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店の中は妙な空気で満たされた。
立っているカレラに、入り口からの罵声。店の中の視線は、自然とカレラに集まっている。カレラはと言うと、眉間にしわを寄せて元パーティーメンバーを見つめていた。元パーティーメンバーは、顔が赤く、どこか呂律もまわっていない。見るからに酒に酔っていた。
「あ? なんだよ、聞こえなかったのかよ。顔もみたくないって言ったんだ。こっちみてんじゃねぇよ」
蔑むような視線とともに放たれる言葉。その言葉の鋭さに、カレラは思わず顔をしかめる。
「別に、お前の許しがなかったならここにいちゃいけないわけじゃない」
「かーっ! 相変わらずの堅さだねぇ。そういうとこがむかつくっていってんだよ。わかるか? この世の中は、お堅いことばっかじゃなくて、周りに合わせるってことも必要なんだよ。あ?」
「私は悪くない!」
カレラの表情険しさは益々増していく。鋭い形相はとても威圧的だ。
「そうやって現実をみないのは賢くないねぇ」
「賢くない……つまり、カレラは馬鹿ってことか!? ぎゃはははは。お堅い馬鹿とか救いようがねぇな! はは」
「ほら、さっさと馬鹿はどっかいってくれねぇかな? 俺らがつまんなくなるからよ」
あまりにも一方的な罵声に、思わずカレラは剣に手をかける。そして、手にこれでもかと力を込めながら、わずかに保たれた理性がその力を解き放つのを止めている。
なぜ、これほどまでに言われ続けなければならないのか。そんな想いを言葉にすることができず、すべてを剣にゆだねたい。けれども、それをしたらいけない、ということはわかっているが、やるせない想いは止まらない。
誰かから必要とされたい。けれど、うまくいかない。
人一倍努力はしている。けれど、うまくいかない。
人の心がわからない。だから、うまくいかない。
うまくいかないことだらけの毎日を送りながら、それでもあらがおうと必死にやってきた。それが、今のカレラの実力の正体だ。身に着けた力。それがあってもまだ誰からも必要とされていない。なら、自分はなんなのだろう。今のカレラには、自分の存在意義がわからなくなっていたのだ。
そこにきて、元パーティーメンバーの罵声。カレラの引き絞られた怒りの弓は、今にもはじけ飛びそうな程だった。
おそらく、剣を抜けば、眼の前の三人はすぐさま肉塊にできるだろう。それだけの力はある。だが、それをやってどうなるのか、という答えも自分の中に持ってはいなかった。
どっちつかずの自分の立ち位置すら許せない。いっそ、三人を殺して自分も、という想いが湧き出始める。
「んだよ、剣に手かけてくれちゃってよぉ。なんだ? 言葉で返せないからって剣を抜くのかよ」
――殺す。
「もうそこまでいったら人間じゃねぇよな。ただの獣じゃねぇか。まあ、お前にはぴったりだけどな、はは!」
――殺す。
「おい、もうこんなわけわかんないやつに構ってないで、他で飲もうぜ。同じ空気吸ってるだけで酒がまずくならぁ」
――殺――。
思考すら放棄し、本能にすべてを任せようとしたその時、カレラの後ろにいた男が唐突に立ち上がった。
「何を言ってるのかな。そこの無礼な男達は」
亮が立ち上がり、肩を竦めながらいいはなった。その表情は笑っているが、仄暗い圧迫感を携えている。
「無礼だと? っていうか、お前はなんだ。関係ねぇだろうが」
「いいや。関係あるね。だって、僕らはカレラさんのパーティーメンバーだからさ」
亮の言葉に、男達の動きがぴたりと止まる。その直後、店の中を笑いが木霊した。
「あはははは! パーティーメンバーだとよ。俺らのような不幸なやつらが、ここにも生まれちまうじゃねぇか」
「おい、そこの。やめとけ、やめとけ。後悔するぞ?」
亮は表情を変えないまま、ゆっくり一歩を踏み出した。
「後悔? わからないな。それはどんな後悔なんだろうね? ぜひ教えてくれると助かるよ」
「おお、知りてぇか! こいつはな、とにかく集団行動ってのが苦手でよ。自分のことしか考えてねぇのよ。それで、何度俺らがピンチに陥ったのかわからねぇ」
「そうそう。ノリも悪いしな。強いのを鼻に付けてよ、こっちに合わせるってことをしらねぇんだろうな」
「悪いことはいわねぇよ。お前もこいつとパーティーなんか組むのをやめたほうがいいぜ」
そう言うと、男達は再び笑いだす。亮は、というと、先ほどと同じように表情を変えず、一歩、また一歩とにじり寄っていく。そして、カレラを一瞥すると、すぐさま男達へと近づき、温和な笑みを浮かべた。
「確かにそれは大変だったよね。君たちの気持ちもわかるよ」
「そうだろ? 大変だったんだぜ」
「うんうん。こんなにも無知で傲慢な人は、繊細で傷つきやすい人のことをおもんばかることなんてできないにきまってるよ。何も知らずに、何にも優しくできずに生きている下衆な生き物がいるっていうのは、世の常だ」
「あ?」
そこまで言うと、目の前に迫っていた男の肩に手を当てた。そして、にやりと笑みを浮かべながらぐっと腹に力を込める。すると、その男が瞬時に布のようなもので手足を縛られ床に転がった。男は必死でもがくも、男の拘束は決して緩まることはない。
「な――!?」
周囲の面々が目を見開いていた最中、亮は言葉を重ねて笑みを深める。
「周りを見ない? ノリが悪い? 空気が読めない? それは総じて周囲の人間が彼女のことを理解していなからだよ。無知を恥ればいい、この大ばか者が」
亮はそのまま倒れている男の頭を踏みつけた。
「うげぇ!」
その様子をぽかんと見ていた男も、ようやくスイッチが入ったのか呆けていた表情を怒りに変え拳を振り上げていた。
「てめぇ! 何すんだ!」
「くそがぁ!」
あわや殴られる。といった瞬間、亮の両脇から、目にもとまらぬ速さの雷撃と炎が飛来する。
「ぐぎゃぁ!」
「どわぁ!」
カレラが、雷撃と炎の発生源を見ると、そこには、ディアナとテレーシアが魔法を打った姿勢のまま、男達を睨みつけていた。
「せっかくのご飯の時間を邪魔しないでくれる? 男の風上にも置けないわね」
「汚い言葉は痛みにもなりえません。ただの耳障りな蛆虫は、この店から出て行ってください」
鋭い視線に射抜かれた男達は、亮に縛られた男を抱えて、慌てて店から逃げ出していた。
三人の立ち振る舞いに、店の客は大盛り上がりだ。ところどころで、三人を――おもにディアナとテレーシアをもてはやす言葉が舞い踊った。まんざらでもない二人を後目に、亮は未だ立ち尽くしているカレラへと相対する。
「な……んで」
「カレラさん。君の力を僕たちは欲しいんだ。他の連中が言うことなんて関係ない。君だから……君だからこそ、僕らは仲間になってほしいとおもったんだよ。だから、パーティに入ってくれるかい?」
「でも、あいつらの言ったことは本当で……私は、迷惑ばかり――」
「そこを救うのが精神科医の役目じゃないか。僕がいる限り、君は皆とやってける、戦える。そうやって足りないところを補うのが仲間じゃないのかな?」
亮は手を差し出した。初めて出会ったときと同じそぶりだが、カレラが抱く想いはまったく異なっていたのだ。
カレラはどこか気まずそうに、それでいて恥ずかしそうに上目使いで亮を見つめる。そして、勇気を振り絞って言葉を紡いだ。
「……いいのか?」
「ああ。いいんだ。仲間になってくれるかな、カレラさん」
一瞬の間。その間に彼女が何を思ったのか亮にはわからない。だが、自身の手を掴んでくれた力強さ、それだけで十分だった。
「これからよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
亮のパーティーに、カレラが加わった瞬間だった。




