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君は誰

 夕暮れ。カーテンを閉めた部屋の床にパーツを並べて、それを少しずつ組み上げる。エンジンらしき四角形を手に取って一つ何かを考えて、そこに取り付ける排気管の様な物に触れながらまた何かを思い浮かべる。完成形はわかっているのに、ほんのちょっとしたずれや順番の間違いで思うようにはいかず、再びバラバラにしたパーツを床に並べた。

 すこしずつすり減って感触が鈍くなってきた接続部分をじっと見つめて、頭の真ん中あたりから湧き出る苛立ちと衝動を静かにこらえる。奇声と共に壁に投げつけてしまえば、衝動は収まるのかもしれないけれど。きっとそれで、無くしたり壊したりしてしまうから。

 分かっているのは、失敗すれば次は無いだろうってこと。

 壁に跳ね返った部品で取り返しのつかない怪我をするだろうし、そうじゃなかったとしても、二度と僕におもちゃは与えられないだろうってことだ。

 何かをしなくちゃいけない。でも、何を? 何から始めればいい? だからと言って、こんなことをしている場合じゃないのに。

 ずっとこのまま、与えられたおもちゃを言われたとおりに組み上げるのか?

 抗うのだ。戦うのだ。理不尽な命令にただ従うのはおかしいことなんだ。藤崎ならふっとばす。久遠なら泣きながら必死に這いずり回る。そういうことだろう。でも、なら、僕はどうすればいい?

 いつの間にか真っ暗になっていた部屋の壁に、僕の影が薄く映る。握りしめたおもちゃのタイヤが、手の中で軋む音がした。


 ――と。


「!!」

 突然感じた気配に、とっさに床の上に倒れこむ。そのままソファの陰に滑り込みながら背後の窓の様子を見た。

 誰だ?

 一気に激しくなった鼓動を右手で確かめながら、カーテンの隙間から見えるフロンティアの夜をじっと伺う。

 そのまま。多分時間にしてほんの数秒。跳ね上がった緊張感が落ち着いたころに、僕はようやく気が付いた。

「……ありさ――カナか?」

 分厚い窓とカーテンで聞こえやしないだろうけど、思わず名字で呼んだことを気にしつつ、カーテンをそっとずらした。

 すると、僕の部屋から少し離れた場所――棟と棟の間に造られた中庭の上空に、味方にすればとても頼りになる同僚の真っ赤なブーツが見えた。

「……」

 いつだったかのパジャマとは違うラフな私服に不機嫌そうな顔をのっけた彼女は、握っていた短い方の拳銃で僕の頭上をちょいちょい指して。

「……開けろ、と」

 言われるがまま壁のスイッチを押すと、天井付近の枠の中の窓がゆっくりとめくれ上がる。その隙間に細い体をあっさりと滑り込ませてきた有沢カナが、無言のままカチャンと床に足を着けた。

「……なんだか、久しぶりだね」

 バスルームやトイレ、クローゼットにも忙しなく警戒の視線を向ける彼女に話しかけると、カナは特に視線を合わせるわけでもなく。

「そうですかぁ? ほんの二・三日会わなかったですけどぉ?」

 ふと、床に置かれていたプラモデルの部品に目を止めながら。

「……へ~何にもないくせに、ゴミはあるんですね。この部屋ぁ」

 いつもの感じで小馬鹿にしながら、ようやく視線をこちらに向けた彼女に、僕は笑って。

「ゴミじゃなくて、プレゼントだよ。……明かり、点けた方がいいかな?」

 内心では何かに怯えて警戒しているカナに伺いを立てると、彼女はあくまで軽い素振りで。

「あったりまえじゃないですかぁ。だってぇ、暗いと先輩の方が有利ですもんね」

「そうでもないよ。それに、窓の外から撃たれてたら危なかった」

 笑いながらゆっくりと明かりのスイッチの方へと足を進める。多分、カナが予備動作なしで僕より早く動ける距離の少し外へ。

「……ま、確かに久しぶりかも」

 別にそれで何かが変わったわけではないけれど、明かりがついた途端に小さなため息を吐いたカナが無遠慮に他人のベッドに腰を下ろした。

「藤崎が、心配してた」

 斜めにあるソファに腰を下ろした僕は、じろじろと部屋の中を見回す彼女に話しかける。

 理由は多分、みんな分かっている。

 カナが学校から姿を消したすぐ後、上層部の欠員を補充する選挙に彼女の父親が立候補して、次の朝から彼女の家の周りを普段は見かけない連中がうろつき始めていたから。

「心配しいなんですよ、マドカさんは。カナちゃんは特に変わりないです。……自由はなくなっちゃいましたけどぉ」

 わざとらしく顔をゆがめて見せたカナは、順番に膝を伸ばしてベッドを揺らし始めた。

「あの人たちは、ルーガの人?」

 聞いた僕に、カナは頷いて。

「ですね。それも父の息が掛かった若い世代が中心です。アンチバイラスから派遣された人もいるみたいですけど、なんかOSPRの関係者っぽい人も湧いてきてる感じですね。きっとこないだ来た時に父と接触してたんだと思いますよぉ」

 へらへらと笑う彼女は、それでも少し疲れているように見えて。

「……成程。各種混成の見張り役ってわけか」

 納得して何かを考えようとした僕を、カナは目の端で気にしながら。

「ですね。ま、父が家にいることはあんまり無いんですけど」

 なるほどと頷く。元帥は平気で家族を利用する人間だ。いくらカナが強いとはいえ、ガードするに越したことはない。

「……カナって、一人っ子だよね? ほかに家族は?」

「いますよ、母が。でも、私よりは自由にやってます」

 含みのある笑顔の瞳。彼女の複雑な気持ちを受け取った僕は、その理由を考えて。

「……そうか。お父さんは《《君を警戒してる》》んだね」

 カナは頷く。はっきりと。

「そうですよ。結局私って、誰の敵で味方なのかカナちゃんにもわかんないんでぇ」

 表向きには自分と家族を守っているようで、その実、元帥の孫が不穏な動きを見せないように見張っている。彼の刺客から、自身を守るために。

 そこまで考えて、僕は思わず顔を上げた。

「……よく、出てこられたね。ここに」

 僕のところに。誰から見ても、元帥の飼い犬と思われている奴の。

 するとカナは――有沢カナは。冷たい瞳でじっと僕を見つめて。

「――遅いですよ、小田島先輩」

 明るいライトの下で笑いながら、0.38ミリの魔弾を打ち出す銃口を僕に向けた。



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