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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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価値あるもの



「フィル・ファプシス!お前はこのフィライトの国民を正直者だけの国にするつもりか!」


 突然ドアを蹴破って入って来た赤い髪の女が部屋中に響き渡る声で怒鳴りつける。途端に空気がぴりっと引き締まった。

 紅蓮は左腕の中にラッシュを、右腕でノアールを支えている状態で現れた女を笑顔で迎えた。


「学長がお出ましとは、大事件ってことか?」

「リッシャ・ラウル・紅蓮。お前にはほとほと手を焼かされる。失踪記憶喪失事件だけで飽き足らず、国を巻き込んだ大事件まで起こすとは」


 細き眉をきりりと跳ね上げて女――コーネリア=グラウィンドが紅蓮を睨む。エメラルドグリーンの瞳は困った奴だといいながら、それでも物事を面白がっているようにキラキラと輝いている。

 黒いローブを着るのではなく肩にかけて、白い絹のシャツの上に濃紺のベストを着ている。そして細身の白いズボンに、きゅっと締まった足首を覆う濃茶のブーツ。

 美しく堂々とした佇まいは他者をかしずかせるに十分だ。


「薄幸の才覚者だと評されるだけあるな……。不憫だ」


 コーネリアは肉体と精神の枠組みを超えてしまったフィルを振り返り、可哀相にと呟いた。学長が尊大だが冷淡でないということを紅蓮は知っている。

 なにもかも失った紅蓮にコーネリアは再び以前と変わらない環境を与え、不都合の無いように取り計らってくれた。

 時折便利屋に現れては紅蓮に「不都合はないか?」と声をかけてくれた事も忘れてはいない。


「しかしこのままではフィライト国は滅びてしまう。真実のみでは政治も外交も上手くいかないのでな」

「面倒臭いんだな」

「そうだ。だからこそお前の故郷も争いが絶えんのだ。人間とは愚かで、何度でも過ちを犯す生き物なんだよ」


 さてと、とコーネリアが左薬指の緑の石がついた指輪を一撫でする。それが魔法道具であることは紅蓮にでも解る。ただそれが齎す効果などは想像もできないが。


 ここからは学長に任せるしかない。

 フィルを元の身体に戻れるようにできるのはコーネリアにしかできないだろう。


「……長年お前の中で消化されずに燻っていた魔力の暴走だ。どうだ?そこは居心地がいいだろう?」


 呼びかけてもフィルの灰紫色の瞳は遥か彼方を眺めている。

 コーネリアは更に言葉を重ねた。


「だがな。いつまでもそこに居続けることはできん。それは許されないことだ。もしお前がそれを望むなら私はコーネリア=グラウィンド公爵として対処せねばならない。解るか?学長としてではなく、公爵としてお前を排除しなくてはならないんだ」


 苦渋の滲む声にフィルの顔がコーネリアの方へ向けられた。聞こえているのだと紅蓮はほっとしたが、その面には恭順の意思を感じられずに学長が舌打ちをする。「愚か者め!」と吐き出してコーネリアが左腕を掲げた。


「学長!まさか、フィルを処分するんじゃないだろうな!?」

「私とて本意ではないわ!だが仕方あるまい」

「今回のことはオレが無理に頼んだんだ。フィルに罪は無いだろ!」

「大いにある。己の魔力に酔い、制御できぬなど魔法を扱う者にあるまじき行いだ!魔法を使うならば自制せねばならん。できぬならば資格は無い!」

「やめろ!」


 紅蓮はラッシュとノアールを放り出しフィルとコーネリアの間に割って入った。学長ほどの使い手ならば障害にはならないだろう。紅蓮を躱してフィルに直接打撃を与えることができる。だがそれでも両手を広げてコーネリアを睨む。


「お前のいう面倒臭い物で世界はできている。国は沢山の思惑と、計算と謀略で動き、なにが有益かで図られる。害をなす物か、いずれは害をもたらす元となるかもしれない。そう判断されれば、その芽は速い内に摘まねばならんのだ。それが上に立つ者の務め」

「フィルが害になるとでもいうのか!一度だってオレはこいつを危険だと思ったことは無い。いつだって笑って、人のために行動できる奴だ」


 そんなフィルが国に仇なす者と判断されるなど信じたくもないし、そう判断するような国ならば紅蓮は断固として戦う。


 例え恩のある学長に牙を剥くことになったしても。


「フィル・ファプシスが危険人物ではないと本気でいっているのか?よもやリディア=テミラーナの事件を忘れたとはいうまい」

「あんたがさっきいったんだろ!人間は過ちを犯す生き物だって。たった一度の過ちでフィルの人格を否定されるのは我慢できない!」

「一度犯した罪は一生ついて回る。彼の本質を知らぬ者は犯罪者として扱うだろう」

「あんたもか?」


 低く問うとコーネリアは喉の奥で楽しげに笑う。だがその質問に答えることは無かった。


「犯罪者なんかじゃ……無いよ。フィルは」


 軽い酩酊状態のように放心していたノアールがゆっくりと覚醒して会話へと参加してきた。少し呂律は回っていなかったが、その瞳には強い非難が溢れ学長の背中をじっと見つめている。


「リディアは、フィルのこと、とっくの昔に赦してる。エディルさんだってそうだ。フォルビア侯爵も、誰も訴え出ていない罪で人を裁くことができる法律は今の所無いから無罪であるっておっしゃられたそうだし。つまり」

「フィルは過ちを犯したけど、犯罪者じゃないってことだとな?」

「そう。だからフィル」


 ノアールが手を伸べる。


「帰ってきて。ここで君が死んだら紅蓮が責任を感じちゃうよ。それに学園長も辛いし、僕だって寂しいよ。リディアだって悲しむ」

「そうだよ。フィル帰ってこいって」


 紅蓮も手を伸ばした。

 フィルの顔に困惑が浮かぶ。


「オレたち友達だろ!こんな別れ方したくないんだ。頼む。戻ってこい!」

『価値が』


 空気が震えて部屋にフィルの声が弱々しく木霊する。肉体が無いからかその声は部屋を反響して物悲しく響く。


『ぼくには価値が無いから』

「価値?そんなもんは自分で見つけろ!他人にから評価されるだけが自分の価値だと思い込んでる奴らが多すぎる。他人につけられた値にどんな価値があるんだ?そんなもんクソっ喰らえだ。他の奴らに踊らされてなにが楽しい?そんな息苦しい人生なんて御免だ。お前はお前らしく足掻いて生きればいいんだよ!」


 頭の良い奴は色々難しく考えすぎて勝手に自滅していく。悪どく生きられる者ならば自滅する前に対処するのにノアールやフィルは優しすぎて、現実と理想の狭間にはまり込んで出られなくなるのだ。

 紅蓮が尊敬するだけの物を持っていながら、自分に価値がないなんて悩むだけ時間の無駄だと気づかない。


 謙遜か遠慮か。


 どちらにしても理解できない。


「オレの友達じゃ不満か?」

『違う』

「じゃあ、戻ってこい。生憎オレは友達見殺しにできるほど冷めたいやつじゃないんでね!」

「おとなしく戻ってきた方がいいよ。フィル。きっと僕らが想像できないような強引な方法で引きずり戻されるから」


 ノアールが苦笑いしながら諭す。

 空気が笑うように軽やかな音を鳴らした。


「最期の警告だ。フィル・ファプシス。戻ってきなさい」


 コーネリアの促しに『はい』と確かにフィルが応えた。

 紫金の輝きが急速に弱まって行き、一か所に集まって行く。そしてその光が人間の形を形成し、そこに見慣れた顔が戻ってくる。


 質量を持って。

「お帰り。フィル」


 その言葉をいえることがこんなに嬉しいことなのだと噛みしめながら紅蓮は反省した。

 魔法を知らない自分がフィルに危険を強いた事を。そしてそれを知っていながら応えてくれたフィルへの感謝を伝えたくて、その身体をぎゅっと左腕で抱き締めた。


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