L.O.W
静かで広い部屋に、倒れた機械の身体の残響が響く。
その静寂を破ったのは、パチパチパチというベルトランの拍手だった。
「さすがだな、小田島セイ。まさか真正面から破壊しちまうとはねえ」
無言のまま足を地面につけた僕へと歩み寄りながら、すっかりリラックスした様な彼は。
「そろそろシュガーが切れる頃だろ? タイムアップだ。こっちもあと二体を発進させて壊されるわけにはいかねえし。はは、強いなあボーイは」
甘いマスクの男は人懐っこく屈託なく笑って、僕の肩に腕を回し。
「で、なんで最初から直接パイロットを止めなかった? ほんとーは出来たんだろ?」
笑顔のままで声をひそめた彼の問いかけで、僕もようやくいつもの笑顔と自分の輪郭を取り戻して。
「……何本か、コードが付いたままでした。何かしらのデータを取られて対策されるのは困りますし、僕や元帥でも外殻を破壊するしかないとなれば兵器としての有用性は下がらない。このままこのタイプのシレンシオが量産されてくれた方が都合がいい――そう判断しました」
――できれば、その会議の中であなたが孤立して立場を失ってくれればもっといいですけど。
そんな答えに、ベルトランは大いに頷いて。
「はは、納得だ。上手くやったな、ボーイ。んじゃ、俺も疑問に答える。ボーイは奴の見た目に引っ張られ過ぎた。あんたも言ったようにあれはシレンシオにとっちゃ目じゃないから、訓練さえ受けてりゃああやって対象を視線で追う事は無い。何よりあれに乗ってるパイロットにゃ、あんなに滑らかな動きは不可能なのさ」
だから途中で気付いたぜ。その気になりゃあ、いつでも止められるんだろうなってさ。
そう言ってくしゃっと笑った彼はいつもの様に気だるげに、のんびりとポケットに手を突っ込んで口笛まで吹きながら。
楽し気な彼の背に、ぼんやりと思う。
わからないんだろうなって。
『直接パイロットを止める』。
暴走したシレンシオに精神力を削り切られた挙句シュガーを投与されたパイロット。あの状態の人間をもう一度乗せる様な人に、『直接パイロットを止める』ことを僕がためらっていた理由も、その感覚も。感触も。
扉の前でぴたりと足を止めた彼は、悪戯っぽく両手を広げると。
「ヘイ、ボーイ。気を付けてくれよ。目的がどうあれ、あの人形の使い道に気付いた奴はきっと俺だけじゃ無い。よーやく駒が並び始めて、これで本当の始まりだ。適応者なのか、民間企業か、それとも古臭い国にこだわる誰かさんか、あるいはまさかのファージなのか。誰が、いつ、どんな形で『魔海の次の時代』を始めるのかっていう、生き残りをかけたゲームのな」
心底楽しそうな声で叫んだ彼は、ホールの端からピストル型にした指で僕を狙う振りをして。
「――ハッピーバースデイ。また会おうぜ、魔法使いの王」
笑った顔がするりと扉の向こうへと消えて、テラスにいた人達の気配も消え、あるのは捨てられたような機械の残骸と僕だけになり。やがてホールの電気が非常灯に切り替えられるまでその場に立っていた後、ぼやけた頭をゆっくりと振って。
「行こうか」
いつもの笑顔で背後を振り返り、僕は僕じゃない二人にそう言った。




