、この世界のこと、全然しらないじゃないか」
「うるさい。万遍なくなんて調べられるわけないじゃない。ねぇ。馬鹿なの? 死ぬの?」
そんな取り留めのないないやり取りを続ける二人。亮とディアナは、ギルドの前にたって建物を見上げていた。
ギルド。
それは、よくある異世界ファンタジーに出てくるそれと同じようなものだ。二人の目の前にあるのは冒険者ギルド。異世界転生という設定の物語に、ことあるごとに出てくるあれだ。
数時間歩いた二人はなんとか大きな街にたどり着くことができており、中に入って一番に向かったのがここ、冒険者ギルドだった。
亮は、患者から借りた小説を読んでこの知識を得ていたが、実際目の前にするとなかなかに感慨深いものがった。
「うんうん。二階建ての大きな建物。木造で、無骨なデザインながらも、歴史を感じさせる佇まい。いいね。この中に、新人に対するいじめが好きな奴や、チートと出会って叫びまくる残念受付嬢や、いかつい優しいギルドマスターとかがいるんだね」
「ねぇ。あんたの言ってること。ほとんどわかんないんだけど」
「考えなくていい。感じろ。昔の偉人が言った言葉さ」
「へぇ。なんかかっこいいわね」
「だろ? それに、考えろっていったって考える頭がなきゃ考えられないんだからさ。ちょっとおバカな元女神にはそれくらいがちょうどいい゛っ――!?」
「あら。私、耳が悪くなったみたい。で、何かいった?」
「い、いいえ。何も」
脇腹に突き刺さったディアナの肘は、亮の肋骨をみしみしと軋ませている。顔を引き継させながら、亮はディアナの肘から逃れ、思わずそこを抑えた。
「じゃ、じゃあ中に入ろうか? ここから僕らの冒険がはじまるんだからね」
「言われなくても行くわよ」
ディアナは、悶絶する亮を後目に颯爽とギルドに入り口へと歩いていく。そんなディアナの後ろ姿を見ながら、亮は大きくため息をついていた。
――これじゃあ、先が思いやられるな。
痛みが引くまでしばらくその場にいた亮だったが、ようやく落ち着いてきたのだろう。ディアナの後を追う様に入ってくと、中では怒声が響き渡っていた。もめごとには関わりたくないとばかりに俯いて入っていく亮。そのまま過ぎ去ろうとした亮だったが、言い争っていた声を聞いて思わず頭を抱えていた。
「あ? 嬢ちゃん。ここはお前みたいなのが来る場所じゃねぇんだ。さっさとどっか行ってくんねぇかあ?」
「それって私に指図してるってこと? ねぇ、あんた何様? この私をあのディアナだと知ってそうやって言ってるわけ? いい度胸してんじゃないのよ!」
ことごとく、異世界テンプレに捕まっている元女神がそこにはいた。
亮は横目で言い争いの現場を見ながら頭を抱える。
「ちょっと待ってくれよな。行く先々でイベント回収とか、めんどくさくてかなわない」
口元でぼやきながら、亮は言い争ってる二人に駆け寄った。
見ると、ディアナの目の前で怒鳴っているのは厳つい男だった。
筋肉質で短髪の男は、頬に傷跡がある。肩や肘に金属製の防具をつけており、腰には大きな斧のような武器を携えていた。街中であったら即座に道を譲る程度の迫力は持っていた。
その男が一見すると、か弱い美少女に怒鳴っているのだ。面白い余興が始まったと周囲の面々は既に観戦モードにはいっており、にやにやと笑みを浮かべていた。それと相反するように、相手方の男のつれと思われる面々は悲痛な面持ちだ。
「だからきゃんきゃんうるせぇってんだろうが。聞こえねぇのか? ここは、あんたみたいな世間知らずが来るところじゃねぇんだよ! わかったら、とっとと出ていきやがれ!」
「あんたが私の何を知ってるっていうのよ!」
「みりゃわかる。どこぞの貴族のお嬢様かなんかじゃねぇのか!? そんなちゃらちゃらした服装して、物見気分でこられてもこっちは迷惑なんだ! そこの付き人! お前もつったってねぇで、この女連れてけ!」
「は? 付き人?」
いきなり話題をふられた亮は、呆けた顔をしながら口を開けていた。その様子をみてディアナはにしし、と笑みを浮かべる。
「あんた、私の付き人だって。まじ受けるし」
「マジ受けるとか、仮にも元女神が言っていいのかな。っていうか、その言いぐさは僕も納得できないな。この人が、世間知らずで、ちゃらちゃらした恰好をしていて、頭が残念で、どうしようもなく邪魔くさいのは納得できるけど――」
「え? あんたは私の味方じゃないの!?」
「僕は僕が来たいから来てるのであって、断じてこのお荷物の付き人なんかじゃない!」
「さすがの私も凹むわよ?」
男の剣幕とは裏腹に、亮とディアナは軽い調子でやり取りを始めていた。周囲の人間は、そのテンションの差に困惑しながら眺めているだけだ。
ディアナの前にいる男は、怒りに肩を震わせている。そして、おもむろに立ち上がるとどすの利いた声でこういった。
「表、出ろ」
「うわぁ。いかにもな誘い文句だね。さて、ディアナはどうする?」
「私? まあ、相手してもいいんだけど、いいの? やっちゃって」
「まあ、いいんじゃないかな? こういうところで力を見せるのもテンプレってことで」
「舐めた口ききやがって。ほえ面書くんじゃねぇぞ」
そういって外に出ようとする男をディアナが呼び止めた。
「あ、ねぇねぇ。わざわざ外に出なくてもいいわよ。面倒だし」
「あ?」
「一瞬でけりがつくんだから、外なんかいく時間がもったいないっていったのよ」
その言葉に、男の眉間にいくつもの血管が浮き出る。
「てめぇ。死んでもしらねぇぞ、こら」
「あら。死なない様に気を付けるのは私よ。ねぇ、あんた。こいつは、殺さないほうがいいんでしょ?」
「当然です。こういう場合、不死を貫く方が受けがいいからね。っていうか、いい加減、亮って名前で呼ばない? あんたってずっと言われ続けるのも気分がよくないからね」
「わかったわ。じゃあ、亮。さっさとこいつを片付けるわよ!」
「開始二分でけりをつけてくれ」
その刹那、ぶちっと何かが切れる音が聞こえたとか聞こえないとか。
「なめんなあああああぁぁぁぁぁぁ!」
叫んだ刹那、走り出した男の目の前に落ちたのは落雷。ディアナを見ると、天井に掲げた手を男に振り下ろした直後だった。
「さーて。まだまだいくわよぉ!」
立ちすくむ男の周囲に、六本の落雷がひた走る。
雷光がギルド内に満ち、視界を奪う。同時に、けたたましい雷鳴が鼓膜を突き刺した。真っ白に染まった視界がだんだんと戻るころには、耳に残る余韻も消え去り、ふわりと焦げ臭いにおいが立ち込める。
亮が目を開けると、ぶすぶすと焦げた床が煙を吐き出していた。その真ん中に男はおもわずしゃがみ込んでいた。
「さんざん言ってくれたけど……あんたこそ、私の雷見物気分で来られても迷惑なんだけど?」
そう言ってマントを翻し背中を向けた。




