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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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下々のもの


 騎士団の詰所は裏門から入って北上した川の傍にあった。

 高い壁に囲まれた広大な土地を持ち、西を川で阻まれ東は城壁が聳えている。

 背後には森林、手前は頑丈な門と壁。


 近衛騎士団とサルビア騎士団がこの詰所を使用しており両団員合わせて4040名。


 これは正式な騎士としての人数なので、見習いやそれ以外で働いている者も合わせれば5000人を超える人数がこの詰所で生活をしているということになる。


 石造りの立派な壁を見上げて紅蓮はぽかんと口を開けた。

 首が痛くなるほどの高さだが、その上を見回りの騎士がゆっくりとした歩調で警戒しながら歩いている。


「すげえ……」

「ちょっと、紅蓮。笑われてるよ」


 ノアールが焦った声で引っ張るので顔を戻すと門番の騎士が口元をピクピクと引くつかせながら視線を反らした。

 門番は通常二人だが、紅蓮とノアールが訪れた理由とレットソムの名前を出すと左側に立っていた騎士が中へ人を呼びに行ったのだ。


「すんません。貴方は近衛騎士団?それともサルビア騎士団?」

「失礼だよ!紅蓮っ」

「オレにはどっちか聞かなきゃ解らない」

「マントの色と鎧の紋章で解るから!この方は赤いマントにカワセミの紋章だから近衛騎士団の騎士さまだよ」


 半泣きになりながらノアールは必死で紅蓮の無礼を止めさせようとするが、当の騎士は肩を揺らして笑いを堪えるのが精一杯だ。


「じゃあサルビア騎士団は――」

「青いマントにサルビアの花の紋章だよ」


 門番が連れてきた青い髪を後ろに流した若い男がくすりと笑いながら教えてくれる。

 茶色の瞳は穏やかで優しく、物腰も優雅で柔らかい。

 上品そうな顔立ちは女性にモテそうな優男だった。


「ちなみに僕はサルビア騎士団第二大隊所属のリステル・レナード。よろしく」

「オレは“便利屋レットソム”のリッシャ・ラウル・紅蓮」

「同じくノアール=セレスティアです」


 差し出された手を握ると力強く握り返された。

 硬い掌は剣を揮うために鍛錬を重ねていることを教えてくれる。


 外見に似合わずその実力はかなりの物に見えた。


「鈴蘭亭で暴れていたベングルの男を取り押さえたのも君かな?」

「そう。おとなしくしてる?」

「おとなしすぎて困ってるよ。なにを聞いてもだんまりで。異国の言葉で悪態を吐くか食べるか位しか口を使ってないね」


 ついて来て、と合図してリステルが門を潜る。

 馬に騎乗し隊列を組みながら入退場できる門は高さも幅も驚くほど大きい。

 紅蓮はやはり口を開けて見上げながら進んだ。

 諦めたのかノアールはがっくりと肩を落としたまま黙々と歩いている。


「異国の言葉なのに悪態吐いてるのは解るんだな」

「悪口の内容は解らなくても、雰囲気でなんとなく解るんだよ」


 苦笑しリステルは門を出て左へと曲がる。

 高い隔壁の向こう側には倉庫と厩舎、そして馬場が広がり、訓練中の騎士たちの姿があった。

 振り返ると右手の方には受付兼事務所のような建物と雑貨屋が併設されていて、そのずっと奥の方に大きな訓練場が見えた。


「意味無く広いな」

「意味はあるよ。絶対」


 素直な感想にノアールはまたも涙目で否定し、ちらりとリステルを窺う。

 だが怒りもせずに騎士は笑顔で「僕も最初はよく迷ってたからその気持ちは解るな」と同意してくれた。


「ほら。あそこが咎人を捕えておく塔だ」


 馬場の向こう側にある細長い塔を指差して教えてくれる。

 石を積み上げて作られているはずなのに表面を削って滑らかな外壁をしていた。

 外壁の僅かな窪みや取っ掛かりを使って塔を登ることは不可能だ。

 しかも明かり取りや空気の入れ替えの為の窓や穴も無く、のっぺりとした塔はあまりにも異様で、できれば近づきたくないと思わせる。


「本来は街で乱闘騒ぎを起こしたぐらいではここまで拘留はしないんだけど。戦乱中のベングルからわざわざフィライト国までやって来た理由を教えてもらえないうちは、解き放つのは危険すぎるからね」


 酔っぱらって暴れ、便利屋の手に余る時はサルビア騎士団へ引き渡す。

 大体酔いが醒めると反省しておとなしくなるので、リステルが言う通り軽い説教の後でその日に釈放される。


 だが今回はただの乱闘騒ぎとして騎士団は見ていない。だからこそ黒服の男は五日経っても牢の中にいるのだ。


「手を煩わせてすんません」


 紅蓮がぺこりと頭を下げると人の良さそうな顔を崩してリステルは微笑み「気にしないで。これも仕事だから」と応えた。


「それに便利屋の所長さんにはいつもお世話になってるから。君たち便利屋さんたちが歓楽街の揉め事を処理してくれるから騎士団は大助かりだし」

「歓楽街はオレ達のシマだから」

「お陰で宿場街の方に集中できるし。まあ、これからもよろしく頼むよ」

「……騎士ってもっと御高く留まったやな奴かと思ってたけど、あんたいい人だな!」


 余計な事をするなと思っている騎士も多いと聞いていたので、リステルのように受け入れてくれている人もいるのだと解り嬉しくなった。


「紅蓮!ほんとに失礼だからっ!!」


 代わりに頭を深く下げて「すみませんすみません」と謝るノアールを眺めて紅蓮は笑う。

 自分のために必死で謝罪する友人は人が良すぎる。


「笑いごとじゃないからね!」

「ごめん。悪かった」


 勢いよく指を突き付けて念押しするノアールに素直に謝る。

 ちゃんと両手を合わせて神妙な顔を作って。

 絶対に解ってないとぶつぶつ呟きながら眼鏡を押し上げてため息をひとつ。


「ほら。着いたみたいだぞ」


 適当に宥めて目の前に現れた異様な塔を再び見上げる。

 やはり首が痛くなるほどの高さで、これほど高い塔に一体どれぐらいの咎人が入れられているのかと思うとディアモンドの治安を疑問視してしまいそうだ。


「御苦労さま。連絡は入ってると思うけど、例のベングル人に面会を申し入れていた便利屋さんを案内してきたよ」


 リステルが先に立って入口の傍にある管理事務所の窓口へ用件を伝える。

 顔を上げた窓口の青年が驚いたような顔で「副官みずからですか!?」と叫んで鍵を手に慌てて外へと出てきた。


「副官って……そんな偉い人に紅蓮なんて失礼なことを!しかも何度も何度も!牢に入れられてもおかしくないよ!?」


 手を伸ばして胸倉を掴むとぐいぐいと何度も押してくる。

 ノアールぐらいの力で押されてもびくともしないので、こめかみを人差し指で掻きながらこんな塔に閉じ込められるなど冗談じゃないなとぼんやり思う。


「副官っていっても、うちの副隊長が面倒臭がって書類後回しにするから溜まった書類の山を処理するのに便利だからって無理矢理押し付けられた役職だから。正直迷惑してるんだよなー……」

「あんたも大変だな」

「でしょ?ただの雑用係だからね」


 眉を下げてため息を吐く姿に苦労が滲んでいて同情してしまう。

 若いのに仕事ができるせいで余計な苦労を背負いこんでいるらしい。


「さて。礼の咎人は地下牢だ」


 鍵を開けてくれた青年に笑顔で礼を返しリステルは暗い塔の中へと進む。

 三人が中に入ったのを確認して重い扉は閉められ、鍵をかける音が響く。


 魔法の灯りが灯されている広間から下へと下りる階段をゆっくりと行く。

 階段にも灯りは灯されていて歩くのに支障は全く無い。

 そして長い階段を下りきるとまた分厚い鉄の扉が現れ、その前に立っている二人の騎士が胸に手を当てて挨拶をする。


「サルビア騎士団第二大隊所属リステル・レナードだ。異国の咎人へ面会を要請する」

「はっ!伺っております。どうぞ中へ」


 左側の騎士が鍵を開け、右の騎士と共に扉を押し開けた。

 重い鉄の扉の開く音に幾つも並んだ粗末な牢から奇声が上がる。


「ここにいるのは素性の解らない者や気の触れた者、殺人や強盗を犯した者が入れられてる。前を通るたびに嫌な気分を味わうと思うけど我慢して欲しい。それからお世辞にも清潔とは言えない場所だから」

「これも人生勉強だと思うさ」

「そうイってもらえると助かる」


 リステルは足早に通路を進んだ。

 その後ろをついて歩きながら口汚い言葉や、時折干乾びて硬くなったパンを投げられたり、唾を吐きかけようとする者もいた。

 なによりも風呂に入らない人間の体臭と、陽のあたらない場所は黴臭く、それだけではない排泄物の臭いも充満していて胸が悪くなる。


「……魔法で空気の循環を促してるみたいだけど、それも追い付かないんだね」


 敏感に魔法の気配を感じ取りノアールが口を押えながら呟く。


「二週に一度は掃除をして、月三回は風呂にも入れてるんだけどね」


 それ以上は手が回らないのだとリステルは首を振る。

 掃除も風呂に入れるのも本来騎士の仕事ではない。

 それでも相手は凶悪な犯罪者で、非戦闘員の者が世話はできない。


 二週に一度の掃除と月三回の入浴が限度なのだろう。


「ここだな。おい。面会だ」


 鉄格子を軽く叩いて中に声をかけると、狭い牢の中で毛布の上に座っていた男がぎらついた眼を上げる。

 男は着ていた黒の上着を脱がされ浅黒い肌を晒していた。

 細く切れ上がった目尻には隈がくっきりと浮かび、少し疲れたように見える。

 鍛え抜かれた上半身には幾つもの傷痕があり、紅蓮が折った肋骨には白い布が貼られ治療がしてあった。


「ちょっと聞きたいことがあって来た。答えたくないならそれでもいい」


 格子を掴んで紅蓮は中を覗き込む。

 本当に狭い牢の中にはベッドなど無く、石床に毛布が一枚あるのみで、奥の方に排泄用の壺が置かれてあるだけだ。


 男は中程に座っているが、格子越しに紅蓮が手を伸ばせばギリギリ届く位の距離しかない。


「オレを訪ねて弟がベングルから来た。それも二人」


 じっと睨んでいる男の顔に変化は無い。

 唇は真っ直ぐに結ばれて話す気など更々ない様子だ。

 紅蓮も答えを期待しているわけでは無い。


 フィルに二人の弟の真偽を確かめる魔法をかけてもらう約束は取りつけたが、肝心の双清とラッシュの居所は解らない。


 あの夜駆け去ったままの双清。

 そしてどこに泊まっているのかと所長とノアールが尋ねたが「また、事務所に来ますから」と宿屋を教えず帰ったラッシュ。


 ただじっと待つより動いた方が、気が紛れるし性に合っている。

 だから今できることとしてこの男に会いに来たのだ。


「どっちも違うような気がするし、もしかしたらどっちかが弟なのかもしれない」


 目の前の男は双清を追って来たと弟はいったが、男の激しい憎しみは紅蓮へ向いていた。

 紅蓮を利用するためではなく殺しに来たといわれた方がしっくりくるほどだ。


「あんたなにしに来たんだ?双清を追ってきたのか、それともオレを殺しに来たのか」


 反乱軍は紅蓮に恨みを持った男をなぜ送り込んできた?


 利用するためではない気がする。

 殺すつもりだったのか。


「オレは記憶も無いし、能力も低い。わざわざフィライト国まで殺しに来るほどの価値があるとも思えない。しかも初対面の男にこんなに恨まれるようなことをしたとは、ちょっと考えたくないというか」


 初対面だと判断したのはこんなに印象の強い男を見てなにも感じなかったからだ。

 記憶は無くてもラッシュの着ていた服の刺繍には反応したのだから、なにも感じなかったということは初対面の可能性が強い。


 つまり双清も、ラッシュも。

 それでも切り捨てられなくて。


「あんたが恨んでるのはオレじゃなくて祖父ちゃんの方だろ?」


 紅蓮という名に強く感情を燃やしたのは同じ名を持つ祖父に対する強い憎しみだろう。

 二人の間になにがあったのかなど紅蓮には解らない。

 知る必要も無いと思っている。


「だからこそ解んないんだ。あんたほんとに何しに来たんだ?」


 反乱軍なのか、それともまた別の意図を持った組織の人間か。

 もしくは個人で動いているのか。


「すみません。この男の人がフィライト国にどうやって入って来たのか解りますか?」


 背後でノアールが騎士に問う声が聞こえた。そ

 れに簡潔に二カ月前の船で入国したと答えるリステル。


「二カ月前?」


 そんなに前から入国していたのか。


 驚いて男を見下ろすがその顔には強い反発しか見出せない。

 だがノアールが鉄格子に近づいて「貴方が紅蓮の弟の手紙を運んだんじゃないんですか?」と神妙な顔で尋ねると男の瞳孔が収縮した。


「こいつがオレに手紙を届けた?」

「紅蓮の故郷から最後の手紙が届いたのも二カ月前だから計算は合うよ。ベングルから直通の船は出てなかっただろうから乗り継ぎながら来たんだと思う。しかも二カ月前に来ていたんだとしたら双清くんを追って来たっていうのは嘘になるね」

「でもこんなに紅蓮を憎んでるこいつがどうして手紙を届けてくれたんだよ」


 理解できない。


 もしノアールの仮説が当たっていたとして、行動と表に出す感情の差が激し過ぎる。

 手紙を届けたのがこの男だったとしたら、親切心からとは思えない。

 なにか裏があるのか。


「手紙を見れば紅蓮が故郷に帰ると思ったのか、誰かに頼まれたのか」


 内容はいたって普通の日常の報告で、それを読んだとしても帰りたいと思わない。

 半年前の手紙が届いた事で動揺はしたが、自分にはどうにもできない事なのだと諦めていた。

 フィルに故郷の姿を魔法で見せてもらった時も苛立ちと焦りはあったが、自分が帰った所でなにもできないのは解っていたからだ。


 帰ることは選択肢の中に入っていなかった。


「……こんな解らないことばっかりだと頭ん中ぐじゃぐじゃになって苛々する!」

「紅蓮、落ち着いて」


 頭を掻きむしっても混乱した頭の中を整理することはできない。

 それでも外部からの刺激でなにか妙案でも浮かべばいいのにと悪あがきする。


「外側から見てるだけじゃなんにも見えてこない。いっそ渦中に入ってしまえば――」

「紅蓮!」


 青くなったノアールが腕を引っ張る。

 暴走しそうな紅蓮を必死で引き止めようとしているその姿に苦笑して口を閉じた。


 言葉には力がある。


 口にしたことが現実になることもあるから慎重に言葉を選ばなければならないとされている。

 でもそんなこと関係ない。


 選ぶのは紅蓮だ。


「ノアール。ここまで来たら、もう関係ないとはいえないだろ?」

「だめだ。戦争だよ?喧嘩とは違う。無事に帰ってこられる保証なんてどこにもないのに」

「戦争に参加するつもりはないって。喧嘩も戦いもしない。約束する」

「目の前で戦闘があってるのに黙って見てられないだろ!?紅蓮は」

「それでも」


 紅蓮の身を案じる友人の頭にぽんと手を乗せてぐいぐいと撫でまわす。

 細い首は折れてしまいそうな程ぐらぐら揺れる。

 眼鏡もずれて落ちそうになっているのでほどほどの所で手を止めた。


「オレは行く」

「……わざわざ利用されに行くの?」


 非難に満ちた瞳が紅蓮を見るがそれに笑顔で頷く。


「利用されたとしても。故郷が、ベングルがどうなってるのか見てくる」


 ノアールは眉を寄せて泣きそうな顔をすると面を伏せた。

 申し訳ないが決めた以上どんなに止められても紅蓮はベングルへと戻るつもりだ。


 牢の中の男が立ち上がり視線を向け、そして暗く淀んだ声で『蟻の炎が大地を焼かん』と告げた。

 それはフィライト国の言葉ではない。

 紅蓮の耳に懐かしく響いたその言葉はきっとベングルの言葉だ。


「……なんていったのかな」

「ベングルの言葉で蟻の炎が大地を焼くって。蟻は小さいとか、下々の者って意味だ。小さな火がやがて炎となり全てを焼き尽くすことがあるって言葉で、小さな火を見落とせば大変なことになるぞって教え」

「警告……かな?」

「かもな」


 記憶を失っても故郷の言葉を忘れたわけでは無かったことにほっとする。

 弟からの手紙も記憶を失った後は文字が読めないかもしれないと考慮してフィライト国の文字を使って書いてくれていたが、これならベングルの文字も問題なく読めるかもしれない。


「よし。帰るか」


 方向性が決まったので紅蓮の気持ちは楽になった。

 その代わりノアールは暗く沈んだ顔をしているが。


「リステルさん。ありがとうございました」

「いいよ。でも……ベングルに行くのは想像以上に危険だと思うよ」

「多分なんとかなるんで。今までもなんとかなってきてるし」


 能天気に笑うとリステルも微笑んで「きっと止めても無駄だろうし。気を付けて」と激励してくれた。

 そしてまた来た道を戻りながら逸る心を鎮めようと深呼吸を繰り返した。


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