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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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嫉妬と優越感


 図書塔へと続く渡り廊下を歩いていると、中庭にノアールとセシルが向かい合って座りなにか楽しそうに喋っているのが見えた。

 潮風を含んだ風を受けて気持ち良さそうに日向ぼっこを楽しんでいるようだ。


 邪魔するのは悪いなと思いながらも、久しぶりに三人で話したいという気持ちには逆らえずリディアは中庭へと足を踏み出したところで自分以外の気配に気づいた。

 振り返ると本校舎側の入り口から真新しいローブを着た少女がキラキラとした瞳で二人を見つめている。


「……やっぱりノアールはもてるなぁ」


 茶色の髪は短く、形の良い耳が見えていた。

 その耳には赤い石の付いたピアスをしていて、彼女の象牙色の肌によく映えている。

 うっとりと眺めるコバルトブルーの瞳を縁取る短いが濃い睫毛と、右の目元にある泣きボクロが色気を感じさせる。細い顎に赤い唇の少女は切ないため息を吐いて両頬を押えた。


 見るからに恋焦がれている様子の少女を無視してノアールへ声をかけるのは失礼な気がして、リディアは渡り廊下へ戻り話しかけることにした。


「ノアールを見てるの?」


 だが少女はぼんやりと見つめているばかりで自分が声をかけられたということに全く気が付いていない。

 リディアは苦笑して少女の見ているノアールを隣に立って眺めてみる。


 セシルが笑ってなにかをいってからかうようにノアールの頬に触れた。

 眼鏡の奥で呆れたような瞳が咎めるように睨むが、いつものようにセシルには効果が無い。

 調子に乗ったセシルは琥珀の瞳を煌めかせ、ノアールの細い肩に手を乗せると抱きつく様な仕草を見せた。


「うわぁ……」


 慌てたように声を上げたのはリディアの横にいる少女だった。

 可愛らしい耳が赤くなり目を瞬かせている。

「あのね。誤解しないで欲しいんだけど、セシルはいつも困らせて喜んでるだけでノアールに対して特別な感情は無いと思うから!」

「ふえっ!?」


 ようやく傍にリディアがいるということに気付いた少女は驚いたように飛び上がった。

 そして声をかけてきた相手が自分より小さいことにも驚き、同時にほっとしたのか小さく微笑んだ。


「びっくりしたぁ……」


 まともな言葉を紡いだその声は意外と低く豊かな声をしていた。

 少女が再びノアールを見てから「素敵だよねぇ」と呟く。


「人気あるよ。それにノアールをその気にさせるのは難しいかも」


 沢山の少女たちがお近づきになりたいと狙っているが、本人が恋愛よりも魔法に想いと信念を捧げているから振り向いてもらえるどころか相手にもされない。

 リディアから見ても素敵な女の子が沢山言い寄って来ているのに、本にばかり目を向けて顔を上げず、適当な相槌を返すのみ。


 そんなノアールを夢中にさせられる女性などいるのかどうか。


「ノアールって名前なの?」

「え?知らないの?」


 ノアールの名前は女子の中では知らない者がいないといっても過言ではない。

 それほどの美貌と学力を持ち、フリザード魔法学園の三大美少年として持て囃されている。

 因みに三大美青年もいる。


 そんなノアールの名前を知らないとは。


 恋している相手がそれほど有名ならば、すぐに名前ぐらいは解るはずだ。


「……知らない。だって誰に聞いても二年生だろうってことしか解らなくて」

「ええっ!?ちょっと待って、あなたのいってる素敵な人って眼鏡の男の子でしょ?」

「眼鏡の人?」


 きょとんとした顔で少女は首を振る。

 そしてノアールを押し倒そうとしているセシルの方を指差して「あの人」とはにかむように微笑んだ。


「や……。ちょ。もしかしてセシルの方だとは」


 困惑して少女から視線を外しセシルへと向ける。

 白目の少ない琥珀の瞳は喋る以上に言葉を語り、薄い唇は口角がいつも上がっていて楽しげだ。

 学校指定のローブは芝生の上に放り投げられていて、綿の衿付きシャツにショートパンツから伸びる美しい脚には柔らかそうな膝までのロングブーツを履いている。

 長袖のシャツを肘まで緩く腕まくりしているセシルはどこか悩ましげな雰囲気をしていた。


 確かに目を惹かれる。


 整った美しい顔立ちならばノアールの方を百人が百人挙げるだろう。

 だが魅力的な方はどちらかと問われればセシルを推す人も多いはずだ。


 容姿も決して悪いわけでは無く、中性的な顔は時折見せる蠱惑的な表情や発言で更に危うく艶めいてみせる。

 少女にも少年にもなれる器用さ。

 そして奔放さに心を奪われ、目を離せなくなる魅力。

 少女が素敵だと思うのも当然だ。


「みんな本当に素敵なものを見出す力が無いんだわ。あの人はあんなにも素敵なのに」


 不満そうな中に自分だけが知っているのだという優越感が少女の目に宿っている。

 右手で左胸の上をぎゅっと握りしめ、リディアが教えた名前をそっと呟く。


「セシル……」


 気持ちの籠った声に胸がチリッと痛んだのはなんでだろう。


「あなた一年生だよね?」

「……あなたも一年生だよね?」


 質問に返された問いに打ちのめされそうになりながら「わたし二年生なんだけどね」と苦笑する。

 少女は目を丸くして一歩下がった。

 そしてしげしげとリディアを眺めて疑わしそうな表情をしたが、一年間使用している鞄とローブがそれなりにくたびれているのを認めるとゆっくりと頭を下げる。


「すみません。私、二年生に生意気な話し方をしてしまって」

「いいよ。わたしが小さいのがいけないんだから」

「それもそうですね」

「…………」


 あっけらかんと同意して少女はまたセシルを見つめる。

 その熱い眼差しにまた胸が痛む。

 彼女はセシルが女だと知っていて、恋心を抱いているのだろうか?

 それとも兄やケインが男だと思い込んでいたように、二年生の少年だと信じて好きになったのだろうか。


 訂正して「知っていた」と答えられたらリディアには返す言葉が無い。

 かといって誤解ならそのままにしていてはセシルが女なのだと気づいた時に少女が傷つく。

 初めて会った少女を気遣う必要など無いのだが、やはり彼女の目の前で親しげにセシルに声をかけるのは躊躇われた。

 でも久しぶりに三人で話せる機会を無駄にしたくはない。


「えっと……今から二人の所に行こうと思ってるんだけど、一緒に行く?」


 他に解決策など思いつかなかった。

 だから少女を誘ったのだが一瞬断ろうと首を振りかけた所で思い止まり、慎重にゆっくりと頷いた。


「わたしリディア」

「私はバーネット」


 ようやく名乗りあいぎこちなく笑うとリディアはバーネットを連れてセシルとノアールのいる場所へと歩いて行った。

 中程まで近づくとセシルが気付いて顔を上げる。

 少し後ろを歩くバーネットが息を飲む気配にリディアも緊張してしまう。


「楽しそうだね」


 いつものように笑えていたのかは解らないが、必死に笑顔を作って呼びかける。

 ノアールが膝の上に乗っていた本を鞄の中に入れながら「あれが楽しそうに見えた?」とセシルを横目でチラリと見た。


「楽しそうにじゃれ合ってるように見えなくも無かったかな」

「なら今度は全力で抵抗してみる」


 やれやれと肩を落としてノアールはリディアの方へ顔を上げ、その後ろにいるバーネットに気付くと怪訝そうに首を傾げた。


「見ない顔だけど……。新しいクラスの友達?」

「違うよ。ノアール。一年生」


 答えたのはセシルだった。

 バーネットの汚れていないローブを指差して「ぴかぴかだ」と教える。

 そして少女ににっこりと笑いかけてから、リディアに「どういうつもりだ」という鋭い視線を投げた。


「彼女バーネットっていうの。さっきそこで知り合った」

「で?その一年生を連れてきてどうしようっての?」

「どうしようって……」


 そこまで考えてなどいない。

 ただリディアは彼女を無視することができず、二人ともお喋りたくて連れてきただけだ。


「ノアール目当てなら帰ってくれる?そういうの目障りだ」


 右足の膝を立ててその上に頬杖をつくと少女に酷薄な笑みを浮かべ拒絶する。

 リディアはセシルの視線から庇うようにバーネットの前に立ち、止めるように首を振って懇願した。

 そして「ノアールじゃないの」と伝えると、セシルはその言葉に意味を直ぐに悟って面倒臭そうにため息を吐く。


「ああ……。なんでそんな子連れてくるのさ」

「だって」

「しょうがないなー……」


 かったるそうに立ち上がりセシルが早足でリディアに近づき、そしてその後ろにいるバーネットを覗き込むようにして耳元で「ごめんね」と囁いた。

 身を捩って少女を振り返ると赤く頬を染めて固まっている。

 剥き出しの耳にセシルの唇は触れんばかりの近さで、それを目撃したリディアまで赤面してしまった。


「ちっとも振り向いてくれないんだけど、リディ一筋だから。他の子は迷惑。だから諦めてよ」

「ちょ……!」


 そんな誤解を深めるような発言は困る。

 リディアは青くなったバーネットが可哀相でセシルにいつもの冗談なら止めるようにと口を開こうとした。

 その瞬間を狙ったように少女から身を離したセシルが唇を寄せてきた。


「セシル!」

「止めなさい!」


 悲鳴を上げて突き飛ばし、ノアールも焦って間に入る。

 信じられない行動にリディアは頭が真っ白になってしゃがみ込む。

 セシルが瞳を細めて見下ろし「胸まで見せてくれた仲なのに、拒むなんてひどくない?」と唇だけで微笑む。


「……胸まで見せた仲?」


 バーネットが驚愕しリディアを見る。

 その目は嫌悪に溢れ、冷たい視線で刺すようだった。

 違うのだといいたかったが、言葉を発しても彼女には届かないだろう。

 少女はセシルへ恋慕の目を向けたが、もう琥珀の瞳がバーネットを見ることは無いのだと思い知ると悔しそうに顔を歪ませて、なにもいわずに駆け去って行った。


「……どうして?」

「どうして?それはこっちが聞きたいね」


 顔を上げて尋ねるとセシルは不機嫌な様子で座っていた場所へと戻ると乱暴に腰を下ろした。


「あの子とあたしが仲良くすれば満足?あの子はあたしを女だと思ってないよ。それぐらいリディアにでも解ったはずなのに引き合わせて。どうなって欲しかったわけ?」

「どうって……」


 セシルとバーネットが仲良くしている姿を想像して胸が苦しくなるのに気付いた。

 自分が避けられているのに、一年生と親密に話しているなんて考えただけでも嫌だった。

 喉の奥の方が締め付けられて、臍のところで重く暗い感情が蜷局を巻いて居座り身動きが取れない。


「いやだよ……。セシルが他の子と仲良くなるなんて」


 でもそうなるようにリディアは仕向けた。


「解ってるよ。解ってたからリディアが望んだように、あの子の前でリディアを選んでみせた。気持ちよかったでしょ?」

「気持ち……良かった?」

「優越感感じたよね?」


 いつもの悪ふざけだと思っていた反面でセシルが久しぶりにリディと呼んでくれたことに喜び、他の子は迷惑だと拒否してくれた事が嬉しかった。


 そうだ。


 その通りだ。

 選ばれて嬉しかったし、浮き立つような優越感を感じたのも確かだ。


「セシルが素敵だっていわれて嬉しかった。だけど胸が痛くて」

「そう。嫉妬だね。でもね、ほんとに迷惑だから。あの子を利用してあたしの気持ちを確かめようとして。あの子も可哀相だ」

「そんなこと」

「思ってない?仲良くする相手は自分で決めるよ。リディアに世話にならなくてもあたしは大丈夫だから」

「っ!?」


 仲良くする相手は自分で決めるということは、避けられている自分はもう必要ないということだ。


 仲良くするに値しない人間。

 リディアの未熟な感情などセシルには手に取るように解ってしまう。


 どんな言葉を使えばリディアが一番痛いのか解っている。

 完全な拒絶。


「迷惑なんだね……。わたしはもう」


 いらない。


 否定しないセシルの肩をノアールが掴んだ。

 気遣うように見つめてくる瞳に居た堪れなくなり、リディアは眉間に力を入れて涙を止めようと努力する。

 でも視界は滲んで歪んでいく。

 だめだ。

 あまりにも無様すぎる。


「帰る」


 立ち上がり何度も転びそうになりながら必死で足を動かして、どこへ行くのかも決めれずにただ前へ向かって走った。

 流れては滲んで消えていく景色はまるで知らない場所のようにも感じられる。

 このまま遠くまで行きたいと強く願うが、ドンッとぶつかったサラサラの純白のドレスが「リディア?」という優しい声で名前を呼ばれた。

 泣いている顔を見られたくなくて顔を背けて逃げ出そうとするが、更に優しい声と腕で止められる。


「喧嘩でもしたの?」


 身を屈めてくる美しい顔にリディアは放っておいてくれといおうとしてできず、くしゃりと顔を崩して「ヘレーネ……」とその腕に縋った。



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