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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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未熟な自分


 思わず見せた醜態と本心を零してしまった己の未熟さを痛感しながらセシルは準備室の棚の整理に精を出していた。

 大量に並ぶ小瓶は置き場所が決まっており、勝手に違う所へとしまおうものならねちねちと口撃される。


 それは勘弁してもらいたい。

 特に今日は。


 まさかリディアが哀れで可哀相な獲物を目の前に連れてくるとは思わなかったのだ。


「…………油断した」


 熱に浮かされたような顔でうっとりと見つめてくるコバルトブルーの瞳には隠しようも無い恋の炎が燃えていた。

 レインの血は同性異性を問わずに人を惹きつける。

 それは未熟であるセシルにも備わっている物。

 だからこそ穢れているのだ。


「どうした?レイン」

「んー……。可愛い一年生があたしに夢中みたいで」

「それは可哀相に」

「それ、どっちが可哀相なのさ?」

「もちろん一年生だ」


 断言してドライノスが喉の奥でクッと笑う。

 当然と言えば当然の言葉だ。

 だからセシルは笑って「しかも女の子だったよ」と追加情報を与えた。

 ほおっと感心して冷たい相貌でセシルを流し見る。


「成程。更に不憫だ。レインなどに入れあげれば全財産毟り取られ不幸になるのが目に見えているというのに」

「ひどい言い方するね」

「間違ってはいまい」

「確かに」


 同意してセシルは作業机に乗っていた小瓶三つも掴んで棚へと戻す。

 そのどれもが精力増強剤の原料であることを知っているので、また怪しげな薬を調合していたのだと知り呆れた。


「だから、ここは純粋な少年少女が通う学校だって何度いえばいいのさ」

「金持ち連中に頼まれたんだ。これも仕事でね」

「ちっ!これだから金持ってる奴は」


 腹立ちまぎれに乱暴に棚に並べると掌を叩いて吐き捨てる。

 ドライノスがおやと眉を片方あげてにやりと笑う。

「奉仕して金をもぎ取るのも得意なはずだろう?」

「これでも相手は選ぶよ。誰でもいいなんてそんな安い女じゃないさ」

「そうだ。レインは気高くあってもらわねば。安売りされてはこの国の人間はみな骨抜きにされてしまうからな」


 ドライノスはセシルをどんな人間だと思っているのかと首を傾げたくなる。

 レインという名に纏わる逸話を全て信じているのか。


「眉唾もんばっかりなのに」

「私が見る限りその素質の片鱗は確かに感じられるがね」

「あたしは……できそこないの未熟者なんだってさ」


 困ったように笑いながら「セシルは器用なのに肝心な所で手を抜くね」と諭す声がひどく懐かしい。

 拙さを愛しそうに見つめ、成長を促すその指と唇に触れたくて、触れられたくて。


 寂しい。


 寒くも無いのに肩を震わせて。


「こんな時どうしたらいいのか正直解らない」


 首を擦って痺れるような感覚を身体の外へと押し出そうとするが、強く力を加えれば加えるほど寂しさは募る。


「慰めてくれる者ならいくらでもいるだろうに」

「だから……誰でもいいわけじゃないってば」

「セレスティアなら拒まないと思うが」

「あのね……。どうして先生が生徒をけしかけるのさ」

「どうしたらいいのか解らないというから、解決策を提示しただけだ」

「じゃあさ。ドライノスは寂しい時にアイスバーグに慰めてもらう訳?」

「…………いや。それはないな」

「でしょ?そういうことだよ」

 

 長いこと沈思黙考してからドライノスは無表情で否定した。

 今までの関係を壊したくないなら無闇に言い寄ったりしない方がいいのは誰でも解ることだ。


 それをしろと促す先生がいるとは思わなかったが。


「私は人に物を教えられるような人間ではない。レインに倫理観を問題視されているぐらいだしな」

「あたしに問題視されるんじゃよっぽどだよ」


 楽しげに声をあげて笑いドライノスは「本当だな」と出来上がった精力増強剤を革袋にぞんざいに突っ込むと扉へと進む。

 ノブを掴んで開け出ていくのかと思ったら途中で顔だけをこちらへと向けた。


「リディアを避けているようだが、いいのか?」

「なにが?」


 聞き返すと視線を落としてため息を吐く。

 ドライノスらしくない態度に眉を寄せて「なに?」と更に問う。


「兎の皮を被った狼が狙っているぞ」

「それはフィリエスがあたしを警戒してたからで」


 ラティリスでの出来事は全てドライノスに報告してあった。

 なんのためか解らないが旅行費用を出す代わりに“ラティリスの毒”を持ち帰る事と、旅行中の会話や行動など些細なことまで根掘り葉掘り聞かれたのだ。

 フィリエスがリディアに注意するようにと言った兎のフリした狼についても知っている。


「そうかな?彼は複数いるといったのではなかったかな?」


 だがドライノスはセシルに思い出すようにと喚起する。

 確かにフィリエスがリディアに警告したのはひとりではなく複数だった。


 ドライノスがいっている兎に皮を被った狼はラティリスへ同行した中にいるということ。


「ヘレーネかライカ?」


 あの時点では妙に親しく優しかったルーサラもリディアを狙っているように見えたので、フィリエスの警告が誰を指しているのか解らなかった。

 ラティリスを離れてからは深く考えようとも思わなかったのもある。


 そしてリディアと距離を取ろうとしていたから、意識的に彼女に関することから目を反らしていた。


「どうなってもいいというのならそれでも構わないが」

「そうだね……。リディアは子供じゃない。自分で選ぶよ。最適な道を」

「最適かどうかは解らないが、選ぶだろうな。……選ばされる可能性もある」


 忘れるなと残してドライノスは扉の向こうに消えた。


「なにを期待してるのさ」


 買い被りなのか、過剰な期待をされて。

 虚しさと寂しさに身を引き裂かれそうになっているのに。


「お願いだから!」


 速く。


「迎えに来てよ……」


 根なし草が根付いてしまう前に。


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