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第三小隊

 食事をとり終えた僕はカナの案内で巣の中を東へと向かう。いくつかの通路を抜け、彼女が翳した掌に反応して開いた扉の先は、最初に霧島局長と会った時と同じ場所のようだったけれど、いつの間にか降り出していた雨のせいで何だか印象が違って見えた。


 そうしてカナは通路の片側に並んだ扉の中の『一特第参』というドアを開ける。

 部屋の奥に海を見渡す大きな窓。そこから差し込む雨色の光を背に受けて机に両足を投げ出していた男が、椅子に寄りかかったままで片手を上げた。


「よう、新人。待ってたぜ」

 僕より少し歳上、二十歳くらいだろうか? 目にかかる金髪を指で払いのけ微笑む姿に同性ながらドキリとする。ギイッと椅子をきしませて彼は立ちあがり、僕に向かって手を差し出した。

「小隊長の今宮ナガセだ。よろしくな、セイ」

 不思議な色をした眼を正面から見られずに、喋るたびに口の端でピコピコ揺れる禁煙グッズを見つめながら彼の手を握り返す。


「小田島セイです。魔法なんて使ったこともないんですが、よろしくお願いします」


「ああ、大体のとこは霧島のおっさんから聞いてるよ。心配するな、ちょっと訓練すりゃ魔法は使えるようになるし、当分、お前の役目は雑用だ」


 ちらりと隊長が向けた視線の先で黒いソファにちんまり座る銀髪の少女。あのままここへ来たのだろうか、学校の制服のままだ。湿気にうねる銀髪に手櫛を入れていた彼女と一瞬目が合うと、僕の耳元にすわりと隊長の顔が近付けられた。


「藤崎がな、お前を特殊部隊から外すように怒鳴りこんできやがったんだ。んで、まあ……さすがにそいつは無理だから、当面の間雑用ってことで納得させた」

 隊長のひそひそ話を聞いた僕は、再び藤崎の顔を見る。彼女は、その小さな頭をソファの後ろから抱くようにして手入れを手伝うお姉様の指が髪の間を通るのを、気持ちよさそうに受け入れていた。


「紹介するぜ。あのおせっかいが副隊長の世田谷ユイだ。ああ見えて大卒のエリート様で、うちの頼れる最年長だな」


 その言葉に、長い銀髪をなぞっていた副隊長の手がピタリと止まる。「痛っ」という藤崎の小さな悲鳴。くるりと振り向いたお姉さまに張り付いた笑顔を見て、僕も悲鳴を上げそうになる。

「お言葉ですが今宮隊長。確か隊長は『実戦に年齢など関係無い』と、そうおっしゃっていたように記憶しておりますが?」

 隊長はニヤニヤ笑いながら世田谷副隊長に言葉を返す。

「ああ、その通りだ。しかし良いこと言うな、俺は」

「それが、どうして私の紹介には『最年長』なんて単語が入るんでしょうか?」

「ああ、それはさっき言っただろ? セイは雑用だからな、実戦とは関係ないんだふがっ」

 ぴくりと片眉を震わせた副隊長が、飄々と喋る隊長の鼻を問答無用で摘みあげた。

「煙草は、お若い体に悪いですよ?」

「んがっ……鼻! いへえ、いへえって、ユイ! もげるもげる!」

「あら? 呼吸器官を潰すのが禁煙に最も効果があるって、何かの本で読みましたけど?」

「か、過激ふぎるって! ほの本は捨てお! いてて……ユイはなへ……ゆるひてふだふぁい、なんでもひまふ、もういいまへん」

 咥えていた禁煙グッズをポロリとこぼし涙目になった隊長が両手をばたつかせて必死に謝る姿を見て、僕は苦笑いを浮かべてカナと目を合わせる。確かにこの人、恰好いいけどダメ人間だ。


 今宮ナガセ隊長と世田谷ユイ副隊長、この二人の司令官に藤崎マドカと有沢カナの戦闘要員(アタッカー)の計四人――このたった四人がファージに対抗する戦いの最前線……というか実際戦うのは二人だけだ。それだけ彼女達の力がすごいということであると同時に、彼女達の隣で戦えるだけの力を持つ人間がいないというこの島(フロンティア)の実情を思わせる、最も強くて最も小さな部隊。それが僕の所属先になった。


 そして、夕方。

 五キロ走→体幹トレ→十キロ走。食事休憩を挟んで、神経衰弱みたいなカードの当てっこや画面に次々と表示されていく幾何学模様のパターン予測といった集中力の鍛錬→体幹→五キロ走→水中歩行→そして最後にまた始まった、集中力徹底講座の席上で。


「……△、◎、☆、☆、◎、△、△、☆、☆、◎、△、☆、○、△、☆」


 目の前の空間で電子音と共にリズムよく切り替わっていた幾何学模様の光がピタリと止まった。

 吐き気を通り越す程の疲労によって呆けた頭で半自動的にぶつぶつと目の前の図柄を呟いていた僕は、事前に言われた通りそのままリズムを刻む電子音に合わせて、真っ暗な画面に幻視した模様を口にし続ける。


「……☆、◎、◎、◇、☆、△……。止まったよ」


「ワオ! さすがはオルターね、セイ! とぉーんでもないスコアでびっくりしちゃうわ!」


 アメリカドラマに出て来そうな赤毛にそばかす博士の素っ頓狂な声が聞こえると、僕はフルフェイスタイプの映像機器を取り外してふらふらと立ち上がった。


「……オルター? 僕が?」


「あーら、失礼しちゃったわ! 正確には『オルターエゴ』よ、貴方の事。『もう一人の私』って意味かしらね!? この場合『大親友』って意味になるかしら?」


「……はは、それが本当なら、光栄だね」


「ウワオ!? ひどいわセイ! 私、あなたに嘘なんてつかないわよ! 神様とピーナッツバターに誓ってね、親友!」 


 なんだかすべてがわざとらしいアメリカンな担当医に苦笑を返して、とってもメカメカしい医療部屋を出て男子棟へ向かう。


 ようやく《個人プログラム》と言う名の地獄のトレーニングから解放された僕は、全身タイツみたいな訓練着に身を包んだまま自分のベッドに倒れこんだ。

 きっと緩衝材なのだろう柔らかな液体が詰まったこの防護服とやらは大変に寝心地が良い。世界中がウォーターベッドになったみたいだ。


 ……ああ、まずいな。隊長にきちんと風呂に入れって言われたんだっけ……。


 思い出したものの、疲労でとろけ始めた意識には勝てずに――。


 気がつくと、頭の向こうで電話が鳴っていた。


 こめかみをぐりぐり押して鈍い頭痛に対抗しながら受話器を耳に当てる。


「おう、セイだな! ちょっと喋っときたい事があってな。小隊の部屋に来てくれい!」


 それだけ言って電話は切れた。何を考えるまでもなく、ロビ霧島の顔が浮かぶ。あの人は僕の睡眠を妨げることが趣味なんじゃなかろうかと思いながら固まった背中をググッと伸ばし、月明かりに淡く光る空っぽの部屋を出た。


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