8月6日 「蝉」
バンッ!!
と毎度の如く壊しそうな勢いで中学の時に買った目覚まし時計を叩く。
いい歳の気怠そうな犬のように動きながら起き、時計を見た。
しかしまあ、こいつもよく壊れないな。と
物の頑丈さに感心したいところなのだが……それよりも時刻の方に
目がいく。
「AM 9 : 36 」
よし。
11時くらいに家を出ればいい。
そう思い、いっきに意識を覚醒させる。
彼女に会ってからというものの
色々と勝手に想像し今の自分の状態
を再認識して勝手に落ち込む、など
情緒不安定になっている。
そして、会いたい為からか
トレーニングと称し彼女に会うため俺は毎日家を出ている。
まあ、親も喜ぶからいいんじゃないかな。
と言いつつもここ3日会えてない。
俺はその現状に落ち込むが、だが
俺もどこまで執着してるのか
小さな可能性に賭けて、今日も
諦めずに家を出る。
それにしても今日も太陽はクラスに1人はいるだろう、しつこく絡んでくる暑苦しい奴。そんな明るさと暑さで俺を見下ろしている。さぞや俺の哀れな姿でも見て笑ってんだろ?と
また勝手な想像をし手で影をつくり太陽を見上げる。
動きだしたばかりだからかあっという間に公園に着いた。
不審者と思われないようにそれとなく来て通りすぎるふりをして公園をひと通り見歩き、グラウンドの方も覗いてみる。
親子が楽しそうにいた。遠くの方だが、砂団子でも作っているのだろう。
しかし彼女の姿は見当たらない。
まだ始まったばかりだ。また後でくるし、とりあえず次へ進もう。
そう、俺は彼女に会えるかもしれない所をコース化していた。
公園や河原、橋に商店街、広場と
歩きで往復すると3時間以上もかかるコースだ。
でも全部想定なんだけどね。
夏休みなだけあって商店街や広場には
俺と同じくらいの若い人たちが
多かった。
この夏休みを謳歌してるんだろう。
だが案の定、行きに彼女の姿は見えなかった。
彼女も忙しいのだろう。とか、もともとはここの人ではなかったのか。と
自分の落ち込んだ気持ちを
無理に納得させようとしながら
帰り道を歩いてた。
その途中、広場から商店街へと
向かう途中にふと人の流れを
見たら商店街へと向かわずに左の方へと流れていく人がいることに
気付き、分岐点のところで
俺はその方角を見て、俺はなにを
感じたのか歩み進めた。
すると並木道が見えてきた。
そういえば……。
広場と商店街を繋ぐ道とは別に
遠回りだが河原への別ルートとして
並木道があることを思い出した。
まぁたまには
こっちから帰るか…。
もしかしたら居るかもしれないしな。
と商店街には戻らず、進んだ。
この並木道は主にはランニングや散歩のコースとして使われてる。
だがそれとは別に
並木道ならではの四季折々の姿が
観れるとそれを楽しんで歩く人もいるスポット的な場所でもある。
この時期は木々が青々と元気な姿を見せていて
運動をしてる人が多い。
よくやるよなぁとランニングをしてる人を見ながら
自分もその名目で外に出てきてるんですけどね
と苦笑いする。
歩み進めていると…………居た。
あの出会いが俺の中で強かったのか
服装を変えても彼女だと確信してしまってる俺だった。
しかし、もしかしたらと思ってきたが
本当に居るとは思っておらず。
嬉しさよりも驚きの方が強かった。
今日の彼女の姿は
膝丈くらいのスカートがよく似合っている半袖の白いシャツに
麦わら帽子に虫捕り網、虫篭と
さながらハンターだった。
彼女はベンチに座り仕事終わりの後みたいだった。
俺が近づくと彼女も俺のことを
覚えてくれていたみたいだ。
彼女が右隣を空けてくれた。
彼女も暑さと疲れからかそこから動く気配はなさそうだったので
俺は隣に座り彼女との時間を過ごすことにした。
やっぱり3日前に初めて会ったばっかだったからまるで乗り物酔いして
出したい気持ちがなにをやっても出なくて余計に気持ち悪くなるのと
同じ気持ちになりかけるくらい
言葉が出なかった。
沈黙が続きどんどん話せなくなってく。
俺は暑さのせいかイライラが増してしまい、ついに我慢できなくった。
俺は意を決し彼女の方を振り返ったそれと同時に彼女が
「暑いですね〜。」
ふぅ、と彼女が息を漏らしながら
話かけてきた。
驚いて俺は彼女から顔を逸らしてしまった。
「そ、そうですね。」
やばい口が震えてる。
「そういえば…。」
と、視界の端で彼女を見ると
うつ向いている。
彼女がそのまま話を続けた。
「聞いてないです…。」
「えっ?」
「名前…。」
…………。
俺はまた固まってしまった。
そうだ、名前言ってなかった。
彼女からしたら今まで知らない名前の人がまるで知ってる奴かの如く。
近ずいて居てしまっていたのだ。
なんてことをしてしまったんだ
俺は……!!!
と心の中の俺はベンチから勢いよく立ち上がりその勢いでそのまま
目の前の道に転がり回っていた。
と思い続けるわけにもいかず、すぐに我に返り俺は話を繋げた。
「幸人…沢渡幸人です。」
俺の名前を聞くと彼女は顔をあげた。
その顔は気のせいか安心した顔をしている様に見えた。
「幸人さん…、私は白崎 名雪です。」
「よろしくですっ。」
その後
歳や趣味、血液型などプロフィール的なことなどしか聞けなかったが
俺のことや彼女のことをお互い共有できた。
会ったのが遅かったのか
話をして少し経ったらもう、夕日が今日の役目を終える動きを始めていた。
彼女がベンチから立ち上がって
荷物を手に取り始めた。
俺は物足りなさを感じながらも
それに合わせて動いた。
帰り道彼女がふと俺に虫篭を
見せてきた。
その中には1匹ある虫が入っていた。
「……蝉?」
「はいっ!」
と、彼女は満面の笑みを見せてくれてた。
「苦労したんですよぉ〜。」
と彼女はえへへと麦わら帽子を欠いていた。
「知ってましたか?」
ふと、彼女はあの落ち着いた声で
話かけてきた。
「蝉は成虫になってから1週間の命しかないんですよ。この子たちはその
限られている中でやるべきことを
するんです。」
そういう話は俺も習ったことは
あると彼女の話を歩きながら黙って聞いていた。
「私もちゃんと限られてる時間の中でこの子たちみたいにやるべきことをしていかないとって思いました。」
え……?
彼女の言葉の意味を整理しようと
したその瞬間。
飛んでいく蝉の羽音が聞こえた。
彼女が虫篭から放してあげていた。
彼女と俺はそれぞれ複雑な気持ちのまま蝉の行方を見守っていた。
その時間だけ
やけに蝉の鳴き声だけがよく聞こえていた。