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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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魔法と魔術


 弟が揃いそうだから来て欲しいと紅蓮が下宿へ呼びに来た。


 狭く古い部屋には余計な物はなにひとつない。寝台と箪笥しかない殺風景な部屋を訪れる者は皆無で、来客をもてなすことはできないので外で待ってもらう。

 因みに隣室のヘレーネはいつも留守でなんのために借りているのかと首を傾げたくなるが、今は関係ない。


 一階にある食堂で夕食を食べたついでに共同風呂で汗を流し部屋に戻ってすぐに紅蓮はやって来たので後は寝るだけの格好である。

 急いで着替えて一緒に下宿を後にする。


「……長いと大変だな」


 歩きながら髪をいつものように三つ編みにしていると、紅蓮がオレなら耐えられないと身震いした。

 しかしフィルはそれが普通に思えるほど髪を伸ばしていたので、苦痛も大変さも感じたことは無い。


「紅蓮は楽そうだね」


 きっと髪を洗ってもすぐに乾くのだろう。

 だが短い方が寝癖はつきやすいので、それはそれで面倒そうだが。


「楽だな。フィルもノアールも切ったらいいんだ。そしたらもう伸ばせなくなるぞ」

「……考えとくよ」


 苦笑して結び終えた髪を背中へと放る。

 紅蓮はフィルを先導するように歩きながら知識の通りを抜けて広場へと出るとそのまま城壁をぐるりと回り込んで宿場街へと進んだ。オレンジ色の灯りが宿の軒先に下がっていて温かな雰囲気に包まれている。


 一階が食堂で夜は酒も出しているから、歓楽街と同様に揉め事も多い場所でもある。

 賑やかで楽しそうな笑い声や喋り声が通りにまで響き、サルビア騎士団の制服を着た今夜の巡視隊が目を光らせて歩いていた。


「それで?どこの宿屋なの」

「今捜索中だ。待たせたな。ノアール、双清」

「捜索中って……」


 これから捜すのかと呆れていると、ノアールと初めて見る丸顔の可愛らしい少年に手を挙げて紅蓮が近づく。

 少年の赤い髪は長く、青い瞳がキラキラと輝いてこちらを見ている。紅蓮の弟というがちっとも似ていない。髪の色と目の色は紅蓮と同じだが、色の質が全く違う。


 明るく透明感のある紅蓮の赤い髪に比べ、少年の髪の色は暗く重い。

 瞳の色もやはり若干違う。


 なにより造形が違うのだ。


「初めまして。ラッシュ・ニコル・双清です」

「……フィル・ファプシスです」


 差し出された手をじっと見つめて、肌を刺す強烈な違和感の正体を探ろうとする。


 空気が、流れが滞っているような――。

 くすりと笑って双清が手を引っ込めた。


「解りますか?」

「……なにが、とはいえないけど。正常じゃないのは感じる」

「さすがトラカンの魔法学校で学んでいただけある。すごいや」


 ノアールが何故か尊敬の眼差しを向けてくるのでフィルは怪訝な顔をする。

 魔法に関するなにかが違和感の原因なのか。


「口寄せの術で喋ってますから。本当のおれはベングルにいます」

「魔術。これが」

「すごいよね?」


 すごいというか。


 明らかに魔法とは違う発現の仕方で、これではいくら紅蓮が学園で魔法を学んでも身につかないのがよく解る。

 魔法は基礎を学び、構造を理解すれば魔法の源と自分の魔力を融合させて簡単に扱うことができる。だが魔術は魔法の源を使用せず、己の力だけで術を発動させるのだろう。


 ベングルとディアモンドの距離を考えると不可能に近い。

 魔法ならきっとできないだろう。


「触媒か媒介を使ってるの?」

「方術となる方陣を額に」


 前髪を上げたそこには目を表す記号と狐の模様が描かれている。魔法の魔法陣とはやはり違う方陣というものにフィルは背中が震えるのを感じた。


 方陣を施された人物を乗っ取りまるで己のように操り、喋ることができるとは。

 個人の力が顕著に表れる魔術は、能力が高ければ高いほど無尽蔵に力を揮えるのだろう。


 恐ろしい。


「……戦争が無くならない訳だ」


 庶民に生まれた者でも能力が高ければ王を倒して自分が王座につくことも可能なのだから。

 ただでさえ戦闘能力は他国の者より抜きんでているのだから尚更だろう。


「ベングルがフィライト国の隣国じゃなくて良かったよ」


 心底そう思っているとふと新たな疑問が浮かび上がる。


「君が操っている人物は意識があるの?」

「勿論眠ってもらってるけど、ずっとというわけにはいかないから」


 時折眠りから覚め双清の意識が弾き出されることもあるという。

 さすがにそこまで完全無欠とはいかないらしい。


 それでも脅威的な力は恐ろしく、魅惑的だ。

 ノアールの心も魔術の魅力に引き寄せられているように見えた。


「悪いけど、そろそろ捜索開始してくれないか?」

「あ、ごめん。兄さん、直ぐに始めるから」


 笑窪を刻んで微笑むと双清は地面に手をついて目を閉じる。

 独特な呼吸法を繰り返しながら、漣のような力が双清の腕を伝って地面に流れ込んで行く。青い光が幾筋も地表を走り先が別れ、更に別れた先が別れと無尽に広がる。

 その範囲はどんどん拡大し、宿場街全部を取り囲んだ。


「…………いた」


 唇を舐めて双清が頬を緩める。

 その声は幼いのに、容赦のない強さに満ちていた。

 術を解き立ち上がった少年は迷いの無い足運びで歩き出す。


 紅蓮が続き、ノアール、フィルが後を追う。


 きっと相当な鍛錬を積んだに違いない。そうしなければ幾ら能力重視とはいえ、力を使うことは難しいだろう。

 強すぎる力は扱い方を間違えばとんでもないことを招くものだ。

 周りも自分も巻き込んで怪我ならまだいい方で、命を落とすこともあるのだから。


 それは魔法も同じこと。


「ここか?」

「間違いないよ」


 時計塔の近くの宿屋の前で双清が止まった。

 宿の名前は“龍の髭亭”。賑やかさより落ち着いた店で、一階の食堂で飲んでいる客も静かに杯を傾けている。

 紅蓮が先に入りカウンターの主人へ歩み寄り、宿泊客にラッシュ・ニコル・双清という少年がいるかと問うが、男は首を捻ってそんな名の客はいないと告げた。


「いない?」

「ああ。いないな」

「二階の左奥の部屋に泊まっているはずだけど」

「左奥?それなら確か浅緋あさひって名乗ったはずだが」

「浅緋!?まさか!宰相殿の」


 双清が青くなり一歩下がる。信じられないと首を振りながら「でも、水の属性でベングル1の能力の高さを誇る方だから」と逆に納得もしていた。


「双清くんより強いの?」


 ノアールが怯える双清に驚いて尋ねる。

 比べ物にならないと項垂れる少年の肩を力強く叩いたのは紅蓮だ。


「大丈夫だ。手合せしたが、戦えない相手じゃない。それに、戦うのが目的じゃないからな。まずは話し合いだ」

「ベングル1の使い手を送り込んで紅蓮を取り込もうとする理由が知りたいね」

「結果はどうでもオレが全員連れてベングルに帰れば問題はないだろ」

「……問題はあるよ。沢山」


 楽観的な紅蓮をノアールがため息で嫌味をいうが効果は無い。フィルは苦笑して故郷に帰るという発言を真摯に受け止めた。


 やはり紅蓮は黙って静観する事は出来なかったのだ。

 それならばフィルができることはなんでもしよう。


「まだ真偽の魔法をかける必要はある?」

「あるある。まだ双清が偽者だっていう疑いは晴れてないし、ラッシュもそうだ」

「それなら協力するよ」


 階段へと移動しながら紅蓮は「頼むな」と笑った。

 狭い階段を登って、双清が言う通り左奥の部屋の前に立つ。

 ベングル1の使い手ならば双清が魔術を使って居場所を探り出したのは解っているだろう。もう逃げた後かもしれないが。

 紅蓮が気負わない仕草でドアをノックする。

 直ぐに応えがあったのでやはり無造作にドアを開けた紅蓮に優しげな容姿の少年がにこりと笑いかけた。


「いらっしゃい」

「悪いな。大勢で押しかけて」

「いいよ。中に入って」


 双清が緊張した顔で少年ラッシュを見つめ肩を震えさせた。

 こうなってしまってはもう進むことしかできない。そっと背を押して一緒に中に入るとラッシュがどうぞと部屋の中央にあるテーブルへ誘う。


 少年が一人で泊まるには贅沢な部屋だった。

 手前に四人座れるテーブルと肘かけの付いた椅子、そして部屋を照らす灯りは硝子の覆いに包まれた物が天井にとりつけられている。重厚な作りの箪笥。部屋の奥に寝台があるのか、衝立によって遮られていた。


「下で聞いたらラッシュ・ニコル・双清って名前の奴は泊まってないっていわれた」


 椅子に座って紅蓮は真っ直ぐにラッシュを見ると少年は動じずにそれはそうだろうねと微笑んだ。


「おれは浅緋様の命を受けてここまで来ているから。旅の資金は全て浅緋様が手配して下さっているんだ。だからこの宿も浅緋様の名前で取ってる。そうした方が支払いの時に手続きが面倒じゃないからそうして欲しいって頼まれてるんだ」

「その浅緋様ってのは誰なんだ?」

「宰相殿のご子息様だよ。南方の将軍をされている方。鬼のように強いんだ。君は知ってるよね?」


 ラッシュがフィルの横に立っている双清に視線を動かして唇だけで笑う。そうすると酷薄そうな顔に見える。弱々しい雰囲気が払拭されて、計算高そうな瞳がきらりと光った。


「父さんと……懇意にされている方だから」


 知っていると頷く。


「いっておくけど、こいつはラッシュ・ニコル・双清じゃないよ」

「知ってる。口寄せで喋ってるって聞いたからな。勿論、術を使っている奴が弟だって決まったわけじゃない」


 双清に指を突き付けてラッシュが紅蓮を振り返る。それに紅蓮が苦笑いで応え、次にフィルを見た。


 どうやら出番らしい。


「初めまして。ぼくはフィル・ファプシス。魔法学園の生徒で紅蓮の友達だよ」

「よろしく」


 微笑みながら手を差し出され、フィルはその手に自分の掌を重ねた。少年のしっとりと冷たい手が吸い付くようで気持ちが悪い。下から覗きこむような青の瞳には探るような気配があって魔法をかける前から心がくじけそうになる。


「君達みたいなすごい魔術を扱う人たちを相手に失礼なことだとは思うけど、紅蓮から頼まれたからね。君達に魔法をかけさせてもらいたいんだ」

「魔法を?どんな?」


 首を傾げラッシュが殊更に楽しそうな声で尋ねた。

 だが目が笑っていない。


「真偽の魔法だよ。これをかければ嘘か真実か解る」

「すごいね。魔術には口を割らせる術はあるけど真実を測る術は存在しないよ」

「きっと、国民性と価値観の違いだろうね」

「かもね。ベングル人は気が短くて野蛮だから」


 全ての国民がそうではないだろう。

 実際紅蓮は短気とも野蛮とも無縁な、のんびりとした性格だ。本気の格闘戦にとなれば嬉々として戦うが、人を傷つけて喜ぶような本性でないのはフィルにも解る。


「魔法をかけるのに異論はない?」

「そうだなー……。じゃあかけてもらう前に、もう解ってると思うけどおれはラッシュじゃない。でもそれ以外は嘘をいってないって自信持っていえる。信じてはもらえないだろうけど」


 両手を上げて全員の顔を見渡し屈託なく笑う。

 双清は俯き、紅蓮は腕を組んで背もたれに体重をかけた。

 その横でノアールは硬い表情で成り行きを見守っている。


「つまり祖父ちゃんと父さんが喧嘩して、父さんが反乱軍につきトーキの街を攻め落とそうとしてるってのか」

「そういうこと」

「父さんが、トーキの街を攻めてる?」


 狼狽えた双清を少年が冷めた目で見つめた。その視線だけで相手を殺せるだけの力がある。「いつまで弟のふりをしてるんだよ」と呆れが怒りへと変わっていくのが解り、フィルは二人の間に立つ。


「どっちみち、魔法をかければ解るよ。嘘か本当か」

「ねえ?抵抗するかもしれないって思わないの?」

「その可能性が否定できないのは承知の上だよ。さあ。床に座って」


 少年二人はひとり分の距離を置いて並んで床に座る。落ち着きなく膝の上で指を組んだり解いたりしている双清と、不敵なまでの笑顔でおとなしく座っているラッシュ。


 抵抗されればまず間違いなくフィルの力では弾き返され、倍以上の威力で魂を攻撃するだろう。才能があるなどと褒められ驕っていた自分が哀れで、とても小さい人間に思えた。


「じゃあ、かけるよ」


 人より少し上手く魔力を扱えるだけの凡人。そして今は学び訓練する事を怠っているフィルに、実戦で力を使っている少年達に敵うはずが無いのだ。

 ラッシュの自信に満ちた笑顔は修練に裏打ちされた確かな物。

 そして双清が使って見せた魔術の鮮やかさも、努力と才能の賜物だ。


 もっと真剣に学べばよかった。

 素直な気持ちでそう思う。


 目を反らし、逃げていればその瞬間は楽になれる。

 でも一瞬が過ぎ去った後の虚しさと、愚かな自分に対する嫌悪感とで深い闇に落ち込むのだ。逃げている限り永遠に続く。

 嫌うのでなく受け止め、吸収して次へと繋げばもっと新しい道ができるのかもしれない。


 そして嫉妬している自分に気付く。


「命の力と心の力を繋ぎ合わせて――」


 生き生きと力を使う少年達に、才能あふれる彼らに。

負けたくない。


「全てに命を吹き込む」


 紫と金の光がそれぞれ螺旋を描きながら天井へ向かって伸びていく。

 そして二つの渦がひとつになり、絡み合って弾けた。キラキラと小さな星が少年達の上に舞いながら降り注ぐ。


 魔法に対する渇望が更なる輝きを生み出す。


 外側から引き出そうとする力と、内側から押し出そうとする力にフィルを形作っている輪郭を曖昧にする。身体が溶けていくような不思議な感覚に驚きよりも歓喜した。


 心が、魂が喜んでいる。


 全てがひとつになったのだと。


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