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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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本心


「リディア!ちょっとセシル、あれは言い過ぎだよ」


 呼び止めるがその声は届いておらず、鈴の音と共に去って行く後ろ姿を追うべきかセシルを責めるべきか悩んでノアールは苛立ちつい叱責する。


「……解ってる」


 膝を抱えてセシルはぼんやりと芝を眺めている。

 言い過ぎたことを後悔しているようなので、座り直して同じように膝を引き寄せてため息を吐いた。

 琥珀色の瞳が力無く視線を上げて「追いかけないの?」と問う。


 人の感情を逆なでして翻弄させるのはセシルの得意技だ。

 大概は更に煽るように笑いながら好んでやるが、今回の彼女はいつもと違っていた。

 一年生の少女がリディアを嫌うように行動し、更にリディアを突き放し迷惑だと暗に含めて。


 あれでは友達として続けていくのは難しいと思ってしまう。

 いつもならもっと上手く立ち回って、少女を諦めさせ、リディアを宥めることなど簡単にできたはずだ。


 それをしないなんて。


「―—できないのか?」


 セシルが弱々しく唇を緩めて目を伏せた。

 ノアールの独白に応えるような仕草で、それは肯定を意味している。


 いくら鈍くてもセシルがリディアを避けているようだとは感じていたし、当の本人は更に勘付いていただろう。

 それに今回のセシルの発言は近づかないで欲しいという意志にもとれた。


「追いかけた方がいいよ」


 尚もリディアを追えと勧めるセシルをノアールは眉間に力を入れて睨みつけた。

 自分の中で精一杯の恐い顔をしたつもりだったが、どうやら逆効果だったらしい。

 「可愛いや」と呟いて悲しそうに微笑む。


「どうして、リディアを避けてるのか聞いてもいい?」


 これほど弱っているセシルを見るのは初めてだ。

 だから本当は問い詰めたかったが、逃げ道を残しておく。

 そうしないと彼女の本心は聞けないような気がして。


 ピンク色の膝に額を擦りつけてしばらくセシルは黙っていた。

 心を落ち着かせようとしているのか、それとも頭を空っぽにしようとしているのか。

 ふと気づけば肩が小刻みに揺れていて泣いているのかと慌てた頃セシルが顔を上げた。

 その頬には涙など無く、自嘲染みた笑みが浮かんでいる。


「執着……しなきゃ大丈夫だって解ってたんだけどね」


 その声は平板で余裕など微塵も感じさせない物だった。

 瞳はノアールを通り越してどこか別の場所を眺めている。

 焦がれるような目に不安になった。

 今すぐにでもどこか遠い場所へ飛んでいってしまいそうな気がして。


「執着することのどこが悪いの?人はみななにかに心惹かれ、奪われながら生きてる」

「…………普通の人はね」

「セシルは違うの?」

「そう。あたしは違う。普通の人とは」

「でもリディアに執着し始めたんだよね?それってセシルも僕たちと同じだってことだよ」


 だからこそ距離を取ろうとしているのだ。

 自分は普通とは違うのだといいながら、執着心が芽生え始めたセシルは動揺して逃げようとしている。


「同じ?それは有り得ない。あたしはもっと醜くて穢れてる。光の中では生きられないんだ。あたしの執着はノアール達の執着とは違うよ。激しくて、相手を不幸にする。それが解っていて執着するのはただの間抜けだ」


 後ろに手をついて目を瞑ると「あたしは間抜けにはなりたくない」と吐き出す。


「それに執着しないように育てられた。それが自分を護る手段だって教えられて。執着したら負け。執着させたらこっちの勝ち。単純で、解りやすくていい」

「人付き合いは勝ち負けじゃない」

「正論で偽善的な言葉をありがとう」


 にこりと微笑みながらそこにはなんの感情もない、薄っぺらな笑顔。

 ノアールはセシルの乾いた心と考え方に背筋が寒くなる。


 一体どういう育てられ方をすればセシルのような少女が出来上がるのか。


 自分を醜くて穢れていると嫌悪もせずに発言するセシルにノアールの喉は締め付けられて声を出せない。

 執着することは悪で、相手を不幸にするのだと教えられた彼女にどう伝えればその考えを改めさせられるのだろう。


 口ではセシルに敵わない。

 そして人生経験も敵わないはずで。


「……泣いたら?」


 口から出たのはセシルの目元に力が入り赤くなっていたからで。

 目は泣くのを堪えているようなのに、顔は笑顔を貼りつかせていて見ていて辛い。


 だから泣きたいのなら我慢せずに泣けばいいのに。


「……泣く?あたしが?」


 ノアールの言葉は予期していなかった物だったのか、セシルは面食らった顔をして首を傾げる。

 その表情がいつにもなく無防備で。

 気付いたら手を伸ばして柔らかな髪に包まれた頭を胸に引き寄せていた。

 抵抗はしないが受け入れもしない。

 セシルはじっとノアールの胸に額を当てている。


「泣いてるのを見られたくないなら今泣けばいい」

「……優しんだね」


 笑いと共に呟かれ吐息が胸を擽る。

 セシルは左頬を胸につけて「でも」と更に呟く。


「泣き方を知らないんだ。知ってたらノアールの胸で取り乱して泣き崩れるのもいいのかもしれないけど」


 右手がノアールの左胸を押してセシルが身を離す。

 そこにはいつもの笑顔があり、さっき見せた素の顔も、泣くのを堪えていた顔も綺麗に消え失せていた。


「泣けたらきっと、すっきりするんだろうね」

「本当に泣き方知らないの?」

「赤ん坊の時も泣くより人の話をじっと聞いたり、周囲をきょろきょろ見てたってさ」


 きっと本人がいうように泣き方を知らないのだろう。

 泣いているセシルなど想像できないが、泣かない人間などいない。

 でも泣き方を知らない人間はいるのかもしれない。

 泣いてもいいのだと促した時、セシルの顔に浮かんだ表情はどうしていいのか解らずに戸惑っていたように見えた。


 改めてどんな状況で生活し育ってきたのか疑問に思い、ノアールは目の前の少女を見つめる。

 セシルの生い立ちを知らないのはノアールだけではないはずだ。

 きっとリディアも一緒で。


 同室のベルナールが無駄口は沢山叩くのに、肝心の自分についてはなにも語らないのはきっと知られたくないことがあるからだ。


 つまりセシルも同じ。

 弁が立つのは秘密を暴かれまいと磨かれた技術。


「僕はセシルを醜くて穢れているなんて思わない。どんな過去があってもそれは変わらないから」


 泣く必要が無い楽しい人生を歩んできた上での泣き方を知らないならばいいのに。

 セシルは執着する事を禁じられ、勝ち負けや損得で人と付き合うように教えられている。

 泣く必要が無かったのではなく、泣くことをよしとされていなかったのだと思うと無性に腹が立つ。


「……あたしの過去じゃなくて、レインの血が穢れてるんだ」

「血が穢れてるって、どういう」

「そのままの意味」


 立ち上がり膝を擦ってからセシルは本校舎へと顔を向ける。

 それはドライノスがいる準備室なのか、走り去ったリディアを思って見ているのか判断できない。


 解っているのは、会話はここまでと拒絶されたこと。


「さてと。扱き使われにいきますか」


 拳を空に突き上げて大きく伸びをし、セシルは本校舎へと歩き出す。

 ノアールも鞄を担いでその後ろに続く。

 今日はバイトが休みなので一旦寮に戻って荷物を下してから図書塔へ行くつもりだ。


 本校舎へと向かう入口の前で別れる。


「ノアール」


 呼び止められて振り返るとセシルが「ありがとう」と礼をいう。

 リディアを追わずにセシルの傍に残ったことを言われているのだと気づき首を振る。


 こっちこそ初めてセシルの本心が少しだけだが聞けたのだ。

 これからもちょっとずつ知っていけたらいい。

 そう思いながら手を上げて「また明日」笑顔で立ち去った。


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