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異世界テンプレは病んでいる~果ては治療か洗脳か~  作者: 卯月 みつび
第二章 かみ合った歯車、不穏な知らせ
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 カレラがパーティーに入って数日後。

 各々が装備品や消耗品を購入し、準備は着々と進んでいた。亮をリーダーとするこのパーティーの目下の目標は生活費だが、どういったパーティー運営をするのか、カレラをどのように扱うか、という部分に関して取り決めがなかったため、話し合いがもたれることとなった。

 場所はいつもと変わらずギルドの片隅。金持ちパーティーは大きな宿の部屋などで行うこともあるのだが、亮達は残念ながら金がなかった。


「っていうかさ。なんで私は装備とか何もないわけ? 毎回言うけど、亮のお金の出所は私の装飾品なのよ? どういうことよ!」

 席に着くなりパーティーの面々を見回すと、不満気に頬をふくらましたディアナが悪態をつく。

「だって、ディアナのその布? 服? みたいなものより性能がいい防具がこの町にはないんだから仕方ないじゃない? 全属性耐性とか、物理攻撃耐性とか、自動生命力回復とか、ラスボス前にようやく手に入るような反則級だっていうじゃないか。僕なんか、量販店のデニムとシャツと白衣だよ? ただでさえ弱い僕が防具を買うのは当然じゃないか」

 そう言いながら髪の毛をいじるのは亮だ。

 亮は、丈夫な革の上下にところどころ装甲を厚くした動きやすいものを着ていた。なぜだかその上に白衣を羽織っているのだが、亮曰く、ここだけは譲れないところらしい。

「まあ、そうなんだけどさ……」

「報酬がでたら好きなもの食べてもいいからさ」

「えっ? ほんと!? なによ。あんたってなんだかんだ私に甘いわよね。そういうことなら許してやってもいいかな、うん!」

「えっと……。いい加減、ディアナは人を疑うことを覚えたほうがいいよ」

 当然、今まで亮が使ってきたお金は一食分とは比べ物にならないほどの金額だ。それでも、納得してしまうあたり、安定のディアナクオリティといったところだろうか。


 並んで座る二人の向かいには、同じパーティーメンバーであるテレーシアとカレラが座っていた。カレラはじっと二人のやり取りを見つめていたが、テレーシアはすこしだけ眉をひそめている。不機嫌そうな様子に、亮は首を傾げた。

「どうしたの? テレーシア。ああ、報酬の分担の話だよね? 安心してよ。ちゃんと、ディアナのごはんはディアナに払わせるからさ」

「え!? おごりじゃないの?」

 漫才を続ける二人の様子に、テレーシアの不満が爆発する。

「もうっ! なんなんですか、仲よさそうにして」

「うん?」

「リョウ様はディアナさんにばっかりよくして、私には全然かまってくれません!」

 珍しく怒気を含んだ声に、亮は驚きを隠せない。

「えっと……。別に、テレーシアを邪見にしたわけじゃなくてね、あの、その」

「なら、私も構ってください」

「構うっていうのは?」

「それは決まってるじゃないですか! えっと、その……」

 途端に声が小さくなり顔を赤らめる。その様子に、亮は嫌な予感を感じていた。

「また、その……電気痙攣療法やってほしいなって。それは、ほったらかしにされるのも嫌いじゃないですよ? でも、またやさしくなでなでしてもらいながらビリビリって感じたいなぁって。もう毎晩夢にでてくるんですから。もうあれなしでは生きていけないんですぅ。後生ですから、またびりびり、して?」

 もじもじとすり寄ってくるテレーシアに頭を抱える亮。何かというと、自らの快楽に身を任せようとする彼女に、困っているのが現状だ。だが、どのような扱いをしても、それを快感に変えてしまう強靭さをもっているから性質が悪い。

 亮は、テレーシアへの対応をどうしたらよいかわからなかったのだ。

「まあ、それはね。治療が必要な時しかできないかな?」

「そんなっ!? お願いします、リョウ様! じらさないでください――はっ、もしかして、リョウ様は焦らして焦らして火を燻らせておいていたぶるのが好きなんですね。あぁ、そんなプレイばっかりして、期待しちゃいますからね、んっ、想像したら、あ、だめです、だめですよ、リョウ様ぁ」

 吐息を漏らしながら、自らの指をなめまわすその様は目に毒だ。現に、ギルドにいる男性達は、おもわず前かがみになるほどである。亮は、というと、そっぽを向いて素知らぬふりを決め込んでいた。


 いつの間にか、三人ともテーブルの同じ側に来ており、一人取り残される形になったカレラ。彼女は真顔で三人のやり取りを見つめていた。

 その表情は、三人の不真面目さを糾弾しているような厳しさもありながら、どこか気の抜けたリラックスしているような雰囲気も兼ね備えている。カレラは、いつもそんな表情を浮かべながら過ごしていた。

「少し、いいだろうか」

 そんなカレラが口を開く。三人は、ようやく話がはじまるのかと姿勢を正した。なぜ、カレラが口火にならなかえればならないのか、というのは三人に問うのは酷だろう。

「どうしたのかな? カレラさん」

「一つ、聞いて置かなければならないことがあってな」

「うん」

 なんとも言い難い表情から、どのような言葉が飛び出すのか三人は息をのんだ。

「このパーティーはリョウ殿と恋仲にならなければならないのか?」

「ぶっ――!」

 飲んでいた飲み物を噴き出した亮に、怪訝な表情を向けるカレラ。

「な、何をする?」

「いや。カレラさんこそなんてこと言うのかな!?」

「仲がいいな、と思ってな。会話の内容から、三人は恋仲かと思っていた」

「なにをば――」

「そうなんです! 私とリョウ様は永遠を誓い合った仲で――」

「ふざけたこといってんじゃないわよ! なんで、私なんかがこんなの――」

 カレラの言葉に三人は一斉にして反論や同意を並べた。ごちゃごちゃと会話にまとまりがなかったため、カレラは困った様子で顔をしかめている。

「仲がいいということなのか……?」

 ぽつりとそんなことをつぶやきながら、カレラは遠巻きに三人の様子を眺めていた。

 

 ようやく三人の喧騒が落ち着くと、話し合いは本題に入ってくる。つまりは、パーティーの方針とカレラについてだ。

 当然、当人はそれが気になるらしく、真剣な面持ちで口を開く。

「それで……私はどうやったら皆とうまくやれるのだ? その答えを、今日くれるのだろう?」

 ディアナとテレーシアも気になるのか、皆の視線が亮に集まる。亮は、というと何かを思い出したかのように手を打ち身を乗り出した。

「ああ。そういえば、そんなこともあったねぇ。忘れてたよ」

 その言葉に、カレラは思わずいらだちを覚える。

「何を適当な! リョウ殿が言ったのではないか! うまくやれると!」

 いきり立つカレラだったが、亮はひたすらに微笑んでいる。

「まあまあ。忘れてたのは謝るけど、僕にとってはそれくらいのことなんだ。うまくやれるさ。僕らとカレラさん、互いが歩み寄ろうとすればね」

「歩み寄る……?」

 漠然とした物言いに、カレラは訝しげな視線を亮に向けた。

「うん。僕はカレラさんはコミュニケーション障害の気があると思っているんだ」

「前も言ってましたけど、コミュニケーション障害ってなんですか?」

 テレーシアが当然の疑問を持ち出してくると、亮は心得た、とばかりに笑みを深めた。どこか不気味な気持ち悪い笑みだ。

「とてもとてもかみ砕いて言うとね。普通の人が当然できることができない、そういった特徴をもった人のことを言うんだよ。もちろん、それが劣っているとか、優れているとか、そういう問題じゃない。ただ、その人は、こういうことが苦手ですよっていうのをまとめてコミュニケーション障害というって思ってくれていいんじゃないかな」

 亮は三人が何を言わないことを確認すると、さらに言葉をつづけた。

「カレラさんの場合は、コミュニケーション障害とはいえないくらい軽いものだと思ってるけどね。カレラさんからすると、自分はきっちりやっているつもりでも、いきなり怒られたり注意されたりして混乱するってこと、ないかな?」

「あ……ああ。前のパーティーも、それで揉めていたんだ」

 小さく俯くカレラの表情は途端に暗くなる。亮は、穏やかに微笑みかけるとカレラの顔を覗き込むように身体を屈めた。

「でも大丈夫。僕らがカレラさんがわかりやすいように話をすればいい。カレラさんも、わからないことはわからないと、はっきりいえば良い。これだけで、僕らの問題は簡単に解決するはずさ」

「そんなことで……」

「うん。前のパーティーでは、どういう風に作戦や戦略を立てていたかな?」

「そんなもの……各々がその時の状況で判断するものだろう?」

「だから齟齬が生じる。ずれた歯車を戻すには、言葉をかわす必要性が必ずあるんだよ。この前揉めていたことだって、こうきめておけばいい。『現れた敵を倒せ。後ろから合図があれば、後衛を守れ』とね」

 亮はどこか自慢気に話を続けている。対するカレラは信じきれないのか、疑いの目を向けていた。

「だから、これから全部決めるよ。カレラさんがどう動けばいいのか、どんな合図を出すのか。できるだけ具体的に言うし、やってほしいことは全部伝える。しっかり互いに理解するんだ。お互いを知ることで、必ず僕らはうまい行く。とりあえず、僕を信じてくれないかな?」

 亮はじっとカレラを見つめていた。

 カレラは、その視線をずっと受け止め続けることができない。

 今まで駄目だった自分のこれまでの行いを思い返し、きっとだめだと決めつけてしまっている。けど、それを知ってなお、自分を必要としてくれる存在が素直に嬉しかった。

 それでも、またもめごとを起こすのが怖かったのだ。

 自分だけが取り残されるあの感覚。信じられないようなものを見る目でみつめられる不快感。それを感じる度に生まれる劣等感と罪悪感。どれもが、二度と味わいたくないものだった。

 

 だから一人でやっていこうと決めていた。けれど、そんな自分の手を目の前の怪しい白衣姿の男はとってくれたのだ。

 ならば、もう一度だけ。信じてみようとカレラはようやく思うことができた。


「わかった。信じよう」

「ありがとう」

 

 カレラが信じるという言葉を伝えると、嬉しそうに亮は笑った。その様子をみているとカレラ自身も嬉しくなった。

 自分でも、だれかに笑顔を届けられるんだと、そんな想いが生まれてくる。

 だが、次の言葉で、カレラは目の前の男の正気を疑った。


「なら、ひとまずドラゴンを討伐してみようか」


 男が発した言葉は、ただの世迷言にしかカレラには思えなかった。


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