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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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発動


 ノアールは魔力と源が奏でる音楽に目と耳を奪われた。

 初めて聞くその音色は心が浮き立つようでいて、和むような両極端な物だった。それでも心地よく思わず「ああ……」と嘆息するような美しい音をしていた。


 フィルの人柄を表しているかのようにどこまでも優しい魔法は部屋全体を包み、その柔らかさとは裏腹に支配していく。


 逆らうことは許されない。

 そう思っている自分に気づいて“真偽の魔法”が確実にかかっていることを知る。


「双清!」


 紅蓮が弟の名を呼んで前のめりになりながら立ち上がると、床に座っている少年に駆け寄った。ぐらりと傾いだ身体を受け止める。紅蓮の腕に抱き止められた双清に意識は無く、ぐったりと四肢を投げ出していた。


「大丈夫かな?」


 ノアールも近寄り床に膝を着く。顔を覗き込むと冷や汗をかき、赤い髪が額と頬に張り付いている。呼吸は落ち着いているのできっと大丈夫なのだろう。


 もし双清がフィルの魔法を返そうとした結果がこれだとしたら?

 大丈夫だといえるのかどうか。


「どうなってんだ?」


 魔法のことはからっきしの紅蓮が戸惑いながらノアールに答えを求める。

 だがこればかりはノアールにも解らない。

 軽々しく大丈夫だといえなかった。


「真偽の魔法は確か……嘘をついた者には黒い印が腕に現れるはず」

「腕だな?」


 紅蓮が双清を床に横たえてもどかしそうに袖を捲る。右腕には無いのを確認して、左腕の袖を上げるがどこにも黒い印はなった。


「双清は……嘘ついてないってことだな?」

「みたいだね」

「じゃあ。ラッシュは――おいっ!」


 左手を伸ばして紅蓮はラッシュがいた方へ呼びかける。振り返ろうと身を捩るその視線の端に映ったフィルの姿に気を取られた。


 まるで大気に滲むように消え失せようとしている――。


「フィル!どうして?なにが起こって」


 床に膝を着いたまま上半身だけ必死で伸ばして掴もうとするが、やはり希薄な気配だけが指の隙間から擦り抜けていく。フィルの魔法が発動しているということは、魔法返しの効果でそうなっているわけでは無いのだと思う。


 それでも今のフィルの状態を説明できる知識はノアールにはない。


「どうしたら、どうしたらいい?」


 落ち着けと心に言い聞かせ頬を叩く。

 よく見るとフィルの顔は穏やかで幸せそうな表情をしていて苦しんでいるわけでは無いことを確認して動揺する自分を落ち着かせようと息を吐いた。


「……行かないで」


 良かったと安堵すると同時に不意に声が零れ落ちて首をかしげる。

 耳に届いたその声を自分の物と認識するのは酷く難しい。今ノアールはフィルを心配していたはずなのに、口から出た言葉は彼に向けた物では無いことを誰よりも知っている。


 一体なにが。


「行かないで、ずっとディアモンドに」


 居て欲しい――。


 続く言葉を押え込むのは難しかった。

 口を手で覆いノアールは出てしまった言葉を無かったことにすることはできないことを酷く後悔する。

 口にするつもりない言葉が胸の奥から勝手に溢れて出ようとしていることに恐怖し、そしてこれがフィルのかけた真実の魔法の影響であると理解した。


 だが解った所でどうすることも出来ない。


 せめて紅蓮が聞いていないことを願いながら振り返ると、その青い瞳はじっとノアールを見つめていて目が合うと苦笑いをされた。


「その話は後でしよう。今はこっちが優先だ」

「……そうだ、ラッシュくん。大丈夫?」


 気を抜くとまたいらぬことを口走ってしまうので、ノアールは腹に力を入れて集中する。


「どうも必要以上に魔法がかかってるみたいだな」


 必要以上という箇所に力を入れて、紅蓮が真剣な顔でラッシュの様子を見守っていた。

 ラッシュはギリギリと奥歯を噛み締めている。その視線は曖昧に揺れるフィルの方を見据え、汗が額から顎にかけて行く筋も流れていた。今にも襲いかかろうと隙を窺っているように見えるが、よく見ると片膝を立てている足首が小刻みに震えている。


「必要以上なのかどうかは解らないな……」


 ノアールも真偽の魔法は初めてで、本で見たことがあるというぐらいの知識だ。

 今は魔法をかけたフィルだけが正否を明らかにできる。だが今にも倒れそうなほど苦しそうなラッシュと、すでに気を失っている双清。

 確かに異常だと判断するには十分な条件な気がする。


 どうする。


 また迷っている自分がいて、不甲斐無さにため息が出る。迷う前にできることがあるはずなのに、解っていてもやはり動けない。


「抵抗するな」


 紅蓮がラッシュの肩を掴んで発した言葉に、ノアールははっとする。


 そうだ。

 紅蓮の言う通りだ。


「ラッシュくん!フィルの魔法に抵抗しちゃダメだ」


 魔法をかける前にフィルに「抵抗するかもしれないって思わないの?」と尋ねたのはラッシュだ。つまり魔法を返される危険性があると仄めかしていた。ラッシュは完全に抵抗できると踏み、フィルの魔法を全力で拒絶したのだろう。


 そして。


「相殺することはきっと難しいと思う。だから抵抗を少しずつ緩めて、ゆっくりフィルの魔法を受け入れるんだ」


 ラッシュはフィルの魔法を跳ね返そうとして失敗したのだ。最初は拮抗していたのがじわじわと押され、フィルの魔力がラッシュを侵食し始めている。気を抜けばあっという間に侵食され、少年はこの世から消えてしまう。


「どうなってんだ?」


 二度目の戸惑いの質問にノアールは手短に説明する。


 魔法は返されれば命が危ないこと、今はラッシュとフィルの魔力がぶつかり合っていてラッシュの方が押されていること。


「これから僕の魔力をぶつけてみる。弾き返されるかもしれないけど、もしかしたら外からの刺激で均衡が崩れるかもしれないから」

「そんなことして、大丈夫なのか?」

「解らない。でもなにもしないで見ていたら、きっとラッシュくんは死んでしまう。少しでも結果が変わるのならやってみる価値はあると思う」


 熱を帯びた瞳がノアールを数秒見つめ、そしてゆっくりと細められた。眩しそうに目を眇めて紅蓮が微笑むと「任せた」と簡潔に同意する。


 早鐘を打つ鼓動を抑えるのではなく呼吸を整えて宥めた。


「ラッシュくん。多分機会は一度きりだ。だから僕が魔力をぶつけたら少しずつ抵抗を緩めて。受け入れて。いいね?」


 返事はない。

 だが聞こえていると信じてノアールは目を閉じた。


 集中しろ。

 心を無にするんだ――。


 紫と金の魔力がどこまでも広がって行っているのを感じる。宿場街だけでなくその先の時計塔より向こうにある港や倉庫街を抜けて市場まで。その先の広場へ。そして北東にある歓楽街、住宅街を経て開発区へと進んで行く。


 このままいくとディアモンドの街を包み込んでしまいそうな勢いに正直驚いた。

 控えめなフィルからは想像もできない、豊かで強力な魔力に。


 だがその力も城壁を超えて旧市街や王城まで辿り着くことはできない。他国に追従を許さない魔法使いたちが張った結界が侵入を拒む。


 そしてもう一か所。

 入ることが出来ない場所があった。


「知識の通り……」


 魔法使いギルドや魔法学園への入り口がある地区だけに守りが硬いのだろう。


「瑠璃色の光」


 自分達がいる場所でもうひとつ輝く瑠璃色の光はきっとラッシュの魔力だろう。はっきりとした球形の輪郭に紫と金の魔力が集まっている。瑠璃色の魔力はフィルの魔力を嫌がるように収縮を繰り返し、抵抗を続けていた。


 自信と誇りに満ち溢れた瑠璃色の光。

 そして思いやりと遠慮の紫と金の光。

 頑なな者と控えめな者。

 真逆の力が鬩ぎあっている。


 ノアールの魔力は彼らに受け入れられるだろうか。


 迷っている場合ではない。


「行くよ」


 どうなるのか解らないけど。

 きっと上手くいくと信じて。


 心の中で手を伸ばして瑠璃と紫金の光が重なるその場所へ触れた。

 冷たくて、熱い。

 感覚すら真逆で思わず笑ってしまう。


「大丈夫」


 きっとラッシュに声は届いていた。

 そしてフィルはラッシュを傷つけたいと思ってはいない。

 だからきっと。


 ふわりと青い羽根の小さな鳥が羽ばたく。一羽だけでなく数十、数百の小さな青い鳥。羽を一打ちすると瑠璃色の光が。もう一打ちすると紫と金の光が舞う。


 ああ、綺麗だ。


 無数の青い鳥が天へと昇って行く。

 それが自分の魔力の形なのだと、それを見上げて初めて知り不思議と涙が溢れた。


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