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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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褒め言葉


 ちらりと盗み見るとヘレーネとフィリーは椅子に座ってお喋りに夢中になっていた。

 そこでようやくノアールも安心して強張った背中から力を抜く。


「昨日部屋にヘレーネが押しかけてきて、夜通しずーっと喋りっぱなし。疲れる」

「一緒にいるの初めて見たけど……前から知り合い?」

「うんにゃ違う。フィリーとヘレーネは下宿を追い出されたらしくて昨日寮に入った。二年生って言ってたから一応先輩なんだろうけど」


 敬う気は更々無いと言いたげに顔を顰めて、ノアールの腕の中から本を一冊取り上げる。

 興味無さそうに斜め読みしているセシルの横顔をぼんやりと改めて眺めた。


 少女らしい華やかさも飾り気も無い顔。

 まるで少年のような活発さと朗らかさで性別を超えた魅力がそこにはあった。


 あまり女の子らしくないからか気を使って話す必要も無いことが新鮮であり楽でもある。


 見つめているとセシルが視線だけをこちらに向けて少し眩しそうに目を細めた。

 その薄い唇が笑みの形をとる。


「なに?そんなに熱っぽい目で見られたら口説いちゃうよ?昨日みたいに」

「ばっ……!!」


 どこか蠱惑的に微笑んでからノアールの肩をポンッと軽く叩いて、持っていた本を適当な場所に捻じ込んだ。

 昨日の一件をすっかり忘れていた自分を心の中で叱り飛ばし、もう二度とセシルに気を許さないようにと誓う。


「少しは女の子らしくしなよ。普通女の子はそういうこと軽々しく口にしないし」


 腹が立つので一応忠告する。

 だが当の本人はどこ吹く風で、口笛を吹きながら残りの二冊も奪って好きな所に押し込んでいく。


「で?なにか分かった?」

「……ん。多分セシルが言った通り、リディアにかけられたのは呪いではなく暗示だと思う」

「根拠は?」


 自分が暗示ではないかと言っておきながらノアールにその理由を聞くその神経が解らない。

 でもそれを責めることもできないし、セシルがいなければ呪いだと決めつけて無駄な労力を使っていただろう。


「さっきドライノス先生に色々と教えてもらった。どうも先生はリディアの呪いが暗示だって知ってたみたいだ」

「やっぱりね……。先生たちは呪われた生徒を救わないダメ先生ではなかったというわけか。それに呪われているのに気付かないダメ魔法使いでもなかった」


 棘のある言い方にノアールはむっとする。

 魔法は過去の偉人の努力の結晶だ。

 それを学び修練して身につけた先生たちを侮辱する言葉は許せない。


「セ――」

「分かってる。あたしが言い過ぎた。ごめん」


 腕を組んで棚に寄り掛かった姿勢でセシルは早口で謝罪した。

 その態度には誠意を感じられないが声には反省の色が見えたので、それで良いことにして口にするはずの言葉を丸ごと飲み込んだ。


 目を伏せてなにかを我慢しているようなセシルから顔を背け、あっちこっちへ入れられた本を救出して本来の場所へ戻すとどこか本も喜んでいるような気がした。


「これからリディアの家に行ってみようと思うんだけど一緒に行く?」


 何気ない口調を意識して誘うとセシルは長いため息を吐いた後に、いつもの通りの声と顔で「当然」と答えた。

 そしてなにごとも無かったかのように軽やかな足取りで降りて行き扉へと向かう。


 呆気に取られて出遅れたノアールを振り返って「早く!」と急かす。


「なんだったんだろう……」


 セシルの考えていることはよく解らない。


 理解しようとしても無駄な気がしてくる。


 早く早くと急がせる声にノアールの足も引っ張られるように動いた。

 椅子に腰かけている少女たちの前を通る時に「大変ね。相続争いも」という小さな囁きに歩みが止まる。


 ヘレーネが花のように美しく輝く笑顔を浮かべて、弾かれたように振り返ったノアールの視線を受け止めている。


「なにを……」

「誰が継ごうが構わない。継ぎたい人が継げばいいのにね?」

「貴女は一体」

「分かるわ。あなたの気持ち。きっと他の誰よりも私は分かる」

「分かる、」


 ものかと吐き出しそうになるのをぐっと堪えた。

 なぜ遠く離れた北の領主の内情を知っているのかと問い質したいが今はできない。


 セシルもフィリーもいる。

 それに受付からドライノスの視線が痛いほど感じられた。


 軽く睨んでセシルの待つ扉へと急いだ。


 廊下を歩き、門を潜る頃になってようやく落ち着いてきた。


 色んなことが頭の中でぐるぐると回っていたが取りあえずは目の前のことに集中しようと切り替える。

 外の風に触れることで緊張がゆっくりとほぐれてゆく。


 門は地下の演習場から生えた二本の木が登校用の魔方陣の通路を挟んで支えるようにしてできている。

 見上げるほどに高い位置で二つの木が幹と枝を絡めあっているその上に、魔法学園を創設した初代の学園長の像が腰を下ろし、左手に持った杖を掲げ右手は遠い東の果てを指差していた。


 常に威厳と誇りに満ちた顔で日々生徒たちが登校してくる姿を見守ってくれている。

 未来を照らして導くように。


 数段の短い階段を上り、学園から迫り出した部分の魔方陣へと近づくと突然前触れもなく「羨ましかったんだ」とセシルが告白してきた。


 だけどその言葉が一体何に対しての羨望なのか解らずにノアールは歩みを止めた。

 傍らを歩いていた少女はゆっくりと通り過ぎてから立ち止まる。


 振り返らずにもう一度「羨ましかった」と告げた。


 握りしめられた両手は小刻みに震え、いつも飄々としている背中が寂しく見えた。

 発言するのを躊躇うような雰囲気に呑まれてノアールは虚しく唇を噛む。


「あたしはここに来たくて来たんじゃない。だけどノアールは違う。もちろんリディも。だから素直に先生や魔法を信じているノアールがちょっとだけ羨ましかったんだ」


 乾いた声が風に飛ばされ感情を失って耳に届く。

 柔らかな髪が乱れて、微かに横を向いたセシルの唇が自嘲気味に歪められた。


 来たくて来たんじゃない。


 それはきっと本心だろう。


 ノアール自身出自の事を聞かれたくないから、他人の事情を敢えて尋ねたりはしない。

 特にセシルには家族という匂いが薄く、どんな家庭で育ったのかという想像も難しかった。

 魔法学園に通えるほどの経済力はあるのだろうが、親がどんな職業で出身がどこかも聞いたことも無い。


「こっちもセシルの奔放さが羨ましいよ。常識に囚われない自由な発想が」


 素直な気持ちで褒めるとようやくこちらを振り返り「そう」と呟くとにっこりと微笑んだ。

 いつもの人を食ったような笑顔ではなく、初めて見せる少女のような笑顔だった。


「いつも……驚かされてばかりでちょっと腹が立つくらいなんだけどね」

「ありがとう」

「褒めてないよ」

「あたしには褒め言葉なんだ」

「まったく……」


 いつの間にかセシルのペースにはまっている。


 ため息を吐きつつ並んで再び歩き出すと、淡く光る魔方陣の中に入った。

 ふわりと上昇するような感覚の後に地から足が離れて、微かな波動を感じているうちにまた足の裏に地面が接する。


 一瞬だ。


 あっという間に豊かな木々に囲まれた広場の中。

 一段高くされた石作りの台に登校用の魔方陣が描かれている。

 その中央に二人は立っていてここにも創設者が杖を持ち本を開いてい立っている像が設置されていた。


 どこか試すように見つめるその瞳には厳しさが溢れ、ノアールは対峙するたびに背筋が伸び畏怖する気持ちと尊敬の念でくらくらとする。


 今日もぼうっと感動しているとセシルから首の後ろを掴まれて台から引きずりおろされてしまった。


「ちょっと……」


 待ってくれという抗議も聞き入れてもらえずにそのまま広場を横切って、鉄の門を通ってから知識の通りへと出る。

 そこは仕事を始めた職人街の活気と、下宿街に多く住んでいる学生の春休み中ののんびりとした空気が混じりあった不思議な喧騒があった。

 職人街から木材を運び出している大工たちが下宿街へと向かっているのを見て紅蓮が言っていた爆発事件の事を思い出す。


「昨日爆発騒ぎがあったらしいね。下宿街で」

「……知ってる」


 ノアール同様知らないだろうと思っていたがセシルは憮然とした声で頷いた。不思議そうに見つめていると眉を寄せて苦々しげに吐き捨てる。


「ヘレーネとフィリーが下宿を追い出されたのはそのせいだから」

「ああ……成程」

「しかも爆弾を投げ入れられたのはヘレーネの部屋だってさ」


 昨日散々聞かされたのだろう。

 うんざりとした顔に若干同情してこの話はここで終わらせることにした。

 傍迷惑なルームメイトに邪魔される生活を想像するだけで恐ろしい。


今の所は平穏な日常を送れることに感謝しながら促されるまま急いで足を動かすことに専念した。


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