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ドラゴン討伐祝いから数日の休みを取り、亮達は再び依頼を受けようとギルドに来ていた。受ける依頼は再びドラゴン、というわけもなく、身の丈にあったものを、と考えていた。
もちろん、難易度の高い依頼ができないかといわれるとそうではないが、ドラゴンを討伐した今、亮達の資金には余裕があった。希少価値の高いドラゴンの素材は高値で売れ、この町の冒険者の中で一番の金持ちといってもいいだろう。そんな亮達は、今後を考えた結果、実力をつけるためにも手頃な依頼を受けようとしていたのだ。
「リョウ様! それでは今度こそゴブリンの討伐などいかがでしょうか? ごくごく一般的なこの依頼は初心者冒険者が学ぶべきノウハウがこれでもかと詰め込まれてるんですよ」
「へぇ。たしかに、ゴブリンを殺して、その抵抗感に悩むっていうのもテンプレだよね。ぜひやってみよう」
「何言ってんだか。今更あんたがゴブリンを殺して思い悩んだりなんてしないでしょーが。それよりもお金はあるんだし、もう少し休日にしない? まだ、いってないレストランがあるんだよねっ! いいでしょ?」
「ディアナ殿。やはり、定期的に依頼は受けたほうがいいぞ。身体もなまるしな。食べてばかりだと重くなる一方だ」
「何よ! そりゃ、カレラみたいにスタイル抜群でもないし、テレーシアみたいにいやらしさを胸に蓄えてないけど、太ったりなんかしてないんだから!」
「へぇ、どれどれ――。ふむ……やっぱり不思議だよね、人体って。ついてほしいところに全くないのに、ついちゃいけないところには――ぶぐぅ!?」
「あぁ、リョウ様ぁ!」
「なにあんたは、人のお腹触って失礼なことほざいてんのよ! 殺す! 今日こそ、こいつを殺さないと気が済まない!」
「そんなこといって、仲がいいのだから妬けるな。もっと素直になればいいのだ、ディアナ殿」
「なに悟ったように語ってんのよカレラ! そんなわけあるわけないじゃない! こんなやつ、今すぐ死刑になったってかまいやしないわよ! 誰がなんと言おうと私は太ってなんかないんだから!」
依頼掲示板を見上げながら言葉を交わす四人。
目線とは裏腹に、四人の関心は既に依頼にはなかった。テレーシアは亮の腕に絡みつき、亮はディアナの腹の肉を摘まんでうなっている。そんな亮の脳天にディアナのひじ打ちが降り注ぎ、カレラはそれを客観的に眺めていた。
どこかお決まりのコントのような流れに安心感を抱いている三人。当然亮は気を失うほどの攻撃を受けているためむしろ命の危機を感じているが、それでも懲りずに同じことを繰り返すのは言わずもがなだろう。
倒れた亮をテレーシアが介抱し、ディアナが治癒魔法をかけて一連の流れが終わる。すると、ようやくカレラが依頼掲示板からゴブリン討伐の紙を引っぺがし、ギルドの受付へと向かっていった。
「ほんと、ディアナのその馬鹿力なら後衛なんてやらないで前衛でモンスターをぼこぼこにすればいいのにね。宝の持ち腐れってこのことかな」
「うるさいわね。私は後衛も前衛もできるけど、素晴らしい才能は後衛よりに傾いているのよ」
「ほら、二人とも言い争いは終わりにして依頼の説明を聞きましょうよ。さ、リョウ様。受付に行きましょう」
「ほら、これが依頼状だ」
「そうだね。じゃあ、これを――」
カレラから依頼状を受け取った亮。それをギルドの受付に出そうとしたその瞬間、横から手が伸び、依頼状を出す腕が掴まれた。
亮は反射的に横を向くと、そこには鎧をまとった衛兵が立っていた。数人が亮達を囲んでおり、その圧迫感は相当のものだ。
亮は掴まれた腕を見ながら笑みを浮かべている。
「何か用かな? これじゃあ、依頼がだせないんだけど?」
「その依頼は出されることはない」
「なぜ?」
「貴様が罪を犯したからだ。ついてきてもらおう」
「はい?」
脳内にこれでもかと疑問符が浮かんだ亮は、思わず首を傾げていた。
◆
結論から言うと、亮は衛兵に連れて行かれてしまった。
衛兵曰く、亮は罪を犯したのだそうだ。その罪とは、詐欺罪。心を癒す専門家と称し、人をたぶらかしだましたのがその罪だとのこと。
当然、反論はしたが、現場にいる衛兵にそれを判断する権限はない。問答無用、とばかりに、亮は引きずられていく。
「ちょ――、ちょっと待ってください! リョウ様をどこに連れて行くんですか!」
「拘留所だ。罪に対する判決が下るまではそこに閉じ込めることとなる」
「リョウ様は罪を犯すような方じゃありません! 不当です!」
「それこそ君たちは被害者ではないのか? なぜこいつを庇う」
「それは、リョウ様に助けられたからです!」
テレーシアは声を荒らげて主張した。だが、衛兵は表情も変えずに淡々と語っていく。
「調書だと、そこの青い髪の女はこの男――リョウに騙されたと言っていたそうだな。洗脳されたとも。それでも一緒にいるのはおそらく何か弱みを握られているか、洗脳のせいか。どちらかわからないが、騙されたと女が主張しているのだ。それを軽視することはできない」
「ディアナ様!?」
テレーシアが慌てて振り向くと、ディアナはどこか気まずそうに頬をかく。
「えっと、確かにそんなことを叫んでたような気も……」
ディアナは記憶を思い返すと、確かにそんな一幕があったと苦笑いを浮かべていた。当然、ただの言い合い程度のものであったが、事実は事実であった。
「更に加えるならば、桃色の髪の女。お前もこの男の毒牙の餌食になっているようだな」
「そんなことはありません!」
「病にふけっていたお前を言葉巧みにパーティーに誘い込み働かせている。見たところかなり入れ込んでいるようだが、詐欺師の常套手段だろう」
「別に誘い込まれたわけじゃ――」
「これについてはお前の元パーティーメンバーからも話を聞いた。看過できる問題ではない」
「ゴルド……そんな……」
驚愕に染まる表情。テレーシアはかつての仲間が亮を売ったのだと考えたのか、血の気が引いている。
「そして、カレラ。お前が一人じゃなくパーティーでやっているのもなにかからくりがあるのだろう。その部分は不透明だが取り調べをすればわかることだ。こいつ自身は何もやらず、ドラゴン討伐の恩恵を受けているのだからますます疑わしい」
カレラは何も言わずに衛兵を睨みつけている。
「とにかく。こいつは詐欺罪で連れて行く。上の決定だ。文句があるなら上に取り次いでみればいい。まあ、できるものならな」
そんな捨て台詞を残して、衛兵達は亮を連れて行ってしまった。
「そんな……」
ディアナは腕を組みドアを睨みつけ、テレーシアは力が抜けたのか床に膝をつき項垂れている。カレラは無言で一点を見つめていた。




