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異世界テンプレは病んでいる~果ては治療か洗脳か~  作者: 卯月 みつび
第二章 かみ合った歯車、不穏な知らせ
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8

 亮はひどく驚いていた。自身がつけた拘束帯をドラゴンが炎で焼き切るという手段で抜け出した事に対してだ。その発想力と自分の身を傷つけても利をとるという理性的な頭脳にただ驚嘆していた。決して獣では持ちえないその知能に、自分の認識不足をまざまざと突きつけられたのだ。

 目の前では拘束帯から抜け出たドラゴンが今にも炎を吐き出さんとしている。すぐさまカレラの助けを呼ぼうと思ったが、亮は思いとどまった。


 ――炎だけなら逃れる術があるじゃないか。


 そう思った亮はカレラに攻撃の指示を出した。自分達で炎を回避できるなら、その隙にダメージを与えれば有利になると考えたからだ。

 だが、命の危機に陥った瞬間にそのような判断ができるのは普通ではない。当然、ディアナは焦っていた。

「ななななな、何、ゴーとかいっちゃってんのよ! 死んじゃうじゃない! 焼かれて死ぬとか、なんの拷問なのよ!」

「それだけ喋れてるって余裕あるね、ディアナは。さすが元女神」

「そんなこと言ってる場合じゃなくて――あ、ああああ、あわわわわわわわわ」

 カレラに翼を切られ苦しみながらも炎を吐こうとしているドラゴンがそこにはいた。それをみて、亮はすぐさま行動にでる。

「ディアナ、ちょっと借りるよ」

「え!? ひゃ、ひゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 亮が持っているのはディアナが来ていた布切れだ。反則級のその防具をすぐさま「どこでも精神科」の能力の一部である「拘束」で空中に固定。ドラゴンと亮達の間に仕切りのような形で置かれた布きれは、ドラゴンの炎をこれでもかと弾き返していく。

 当然、熱は伝わってくるし、炎も全て防げているわけではない。けれど、亮はディアナを腕の中に抱きしめ布きれの後ろに隠れ、少しでも自分たちにダメージがこないよう対処した。そして、炎が落ち着いたところでドラゴンへすばやく接近すると、再び「拘束」を発動させた。

「自分を焼いてボロボロな状態で二回目はあるかな?」

 そう言いながら亮は、ドラゴンを地面に拘束帯で縫い付ける。さらに、だめ押しとばかりに、「電気痙攣療法」も発動させドラゴンの動きは止まる。

 そうして無防備になったドラゴンの腹部を見ながら気持ちの悪い笑みを浮かべた。

「カレラっ! ゴオオオォォォッ!」

「心得た!」

 砂煙の中でもドラゴンの巨体は影ができ見失うことはない。カレラは亮の指示通り、何も疑わずにドラゴンへと飛びかかった。まさにドラゴンへ切りかかるというその刹那――ようやく砂煙は晴れ、露わになった腹部へと大剣を突き立てた。

 噴き出す血しぶきとドラゴンの雄叫び。遠くからそれを見たテレーシアはすぐさまカレラに向かって「バック」と叫ぶと、突き立てた大剣目がけて魔法を放った。

「いっけええええぇぇぇぇぇぇ!」

 テレーシアの杖から放たれたのは今までで一番大きい炎の玉だ。炎はすさまじい勢いでドラゴンに迫り、大剣へと降り注ぐ。

 剣を伝って身体の内部にいきわたった熱は、ドラゴンを内側から焼き、その苦しみに悶えていたドラゴンも力が尽きたのか、いつしか動かなくなっていた。


 

 こうして戦いの幕は下りた。


 力を出し尽くした三人の戦士と、獲物となったドラゴン。そして、半裸でうずくまっている元女神。それが、戦いで残ったすべてだった。


 ◆


「誤解なんだよ。別に、服を脱がすのが目的じゃなかったんだ。そう、あのままディアナを危険にさらすわけにはいかなかったんだよ。まずは身の安全の確保。それがあの時は重要だっただろう? 思いついた方法があれしかなかったのは確かに僕の至らなさが原因だ。けれど、あのお蔭で今僕らが生きているという事実もあるんじゃないのかな? だから許してくれないかな? 悪かったよ、この通り!」

 場所はいつものギルドの一角。ドラゴンを倒した後の祝賀会をやろうとここにきたのだが、なぜだか亮は土下座――いや、土下座ではなく、ほぼ土下寝に近い状態で謝罪をしているのは亮だ。そして相手はディアナである。

 ドラゴンの炎をさける際、ディアナの防具――最強の布きれを防炎幕にした亮だったが、唯一の服をはぎ取られたディアナはたまったものではなかった。

 申し訳なさ程度の下着しかつけておらずその半裸体をさらけ出したのだから怒るのも当然だろう。すらりと伸びる太腿をさらけ出し、くびれたウエストさえも露わになっていた。慎ましやかな胸元もお尻も、いうなればスレンダーということだ。女神と言うにふさわしい半裸体だった。

 そんな痴態をさらしたディアナは、むすっとした表情で無言で椅子に座る様子に立ち入る隙など感じられない。

「でもリョウ様。怒るのもわかります。さすがに私もあんな状態で放っておかれたら怒りますよ。リョウ様はドラゴンを倒して倒れ込んで、すっかりディアナさんのことを忘れてたじゃないですか」

「う……」

「そうだな。女性の肌をさらしたのなら責任はとらなければならない」

「せ、責任!?」

 予想以上に重い言葉に、亮は思わず顔を引きつらせた。

「そうですよ。加えて言うなら、恥ずかしい場面を何度も見られている私も、いろんな意味で責任をとってもらっていいと思っていますっ」

 なにやら都合よく自分のことを盛り込んでくるあたり、テレーシアの心の強靭さがうかがえる。カレラも、この混沌とした状況をいつもの無表情で眺めていられるのは類まれな精神力のおかげなのだろうか。

 亮は、だんだんとよくわからない方向に走っていく会話に焦ったのか、慌てて口を挟んだ。

「ちょっとまってくれるかな!? 責任っていっても、服を借りただけでしょ? 下着っていっても水着と同じじゃないのかな? それに、それにだよ? もし、これがディアナじゃなくてほかの人で、それはそれは美しい裸体をさらしてしまったらなまだしも、ディアナのような、特に特筆する部分がない人の裸体なんてそれこそ見る価値が――」

 と、中途半端なところで亮は口を閉ざす。なぜならば、能面のような吸い込まれそうな瞳が亮を射抜いていたからだ。


 ――これ以上話したら死ぬ。


 そんな確信が、亮の脳裏にひた走る。

「い、いや。そうだね。本当に申し訳なかった。だから、ぜひとも謝罪をしたいんだ。そこでディアナ。君は何を望むのかな? 望むものをできる限り叶えるよう努力する。だから許してもらえないか?」

 その言葉に、ピクリとディアナの耳が動いた。そして、おもむろに振り向くと、亮を見下ろしながら言い放った。

「一年分の食事とスイーツ」

「え?」

「一年分の食事とスイーツって言ったのが聞こえない?」

「い、いえ! 聞こえますです、はい」

「私の稼ぎじゃなくて、あんたの稼ぎからだからね?」

「え、それはちょっと……」

「首を縦に振らないと、私の魔法で黒焦げにするわよ、あんた」

「そういうのを強迫って言うんじゃ――」

 亮がいつもの調子で言い返そうとするも、目が座ったディアナの視線と圧力に耐えきれる気がしなかった。

 一年分の食を亮が支える、ということがどういう意味を持つのか。その裏側まで推測するとため息しかでなかったが、怒りを抑えるために亮は仕方なく頷いた。

「わかったよ、仕方ないな。最低限の食は確保しようじゃないか」

「なら許す」

 どことなく嬉しそうなディアナを尻目に、亮は大きなため息を再びついた。

「ならリョウ様-。私は一年分の電気痙攣療法と永久就職先の紹介がいいですー!」

「なんで!?」

「なら私は、一年分の武器と防具の整備だな」

「だからなんで!?」

 まさかの二方向からの攻撃に亮は驚きを隠せない。その様子をみた女子三人は、顔を見合わせて笑い始める。

「なんで笑ってるのさ! 理由もわからず笑われるとか、屈辱以外の何物でもないよね!?」

「つまり、リーダーにパーティーとしてよろしくってことでしょ? それくらいわかりなさいよね、ヒモ男」

「そうだな。これで私たちはパーティーとしてやっていけることを証明したのだ。これから頼むぞ、リョウ殿」

「そうですね! でも、永久就職は本気ですから、ちゃんと考えて下さいね?」

 そういって微笑む三人をみて、亮も思わず笑ってしまった。


 誰をとっても普通じゃないパーティー。そんなパーティにいながらもどこか居心地のよさを感じていた亮。未だ、異世界に降り立って二か月と経っていないが、その密度には目を見張るものがあった。これからも刺激的な毎日が待っていると思うと、亮の顔からは思わず笑みがこぼれる。

「ちょろいん達が偉そうに」

 そう言いながら、亮は立ち上がると、皆と同じように椅子へと座る。

「へいっ! おまちどうさま! いっぱい食べてくれ!」

 まるでタイミングを図ったかのように、頼んでいた酒と料理が運ばれてきた。色とりどりの料理に、ディアナだけでなく亮もテレーシアもカレラも目を見張る。

「この酒場のおすすめ、全部もってきたよ! ドラゴンスレイヤー様だから金はあるんだろ? せいぜい、金を落としていってくれよな!」

 店員のお姉さんはそういって笑顔を振りまいた。亮達は運ばれてきた料理を前にして思わず唾をのみ込む。そして、全員で顔を見合わせると、グラスをもって顔の前に掲げた。

「じゃあ、これからよろしくってことで――――乾杯!」

 甲高い音が、周囲に響いた。



 周囲は亮達の様子を遠巻きに眺めている。

 ドラゴンスレイヤーという存在に羨望の眼差しを向けるもの、嫉妬という感情を押し殺しながらにらみつけるもの、単純な好奇心を向けるものなど様々だ。

 当然、その騒ぎには、カレラの元パーティーがいたのだが、以前のように罵声を浴びせる気概もないのだろう。すごすごとギルドから出ていくのを、カレラは横目で見ていた。

 あれほど劣等感や敵意を抱いていた元パーティーに大してすでに何も思わない自分がいることにカレラは驚いたが、眼の前に視線を向けてその理由を思い知る。


 ――信頼できる仲間。


 カレラが欲しかった唯一を、すでに手に入れていたからに他ならない。

 カレラは小さく息を吐くと、テーブルの喧騒へと身を投じた。最初はどこか居心地が悪かったが、今では少しだけこそばゆい、暖かいぬるま湯のような空気感。そんな亮達との関係に思わず笑みをこぼしていた。


 そんな中。一人だけ異質な視線を向けるものがいた。

 さりげなく、執拗に。食い入るでもなく、興味があるでもなく。ただ、粘り気のある視線を、ただ一人に向けていた。


 その男はしばらくすると、ギルドの外へと出ていった。


 扉の閉じる音は、不穏の知らせ。男は誰にも気づかれずに闇に消えていった。


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