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いつか、僕も

 ――そして。


「ねえねえ、いつから魔法が使えるの?」「特隊生なんだよね?」「どこの部隊なの?」「一人で来たの?」「巣に住んでるの?」「本土って何が流行ってるの?」


 始業式のために大講堂へと向かう通路の端に追いやられ、これまでの十六年と数カ月の人生で話した数を軽く超える女の子に囲まれてしどろもどろしていると、突然ぐいっと左右に押し分けられた女体の壁の間から色素の薄い髪の毛が現れる。途端にスポットライトが当たったみたいに広がった空間で銀髪のチビが片手を腰に当てて仁王立ち。


 どう見ても僕より背が低いはずなのに、見下ろされているような迫力。


「……何だよ?」

「何だ、とは失礼な言い方ね? かわいい女子に囲まれて茹であがっちゃった? それとも、人気者気分をもっと味わっておきたいのかしら? ペテン師さん」

 藤崎マドカは口の端を持ち上げて冷やかな視線を僕に浴びせてくる。


「……騙してるわけじゃ、無い」


 騙したつもりも、騙そうなんて気も、ありはしない。


「……ふうん。どうかしらね。ほら、ボサッとしてないで、行くわよ」


 通り過ぎざま僕の顔を横目で睨みあげて、彼女はさっさと人垣を抜けていく。振り向いた僕は、どこに? という質問を慌てて飲み込んだ。なぜなら彼女の腰まで届く銀髪が、ずっと先でふわふわと揺れていたから。


 すっかり白けてしまった様子の女子高生たちに頭を下げて、必死の思いで追いついた藤崎の華奢な肩を叩く。

「待て待てっ! 始業式は? 出なくていいのかよ?」

 すると、僕が不可抗力で触れてしまった辺りの髪をめんどくさそうに振り払い、藤崎マドカは溜息とともに振り向いた。


「……はぁ。もしかして霧島局長から聞いてないの? 学校終わったら訓練なのよ、訓練。あたし達にはファージに備える必要があるの。自覚ある?」


 あたし達、と言いながら僕と自分の間で指を揺らした彼女の仕草で僕は気づく。僕と彼女が、同じ『隊員』であることに。


「……えっと、藤崎、特隊生って他にもいるの?」

「は? そんなのウチの学校じゃあたし達だけよ。当り前でしょ? 特別(・・)徴兵隊員なのよ? 特別って意味わかってるの? 小田島セイ」


 それでやっと合点がいった。つまり、そう言う事なのだ。クラスの連中はこの西側最強の魔女と僕が『同じように特別』だと思っているのだ。

 それはそれは期せずしてとんだペテン師になってしまったものだ。


「……で、学校はまだ終わってないけど」

「何それ? 今更始業式やら自己紹介なんかに意味あるの? どうせさっきみたいに愛想笑い浮かべてるだけなんでしょ? 物事には優先順位ってもんがあるの。言っとくけど、あんたにはそんな時間ないんだからね」


 そう言われてしまうと、返す言葉は全く無い。せいぜい腹がグーと鳴るだけだ。

 藤崎マドカは呆れたような半眼で僕を見つめた。


「……朝ご飯は?」

「まだ、だけど」

「……はぁー。本当に、自覚したほうがいいわよ。死にたくないならね」

「……気をつける」

 神妙な顔をした僕をしばらく睨んでいた藤崎は、長い髪を手でいじりながらそっぽを向いた。


「……ねえ、あんたさ、何で急にこの島に来ようなんて思ったの?」

 言葉に生えた小さな疑いの棘がちくちくと胸に。


「ええと……本土というか、向こうには魔力検査ってのがあって……」

「うん、知ってる。私も小さい頃は向こうに住んでたから」

「んで、こないだ……一年の三月の検査でそれに引っ掛かったんだ」

「それまでは大丈夫だったのに?」

「ああ。いきなり異常値が出たんで驚いたよ」

 藤崎はすっと目を細める。

「セイ、家族は?」

「父親と二人暮らしだったけど、親父は夏の終わりに死んじゃったんだ。だから、もういない」

 藤崎は何かを納得したように小さく頷く。

「そう、そうなんだ……」

 そうして一端視線を外し、髪を撫でつけた彼女は真っ直ぐに僕の目を見つめて。

「やっぱり、あんたは餌でいるべきよ」

 はっきりと言い切った。


 冷たく突き放した言い方なのに、その灰色の瞳はとても優しく、悲しげで。

 彼女の言うことが正しい事だと思いながらも、何も言えずに僕は俯く。

 僕だって特隊生なんだという訳のわからないプライドが胸の内に湧いて来ていた。

 

 君と同じに。

 あの藤崎マドカと同じに。

 今は、まだ。できなくても。

 いつか、僕も彼女の様に。

 この手で。

 あの蟲共を。

 

 いつの間にか自分の中にそう言う気持ちが生まれていたことに少し驚き、口元が歪んだ。

「ちょっと、何してんの? 飛べないんだったらせめてちゃっちゃと歩きなさいよね」

 低い声で我に返ると、顔だけこっちを向いた藤崎が肩越しに僕を睨んでいる。

「えっと……バスは?」

「あ、そっか。……そうね。市街地まで歩いて、バスしかないか」

 あれ、さっきの通学バスは? と言いかけて口を閉じる。さすがにこの時間は通学バスは走ってないのだろう。

 朝よりも膨れ上がった雲を気にしつつ校舎を出ると、僕の高校とは違うクリーム色の制服を着た女生徒が校門に寄りかかっていた。ひょいと手を挙げる短い髪の彼女は確か、有沢カナだ。


「遅かったですね。降ってきてたら置いてくとこでしたよぉ」

 優しく微笑んで彼女は笑った。


 思わず手を振り返してしまいそうになるような、そういう微笑み。


「あ、いいとこにいたわね。カナ、あんたこいつをバス停まで連れてってあげて」

 ぐいっと背中を押されて、僕は有沢の前に突き出された。

「えっ? バス停ですか? ……あ、そうかぁ。小田島さん、飛べないんですもんねぇ」

 長い睫毛を瞬かせながら覗き込んでくる切れ長の目に、心臓が大きく飛び跳ねる。更に一歩顔を近づけてきた彼女の左の目尻に小さなホクロを見つけると、唾を飲み込む音が耳の奥に響いた。


 すると有沢カナはちょっと眉をしかめて、すぅっと身を引きながら。


「うぅん? なぁんか期待されてるって話なんですけどねぇ?」


 一瞬とは言え、自己ベストを大幅に更新する女子との接近距離を叩き出された僕は、何かを言おうとして初めて呼吸が止まっていたことに気づく。


「あれぇ、赤くなってますよぉ。どうしたんですか、小田島セ・ン・パ・イ?」

 くすくすっと笑う有沢の清純そうな顔を見つめて僕は思う。この子は怖い、と。何を考えているか分からない子だと。

「……ったく、じゃあ頼んだわよ。あ、それとそいつ朝ごはん食べて無いらしいから、食堂も案内してあげて」

「あいあいさぁー」

 銀髪に手櫛を入れながらふわりと浮かびあがった藤崎に向けて、有沢カナはにっこり笑って敬礼した。


 

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