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「僕は死んだのか?」

「はい」

「ここはどこだい?」

「天界と現世とを繋ぐ中継地点のような場所ですね。こうして迷える魂を振り分ける作業を行っております」

「君は誰だ?」

「神でございます」

「そうか」

 真っ白な部屋の真ん中でやり取りをする男女がいた。

 会話の流れからわかるとおり、別段色っぽい話をしているわけではない。内容としては衝撃的だと思われるが、死を告げられた男は淡々と言葉を交わしている。

 その男はというと、無造作に床に座り込んで、パーマがかかった長めの髪の毛を手でいじっていた。その隙間から除く表情はどこか気だるそうだが年齢を感じさせない。むしろ若い印象を見るものに与えていた。ジーンズにシャツといったラフな格好の上にはしわだらけの白衣を羽織っており、お世辞にも清潔感があるとは言えない。

 どこか冴えない男は、ぼんやりと床を見つめている。

「色々と傷ついているかと思うのですが、気を落とさずに。あなたには楽しい世界での人生が待っておりますので」

 対する女は、大きな椅子に座っていた。真っ白な、そして芸術品を思わせるような装飾が施された椅子は、女の身の丈の二倍ほどの大きさだ。その椅子にちんまりと座っている様子はとても可愛らしい。

 もちろん、その座り姿だけでなく、ぱっちりとした目の奥に見える色素の薄い瞳、全身を覆う透き通った布から覗く細い四肢、淡い水色の髪の毛は女を美少女と呼ぶに相応しい外見を形作っていた。まあ、胸元については敢えて触れないことにする。

 男に話しかけた美少女は、返事がないことに俯いている。だが、気を取り直したかのように再び笑みを浮かべ話しかけた。

「死は終わりではありません。新しい生の集まりなのです。これからあなたは、私から新しい力を授かり、新しい世界で新しい人生を歩みます。ですから、過去の憂いも過ちもここですべてを清算し、清い心になって旅立って行ってください」

 美少女がそこまで話すと、男はようやく立ち上がり視線を合わせた。そして、おもむろに美少女に近づくと、座っている彼女と視線の高さを合わせるように中腰になりながら口を開く。

「まずは初めましてだね。僕は結城ゆうきりょう。精神科医をやっているんだ」

 突然の自己紹介に美少女はうろたえながら、それでも神の威厳を保つためか平静を装いながら言葉を返す。

「あ、え? あの、私ですか? ……私は天空の女神、ディアナです。ご丁寧に、名乗っていただき感謝します」

「よろしく」

「えの、はい、その……よろしくおねがいします?」

 貼り付けたような笑みを浮かべた亮は困惑するディアナを見ながらどこかうれしげだった。だが、その理由がディアナにはわからない。

「あの、これってどういう……」

「まあまあ。とりあえず……もうお互いに自己紹介はしたんだから遠慮なんかいらないよ。僕と君は他人同士ではないんだからさ。けど、いきなりこんなこと言われても困るよね。自己紹介していきなり友人という間柄になるわけでもないし。だから、二人の関係性を端的に表せと言われても、それはなかなかに難しいと思うんだよ。けど見知らぬ仲ではない。なんだか難しいね」

「いきなり何をいって――」

「ただ、別の側面から見ると僕は医者なんだ。だから、少しでも悪くしたところがあれば皆、患者になっちゃうんだよ。それってちょっと寂しいことだと思わない? 同窓会にいけば、始まるのは健康相談と独身の医者を紹介してくれっていう懇願の嵐さ。医者なんてなるもんじゃないね」

 途端に饒舌になった亮を見ながら、ディアナは目を見開いて驚いていた。先ほどまでの冴えない印象とは打って変わり、生き生きと話す亮の瞳は輝いて見える。

「あの、そろそろ話をすすめたいのですが」

「そうだよね。こんな無駄話したってつまらないよね」

「そういうわけじゃ」

「君が話をすすめたいのはわかるんだ。けど、今、僕がしたい話もそれなりに重要な話だと思うんだよ。だから、少しだけ話に付き合ってもらってもいいかな?」

 亮の申し出にディアナは少しだけ考え込む。

 というのも、こうしている間にも肉体が死んだ魂がこれでもかと押し寄せているのだ。それを転生先に案内と説明をするのが自分の仕事。今、目の前の男を転生させるのは簡単なことだ。けれど、重要だという話があるのだから、少しであれば時間を割くのはやぶさかではない。

 そう思ってディアナは微笑みながら頷いた。

「いいですよ。どういった話ですか?」

「ありがとう。今からする話は、もしかしたら君にとって不快な話になるかもしれない。けれど、気を悪くしないでほしいんだ。僕は君のことが心配でこういうことを言うんだからね」

「はぁ」

 どこか要領を得ないディアナを後目に、亮は神を親指と人差し指でいじりながら視線を向ける。その視線はディアナを射抜き、射抜かれたディアナはどこまでも見通すような深い視線に気圧される。


「さて。君が自分のことを神だと思い込んでいるのはいつからだい?」

「は?」


 薄い笑みを浮かべた男と呆けた女神は、静かな部屋の中で見つめ合っていた。

 

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