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蜘蛛の巣

 やがて、ごく普通のお店が当たり前の様に立ち並ぶ都市部を抜けて工業地帯の先の短い森を出ると、目的地が見えた――というよりは、『それ』が僕の視界を八割以上埋め尽くしていた。


 灰色の建物がいくつも連なり、それらを結ぶ通路が地表や空中に何本も伸びている。教科書の空撮写真でしか見たことのなかったそれは、今、圧倒的な迫力で僕の目の前に広がっていた。

 それは、人類が「捕食者(ファージ)」に対抗するために必要な設備を次から次へと増設に増設を重ねた結果に誕生した、巨大な要塞。その姿形から「蜘蛛の巣」と呼ばれる人類最後の砦。


「……本物だ――」

「ちょっと、何してんのよ? こっちはあんたのせいで足が棒なんだから、さっさと来る!」

 かなり不機嫌な空飛ぶ銀髪様は、感想を漏らす間すら与えてくれなかった。

 その隣では、僕がディズニーランドに行ったことが無いと知ってすっかり優しくなくなった有沢カナさんも、ジトリとこちらを睨んでいる。


 軍や要塞などという言葉の響とは裏腹の洗練されたエントランスを抜け、駅の改札みたいな装置に手をかざして二人の少女は進んでいく。僕も真似して改札に手をかざしてみたけれど、目の前で進路を塞ぐ棒が動いてくれる気配は無かった。

「……ええっと」

「「………」」

 黙って顎でしゃくる藤崎に従ってカウンターにいる受付らしき女性に事情を説明し、無言で歩く魔法使い二人の後ろに続く。

 そうして、左右に伸びる通路を全て無視して巣の中を真っ直ぐに突き進んでいくと、いつの間にか窓から見える外の様子が一変していた。それまで見えていた中庭や他の建物群が消え、太陽に美しく照らされた真っ白い大地と青い海だけが広がるようになっていたのだ。

 綺麗だな、と僕が思った、その時。

「おう、来たか。随分遅かったな」

 低い声と共に白く伸びる煙を吐き出して、大きな身体をした白衣のおっさんがガラスの檻の中から現れた。


 熊。


 本物の熊に遭遇したことはないけれど、それが彼に対する僕の第一印象だった。

「ご苦労さん、今宮にも宜しく言っといてくれ」

 煙草の匂いに顔をしかめる二人の背中に手を振って見送ると、ひげ面の熊おじさんは柔らかい笑顔を僕に向け、右手をのばして握手を求めてきた。

「宜しく、俺が研究局局長のロビ霧島だ。はは、小田島……セイだっけ? どうだい? この島は? 初めてかな?」

 巨大な獣の様な威圧感とは違って、浅黒い肌と黄ばんだ歯が良く似合うとても友好的な笑顔だった。ちょっとだけ安心した僕は、彼の柔らかい手を握り返して笑顔を見せる。


「勿論、初めてです。見学とかやってるんですか?」


「ははっ! 見学か、どっかの国のお偉いさんになら見せるかもな! まあ、こんなとこに来たがるお偉いさんなんていやしねえけどな、はははっ!」

 笑いながら、霧島さんは僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でまわす。生憎ごっついおっさんに頭を触られて喜ぶような趣味は持ち合わせていない僕は、身をよじって距離を取った。


「ええと……いろいろお世話になりました。霧島さん」


 島に来る前に彼とは何度かメールを交わしていた。どこまでも追いかけて来てどこにでも押しかけてくる野次馬から逃げる手立てを図ってくれただけでなく、引っ越しを含めたこの島(フロンティア)での新生活についてもいろいろと調えてくれたのだ。


「ん? いいんだいいんだ。十代も半ばの青春真っ盛りにもなって魔力に目覚めるような奴はめったにいないからな。俺みたいなイカれた科学者にとっちゃあ貴重なサンプルってわけさ。まあ、いろいろと付き合ってもらうから、覚悟しておけよ?」

 ああ、そういうことですか。納得して、僕は苦笑。

「やっぱり、珍しいんですか。僕みたいなタイプは?」

「ああ、勿論。なんだ? そういう情報はネットにも載っちゃいないのか? ははっ、こっちの島じゃ、常識なんだけどな」

 皮肉っぽい笑みを浮かべつつも、霧島局長は説明をしてくれた。


「まあ、なんというか……今んところ魔法ってのは血縁関係が大事だとされてるんだな。要するに、魔法使いの子供しか魔力を持たないってわけさ。だから最初にテレビの前にいた良い子ちゃん達さえ特定できちまえば、わざわざ検査なんかする必要はない……はずなんだよな。まあ、そもそも何十年も前に誰がテレビを見てたかなんて、神様でもない限りわかりゃあしないんだがな」


 そういって彼は万歳をして見せた。きっとお手上げ、という意味なのだろう。


「つまりよ、魔法を使える奴ってのは最初っから決まってるんだ。んで、その中でもお前さん程の力量なら……まあ、遅くても十歳くらいまでには他人にもバレちまう様になるはずなんだがな。……というわけで、どうだ? お前さんは最近輸血やら臓器移植やらを受けた記憶はあるかい? 覚えはなくても、小さい頃に何か大きな事故に巻き込まれたとか」

 局長は興味津々という顔で僕の目を覗き込んできた。

 何を考えているのかわからないその目に若干の戸惑いを感じながら。

「輸血でしたらあるんじゃないかと思います。小さい頃ではないですが、半年前の、あの事故の時に」

 霧島局長は小さくうなずく。

「ああ、そうか。こりゃ失礼。そうかそうか、お前さんはあれの生き残りだもんな。まったく、不幸な事故だあな。亡くなった方には毎度お悔やみ申し上げますだ」

「いえ、いいですよ。それより、魔法って輸血でも使えるようになるんですか?」

「いんや、今のとこそういうデータは出ていない」

 局長は僕の質問をあっさりと否定した。

「つうか、そもそも魔法使いの血を輸血しようなんて馬鹿は本土(むこう)にはいねえだろうしな。……んじゃまあ、立ち話もあれだな。部屋に案内するわ、ついてこい」

 一つ伸びをした局長の大きな背中に付いて病院みたいな廊下を歩き、幾度か左折を繰り返した後、エレベーターへと乗り込む。

「ここの三階、三○八だ。男の独身寮だから気兼ねすることもないだろ」


 チンという音と共に開いた扉の向こうには青味がかった通路が円を描くように伸びていて、壁側のほうには等間隔で扉が見えている。ガラス張りの外周から逃げる様に壁際に寄った僕は、片手でひさしを作りながら白衣の背中に声をかける。

「霧島さんも、ここに?」

「ん? いいや、俺は別の棟だが?」

 僕は思わず聞いていた。

「え? じゃあ、結婚してるんですか?」

「なんだ、その言い方は? 俺が結婚してたら意外だってのか?」

 目をぐりっと動かしながら、しわくちゃの白衣の男が冗談っぽく口元を緩ませる。

「あ、いえ。そんなことは……すいません……」

「だはっ、謝るこたぁねえよ、正解だ。俺の嫁さんはメスシリンダーだけだぜ、セイ」

 試験管をつまんで振る様な仕草をする局長に僕は苦笑。

 この世にメスシリンダーを愛せる人間がいるとは思わなかった。

「じゃあ、独身はみんなここってわけじゃないんですね」

「ああ、隊員はこっち、局員は俺んとこだ」

 あ、そうなんですか、とうなずきかけて視線を上げる。

「隊員? それって…」

 要するに戦闘要員のことですよね?

「ああ、言ってなかったっけ? お前さんは特殊部隊に所属する。悪いな、上の判断なんだ」

 僕は一瞬パニックになる。

「ちょっ、ちょっと! な? え? 餌じゃないんですか?」

 その言葉に局長はピクリと眉の形を変えた。

「『餌』か……嫌な言い方を知ってるもんだな? 本土にも伝わってんのか?」

「あ、ええ、まあ……」

 局長の思わぬ反応に、僕はあいまいな返事をした。

 ……確かに当の本人たちからしたら、いい気分のするものじゃないだろうと思ったから。


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