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どこかにいるあなたに

 ハイビスカス、という花が南の島には咲くらしい。僕のイメージでは鮮やかな赤や黄色の花だ。それすら沖縄土産のTシャツに描かれているのを見て『ハイビスカスなんだろうな』と思う程度で、その他の知識はない。そうやって、南の島に咲く花なんて知らずに、知らないままで生きてきた。

「――つまり〜、魔力の粒子はこの氷が出来た年代以前には地球に存在しなかったと言えるんですねー」

 だから、この数カ月間毎日のように目にしている学校の前の花が本当にハイビスカスなのかどうかも、僕にはわからなくて。

「なので、こちらの年――要するにファージが発見・観測されたもっと前から、魔海にはいわゆる『穴』が空いていたというのが現在の定説です〜。ふふふ、つまり魔法使いは決してファージと闘うために産まれた勇者ではないってことですねー」

 きっと、魔法使いもそうなんだろう。はるか南のフロンティアで軍隊みたいに闘う人達。ごく一般的な本土の人は、どういう生活を想像してるんだろう。僕自身、どんな想像をしていたんだっけ。電車の中で、授業の隙間に、彼らが闘う動画を見つめながら。あるいはこの島に向かう船の上でさえ。少なくともバスの運転手やカラオケ屋の店員さん、それにコンサートを行う歌手がいるなんてちっとも思わなかった気がする。

「それどころかー、魔法使いとは体内に取り込んだ思念粒子を自然に排出する能力が低い、ええと、つまりはそういう体質の人間であるという解釈がー、本土では一般的になりつつあるんですねー」

 普通の人。一般的な生活。

 この島でのそれは商業区に多くある病院で産まれ、蜘蛛の巣で暮らすこともなく、『有事』を迎えないまま一生を終える人。あるいは本土から強制送還されてしまったにも関わらず、あの警報が響けば家に籠もるだけの人。そして、天気予報を見るみたいに魔海の活性度を眺めなんとなく来週の予定を立てるアンチバイラスの戦士達。

 サッカー選手になるよりも、ファージを殺すことを夢見る子供達。

「現代では減退剤こそ魔法使いへの初期治療薬として扱う地域もありますが、加速剤は基本的に禁止薬物になっているんですよー。しかししかし外の若者達の間では処方される減退剤のほかに加速剤も医療ドラッグとして流通してるらしいんです。皆さんも気をつけてくださいね。いつか年をとったりして魔法が使えなくなったときにも、こういうお薬には頼らないようにしてくださいね。血管への負荷がとっっても大きいですからねー」

 エリーの言葉で、藤崎が僕を気にした。

 カーテンを揺らした風に流される銀髪を指で抑えながら。教室のど真ん中で、斜め後方の僕の事を。なんだか少し嬉しくなる。彼女が、僕を気にしてくれている。

 普通なら、ただの願望。ドームツアーでアイドルと目が合ったレベルの思い込みだ。

 本当は、僕だってそうなのかもしれないけれど。

 その感覚を共有できる友達は、もういない。誰かを犠牲にしなくても、僕が感じるものが正しいと思わせてくれるあの子は、もういなくなった。――チャムに会いたい。でも、会ってしまったら。多分、僕は。もう元帥くらいしか残っていない。僕が僕で良いと、間違っていないと感じられる相手。心の底から分かり合える人間。僕という存在を許してくれる、その人が。

 頭の中で反芻する。彼の言葉、彼の話し方。しわがれた声のリズム。周囲の相手に与える感情の起伏。世界でたった一人の、年老いた僕の同類。人間の形をした仲間。

 きっと彼も、僕に会いたがっている。そんな気がする。だから、本気で探せばきっと会える。上手く行く。戦える。

 

 そうですよね?


 少しだけ笑った。誰にもバレないように笑えたから、気づいた人は誰もいないように思えた。

 チャイムが鳴る少し前にエリー先生とのイケない恋の妄想を終了させた女子が大切そうにノートを抱えて教壇の方へと歩き出すと、その子の肩とすれ違うようにして藤崎マドカの何か言いたげな瞳が振り向いた。昼休みだ、何か彼女のご機嫌が良くなるような食べ物を上手く選んで出さないと。

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