変人兼天才チートが手に負えそうもないので助け求む。
「付き合ってほしいんだけど」
彼のその一言で、私は持っていたメロンパンを落として泣いた。
そして周りの色々な悲鳴に耳をやられた。
まあ、耳などここではどうでもいい。
「ちょ、中村 有馬ぁぁ!! 責任を! メロンパンの責任を取りなさい!」
「…うるさい、」
うるさいっていうか!うるさいっていうか、さぁ!!
大体何を言い出すんだこの変人は!!
メロンパンの恨みだ! と言わんばかりにガシリと強く腕を掴んで、一緒に購買まで向かう。
余談だけども、いや重大なことだけども。
私の大好物はメロンパンである、愛している。
チョコチップメロンパンも好きである。
今ここでメロンパンのことをつらつら語ってもいいところだが、それどころじゃないので私と付き合ってほしいだのトチ狂ったことを今日も今日とて感情のこもってない表情で告げやがった彼のことを紹介しておこうと思う。
私、秋津 栞と、
彼、中村 有馬は。
ついさっきが全くのド初対面である、ほんとに。
それなのに私がこいつの名前を何故知っているのかと言えば、単純にこいつが有名人だからである。
中村 有馬。
すれ違った人の全員が振り向くほどの美貌、美貌。
ショートケーキに蜂蜜と砂糖をぶっかけたような甘い顔、友人曰く王子様フェイスと言うらしい。
そんな彼は生徒会にも属しており、二年に上がると生徒会長を任されるらしい。
ついでにバスケ部のエースときた、チートっぷりに殺気が沸きそう。
ここまででも十分キャラが濃い。
私と比べれば水とハイボールである、よくわからない例えを申し訳ない。
話を戻そう、こいつはここまでで十分キャラが濃いのだが、とにかく変な人だった。
要は変人である。
入学式。
入試トップで新入生代表の挨拶をすることになった彼は、さっそうと壇上に上がり、その長身と顔面兵器で女子の視線をこれでもかというほど集めいてた。
中には男子の視線も混じっていたような気がする、主に妬みだったが、うん、世の中には色々な人がいるのだ。
そして、ついに口を開いたかと思えば、宇宙なんとか理論について無表情で淡々とつらつらつらつら語りだしたのだ。
不覚にも私は少し興味が湧いてしまったのだが、周りのやつらはぽかーんと口を開けていた。
それはそうだ、彼の言っていることはかなり難易度が高かった。
そのことがあって、入学早々変人レッテルを貼られた彼であったが、それを入れたとしてもハイスペック。
あっという間に人気者。
入学式の他にも色々あるのだが語り尽くすのはかなりの時間がいる。
もう一例上げておくと、何故か授業中に彼が授業をしたという奇行が見られる。
詳しく説明をすると、授業中ひたすら雲の動きを眺めていた彼に教科担任が注意をしたという。
それに彼が「お前の授業はつまんねーんだよ」という類いの反抗をし、教師が授業を放棄したという。
一つ言わせていただくと、この学校は一応かなりの進学校であり、そんな教師のボイコットは認められないのだが、まあ彼の態度も悪い。
しかしながら、雲の動きというものは実は面白いのだ。
自然は偉大である。
ということで、彼とその教師はどっちもどっちということだ、話に戻ろう。
そこでため息をつきながら、例に漏れず無表情で颯爽と立ち上がり、(教科担任よりもわかりやすく)さらさらと授業を開始したらしい。
その場の空気に呑まれて、内心“有馬様、素敵すぎる…!!”とか思いながら、彼の授業を受けた彼のクラスメートの楽観さと言ったら。
しかしながら、私もその授業は受けてみたかったりする、興味がある。
そんなこんなで彼にはかなりの注目が集まっているのだが、彼は私にそんな奇行よりも重大なショックを与えた。
自慢ではないが、私は結構優れていた方だと思う。
勉学運動において常に優等生だったし、まあ普段の行動は別として。
中学では何事においても一位から没落することなどなかった。
のに、だ。
中村 有馬は入試でも私から一位をかっさらい、それからのテストでは全て満点を叩き出しては私を二位にする。
それはテストだけではなく、運動面においてもだ。
この際、優秀だの優秀でないだのに男女の差など関係ない。
そんな私に友人の間についたあだ名が“万年二位(笑)”である。
決していじめられている訳ではない、が。
気分は悪かったのでとりあえず法に触れない程度の制裁は加えた。
友人であろうがなかろうが、私を怒らすと怖いということである。
もちろん物理的暴力だの、いじめに発展するようなことはしていない。
あー、つまり、だ。
私は彼に個人的な恨みがあり、私の大好物のメロンパンの恨みも加わり、彼の好感度は地に落ちた。
「何を見てるの、中村 有馬」
「…俺のお金で大量に買ったメロンパンを一つ残らず食い尽くしている秋津 栞を見てる」
こいつ無表情なくせに案外喋るのなー。と中村の言葉を右から左へと聞き流し、私はメロンパンちゃんを食べることに専念する。
まじうま。
現在地は屋上。
普通は鍵が閉まっているものだが、実は合鍵を私は入手していたりする。
いきなり他のクラスに乱入して、無表情で私に愛の告白らしきもの(そういえば好きとは言われていないが)をしやがった中村をとりあえず購買へ連行して、かなりの量のメロンパンを奢らせた後、腕を引いて屋上まで来た。
五時間目に間に合いそうもないが、今教室に戻ったとしてもあの有名人の中村 有馬に告白された者として晒し者になるのだから、わざわざ戻ってやる必要はない。
五時間めはサボることにしよう。
「中村 有馬、君は私を知ってるの」
メロンパンを頬張りながら、ひたすら座って私の食べる姿を眺め続けている中村に話しかけると、蔑んだめを向けられた。
だって無表情がデフォの中村のことだ、知らなくてもおかしくはないでしょう。
実は私も生徒会の役員だったりするのだけど、話したことはもちろんないから、初対面のようなものだし。
「…当たり前。俺、あんたに告白したよね?」
「ほう、あれを告白と見なせと言うわけ? 学年一位さんは色々別のことを学んだ方がいいかと思われる」
「…何か、何。俺に恨みでもあるわけ」
「大いにあるけど」
しかしまぁ、人のことを言える立場ではないが、友人曰く王子様顔にその口調は似合わないではなかろうか。
「付き合う気はない、ってことでいいの?」
「むしろ君が嫌いだよってこと」
「…それは予想外」
「まじで」
予想以上にしょぼんと落胆した顔をしている中村をハッと鼻で笑ってやると、少しだけ無表情な美貌が歪んだ。
ほう。
「じゃあ、秋津 栞」
彼が、私の名前を熱情を孕んだ声で呼ぶ。
…強ち、あの付き合ってくれ宣言は罰ゲームというわけではなさそうである。
「俺はあんたが好きだから、だからあんたも俺を好きになって」
中村 有馬は、私よりも大いに優れているはずなのに。
どうしてそんな支離滅裂なこじつけのような理屈を申してくるのだろうか。
「遠慮」
「は、無理」
「無理が無理。変人の君らしい変な理論を私に押し付けるのはやめなさい」
「でも、好き」
変人チート野郎が、駄々をこねる子供のようにしか見えない。
とりあえずこの状況から目を逸らして、メロンパンを食べることに集中した。
学園きっての天才児兼変人の中村 有馬の思うことは、きっとこのさきも理解できる気がしない。
…つーか、手に負えないだろ、こんなやつ。