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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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操るもの


 日が暮れた後の歓楽街は店先に明かりを灯し楽しげな声や笑い声で溢れている。

 千鳥足の酔っ払いや、薄いドレスを纏った化粧の濃い客引きの女、友人同士の若者達や旅人達。色々な服装をした様々な人達が集まっていた。


 紅蓮は目的の場所まで歩きながら、フィルに見せてもらった故郷の景色を何度も思いだし苛立ちと焦りに身を焦がす。


 記憶にないはずなのに、街が燃えているのを見たら無性に腹が立ってきた。


 祖父に。

 父に。


 そしてベングルの王に。


「紅蓮。ここじゃなかったっけ?」


 後ろから服を引っ張られ現実に戻された。

 立ち止まり肩越しに振り返るとノアールが一軒の飲み屋の入り口を指差している。

 そこの看板に“鈴蘭亭”とあるのを認め紅蓮は「悪い。ぼうっとしてた」と謝罪した。


「珍しいね。仕事中に考え事なんて」

「オレだって考え事もすれば悩みもするさ。行くぞ」


 鈴蘭亭から聞こえてくるのは楽しげな会話でも笑い声でもない。

 物が割れる音や重い音、そして悲鳴と怒声。開けっ放しの入り口から入ると床には酒の入った瓶が割れ、料理が散乱しテーブルも椅子も倒されていた。


 アルコールと料理の匂いに汗と体臭が混ざった独特の匂いが充満している。


 奥にあるカウンターには店の従業員の若い女性が怯えた目で震え女将に縋りつき、女将は険しい顔で腰に手を当て動向を見守っていた。


 店内の壁際にいる客は若い男が三人。

 止めに入った大将が床に投げ飛ばされた状態でのびていた。


 中央で立っているのは飲み屋には不似合いの少年と向き合ってる黒い服の男。

 黒服の男は短刀を手にしている。

 対する少年は丸腰。


 状況だけを見ればどちらに味方するかと問われれば即座に少年を、と答えるがこれは仕事だ。

 紅蓮は鼻で空気を吸い込み腹の中を満たした後で大きく手を叩いた。


「そこまでだ。オレは“便利屋レットソム”の紅蓮!ここらでの揉め事に首を突っ込むのがオレの仕事だ。おとなしく武器を捨ててくれれば痛い目に合わないで済む」


 毎度おなじみの口上だが、たいていの人間は突戦現れた第三者に反感を抱くようで。

 話し合いの前に多少暴れることになる。


「穏便に済ませてくれれば迷惑料は半額だから懐にも優しいぜ?」


 厄介事万請負所は店での揉め事に関して仲介を依頼された場合、荒事ならば報酬は店側から三分の一、残り三分の二を相手側に請求する。


 どちらが悪いかの判断で請求額は変動するが、大体が酔った客が因縁を吹っ掛けたり、客同士で喧嘩を始めたりすることが多いので店側が負う額は三分の一が妥当だ。


 店側に破損した備品や商品に対しての迷惑料が相手に加算されるようになっており、迷惑料は勿論厄介事万請負所にも入る。


 これは荒事に対処する場合に鎮圧するための武力行使を行った時に適応される。

 おとなしく話し合いで決着が着けば迷惑料は店側だけが請求する形となるので半額となる。


「紅蓮──?」


 なぜかその名前を聞いて少年と黒服の男が反応を示し、鋭い瞳を向けて来た。

 恨みの籠った声が男の口から出たのに紅蓮は目を瞠る。

 その恨みにはねっとりとした感情と強い殺意を感じた。


 明らかに紅蓮個人に対しての怨み。


「知り合いだっけ?」


 記憶が無くなる前の知り合いという可能性もあるので尋ねてみたが、男は浅黒い肌に嫌悪の目をギラギラと輝かせて短刀をこちらへ向けて来た。


「紅蓮。どうする?」


 ノアールがそわそわと視線を動かしている。

 紅蓮は友人の前に立ち背後に庇うと「下がってろ」と促した。

 難しいことは得意ではないが身体を使ったことなら自信がある。

 伊達に戦闘民族の血を継いではいない。


「もう一度いうけど、おとなしく武器を捨ててくれ──って、やっぱ無理な話か!」


 男が抉るような仕草で短刀を繰り出してくる。

 一歩大きく踏み込んだ後で小刻みに右足を前に運んで、その動きと連動して深く突いてきた。


 紅蓮は硬い金属を手の甲と手首に取り付けた皮手袋で受け流し、男の足捌きに合わせて移動し避けながらチラリと女将を見る。

 目があった途端大きく頷いたので、多少手荒な真似をして店を破壊してもいいとの了承を得た。


 安堵して紅蓮は男の打ち込んできた短刀を受け流すのではなく力一杯弾き返した。

 短刀を巻き込むように突き飛ばすと男は体勢を崩して数歩たたらを踏んだ。

 その隙に皮手袋の掌部分を擦り合わせると摩擦で火花が散る。

 そこには特殊な仕掛けとして火薬を練り込んだ素材を掌部につけてあるのだ。

「店を火事にはしないから安心してくれ」

「頼むからちゃんと制御しとくれよ!」


 従業員を抱え込んで女将はカウンターの下へと屈んだ。

 客の男達は慌てて倒れたテーブルの影に身を潜め、ノアールは入口から外へと飛び出す。


「それができりゃ苦労しないけどな!」


 何度か叩きつけて火花を大きくすると体中の血が熱くなる。

 胸が弾み自然と笑みが浮かぶ。


 頬を炙る熱に歓喜すると短い赤い髪を振り乱して拳を振るう。

 空気を乾燥させ燃え上がり、火薬の匂いと服を焦がす匂いが酒と体臭の匂いを消していく。


「──紅蓮の!」


 またしても男が昏い感情で曇らせた湿った声で叫んだ。


「焼き尽くせ!炎龍!」

「くっ!」


 腰を落とし溜めた力を制御することなく解き放つ。

 炎に包まれた左腕を大きく振りかぶって男へ突き出すと炎は狂暴な咢を持つ龍へと姿を変える。

 身体をくねらせ男の喉元目掛けて真っ直ぐに進んでいく。


 男は舌打ちをして短刀を投げ捨てると左の袖を捲り半身になった。

 その袖の下の腕には金色の蔦のような模様が刻まれており、その意味の無い様な金色の筋は男が力を入れるとうっすらと輝き始める。


「おもしれえ」


 目を細めて笑いゾクゾクする感覚に身を委ねた。

 血が目まぐるしく巡り、頭の奥が痺れ全ての感覚が鋭くなっていく。

 一瞬が永遠に感じられるぐらいに時間がゆっくりと流れていた。


 いつの間に動いたのか自覚は無い。


 紅蓮は男の前まで移動していて、炎の龍を男の左腕から飛び出した金の蔓が絡んでいるのを眺めながら右腕にも炎を纏わせて男の脇腹に拳を叩き込んでいた。


 確かに肋骨を折る感触が指先から肩に伝わり、脳にもそれが認知されると、腰を捻ってその拳を更に男の顔面に振り下ろす。


「紅蓮!それ以上は──!」


 背後からノアールが叫んで制止を促す。

 だが解っているのに熱に浮かされたかのように紅蓮は倒れた男の上に炎の雨を降らせた。

 床を焦がし、男の服や肌を焼く炎が燃え上がる──が、それを鎮火する清い水が頭上から優しく降り注いだ。


「いい加減、頭を冷やしたらどう?」


 幼さと茶目っ気のある声が紅蓮の傍から聞こえた。


 ふと横を見ると騒動の人物のひとりである少年がにこりと微笑んで立っている。

 肩まである赤い髪の少年はひんやりとした手で紅蓮の炎に包まれた腕を撫でて火を消す。


「全く変わらないね。リッシャ兄さんは」

「お前──!誰だ?」

「解らないのも仕方ない。記憶が無いんだもん。こんなのちょっと変だけど、初めまして。おれはラッシュ・ニコル・双清(そうせい)。リッシャ兄さんの弟だよ」

「弟の……双清」

「本当はラッシュって呼んでもらいたいけど、ここではそれでいいや」


 双清は振り返ってノアールを見ると「いつも兄がお世話になってます」と頭を下げた。

 突然現れた弟に紅蓮は戸惑いながら、倒れた男の腕に縄をかけて動けなくするともう一度双清を眺める。


 年の頃は十三、四。

 丸顔に添う癖の無い赤い髪。

 青い瞳は少し緑がかっていて、目尻が少し上がっているのが勝気さを表している。

 笑うと左頬に笑窪ができて可愛らしいが、視線は油断なく周りを窺っているので侮ると痛い目を見そうだ。


 記憶を失って初めて弟にあうというのに懐かしいという感情が湧き上がってこずに紅蓮はただ狼狽する。

 流石に血縁者に会えば何かしらの感情や記憶が蘇るのではないかと、どこかで期待していたからだ。


「悪い。全然思い出せない」

「いいってば」


 双清は首を振り男の横に座り込んだ。

 紅蓮が結んだ縄の上から赤い組紐をぐるりと巻いてから立ち上がる。


「こいつおれを追いかけて来たんだ。兄さんと接触されたら困るから」

「どういうことだ?」

「今反乱を起こしている奴らが兄さんを利用しようとしてる」

「利用?オレは祖父さんみたいに炎を操れないぞ?」

「制御はできなくても紅蓮の力と名前は戦況を変える力がある。だからおれはここまで来た。兄さんに警告をするために」

「そういやどうやってディアモンドまで来たんだ?ベングルは今戦争で出入りはできないはず」

「兄さんはベングルからディアモンドまでどれぐらいかかるか忘れてない?」

「ベングルからディアモンドまでは、たしか三ヶ月と少し、かかる」

「そう三ヶ月前まではまだそこまで出入りを制限してなかったから出国には問題なかったよ。今ではそうもいかないだろうけど」

「ちょっといいかな。出入りを制限されているベングルに、反乱を起こした相手は紅蓮をどうやって連れて帰ろうとしてるのか聞いてもいいかな?」


 今まで黙って聞いていたノアールが口を挟み、更に女将もカウンターから出てきて男の持ち物を漁ってそこそこ重さのある財布を見つけ出すと「商売の邪魔だからとっととその男連れて帰ってくれ」と追い出しにかかる。


「じゃあ、詳しい話は事務所でするか」


 紅蓮は男を肩に担いで支払いは明日女将が直接レットソムに払うというのでそのまま店を出た。

 ノアールの後に双清も続いて出てくる。


「あの……双清くん。さっきの魔法は」


 ノアールは興味津々で説明を求めると双清がきょとんとした顔で「魔法?」と首を傾げて「ああ魔術の事か」納得して笑窪を刻む。


 男の左腕にある金色の模様を指差して双清が説明を始めた。


「これは術具の一種で身体に直接彫り込んで力を強化してるんだ。能力の高い人は術具や触媒を使わなくても半ば無尽蔵に力を操ることができるけど、そんな人は少ない。お祖父ちゃんは例外だね」

「流石伝説の東方の魔術師」

「こんな所までお祖父ちゃんの二つ名が流れてるなんて光栄というか。複雑だな。で、この男は土属性の術を使うのに相性のいい植物の術具を使ってたんだ。兄さんの炎龍を押え込んだ所をみるとそこそこの使い手ではある。ま、武に長けた兄さんに押されちゃったけど」

「双清くんのは水……だよね?」

「そうそう。おれは水を操る力がある。だから暴走する兄さんを止める役目はいつもおれだったんだ」

「双清くんは術具を使ってないけど、それってお祖父さん譲りの能力の高さ?」

「お陰様で。触媒も術具の助けも必要ないね」

「すごい!」

「……そんなことないよ。属性や素質に縛られないで使用できる魔法の方が便利で汎用性が高い。魔法の方がすごいよ」


 魔術と魔法の違いなど紅蓮にはよく解らない。

 どちらが優れているのかとはどうでもいいことで、それが戦争に利用されるのだということに関してはどちらも同じである。

 そして生活を便利にするためにも活用されているという点でも一緒だ。


 三ヶ月前に故郷を出たというのなら、今の街の状況を双清は知らない。


 落とされた跳ね橋、傷ついた兵士、堀に沈む死体、焼かれた街と煙りと火が空を焦がす。

 紅蓮が見た景色も数時間前の映像で、今この瞬間に街は更に蹂躙されているかもしれない。


「……双清。お前こんな所にいていいのか?」

「兄さん?」

「今街は戦乱の中で落ちようとしてる。それなのにお前ほどの術者が不在なんて」


 双清が街にいれば炎に包まれることなど無かっただろう。

 それを紅蓮が反乱軍に利用されないようにと警告をしにここまで来たせいで故郷を失うことになるなんて。


 それだけの価値は自分には無いのに。

 記憶を失った紅蓮という名を持つだけのただの男だ。


「一日でも早く戻れ。そして祖父さんと親父を助けて国を護れ。戦争なんか終わらせろよ」

「……やってるよ。努力してるよ。それでも」


 キッと顔を上げて双清は紅蓮を睨む。


「おれやお祖父ちゃんや父さんが頑張って戦争が終わるならここまで来ない!五十年間の間に相手は周到に用意して、玉座を奪おうとしているんだから簡単に収まるはずが無いんだ。完全に隙を突かれたし、裏切りもあって──」


 頭を振って双清が額を押えよろめいた。

 紅蓮が支えようと出した手を押し止めて、弟は「まずい……」と呟くと数歩下がる。


「双清くん?どうしたの?」


 ノアールも心配し近づこうとしたが、双清はくるりと身を翻して駆けだした。

 追うかどうしようか悩んだノアールは結局追いつけないと踏んで諦めたようだ。


「どうしたんだろう?」

「解らない。でも用があるならまた来るさ」

「追わなくてよかったの?」

「今は仕事中だからな。さっき“便利屋レットソム”の紅蓮だって名乗ってるから、ここらで所長のこと知らない奴はいない。オレの居場所なんてすぐに探しだせるさ。心配ない。それに弟ならオレが魔法学園にいるの知ってるし。大丈夫だろ」


 男を担ぎ直して紅蓮は事務所へと急ぐ。


 価値が無いと理解してさっさと故郷に帰ってくれればいい。

 もし帰らずに事務所に訪ねてきたら、その時はまた説明して帰るように説得しよう。


「手遅れかもしれないけどな……」


 そうならないで欲しいとだけ強く思った。


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