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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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遠見の魔法


 三時限目の終了の鐘が鳴り、言語学の講師ホイスラーが隣国ショーケイナの言葉で次回の授業で今日教えた所を試験するから復讐しておくようにと告げて出て行った。

 聞き取れなかった生徒が焦ってざわめくが、フィルはさっさとノートと教科書をまとめて斜め掛けの鞄に入れると立ち上がり廊下へと出る。


 夏休みが明けて学年が上がりフィルは三年生になった。

 二年で同じクラスだったヘレーネとライカとは別のクラスになり、今のクラスで親しい友人はいない。

 唯一顔見知りで話したことがあると言えば図書塔で図書委員として活動しているローレンぐらいだ。

 フィリーと名乗っていた頃よく授業で解らない所を彼女に聞かれていたが、男だと解ったら距離を取られた。


 確かに誤解されたくはないだろう。

 それはお互い様だが。


「おい!フィル。悪いけど、“あれ”また頼めるか?」


 隣のクラスから飛び出してきた生徒に驚いて歩みを止めると、右手で拝むようにしてニカッと紅蓮が笑う。

 背が高く、がっちりとした体躯の紅蓮は短く刈った赤い髪と明るい青い瞳の好青年だ。

 顔立ちは東方出身でどこか異国風だが、いつも笑顔だからか親しみやすく自然と人が周りに集まってくる。


「いいよ。今日、今から?」

「そう。夕方からはバイトだから」


「じゃあ。瞑想室に」

 二人で歩きだすと中央にある階段へと向かう。

 教室は北校舎にあり一階を一年生が、二階を二年生と三年生が、そして三階を四年生が使用している。

 中央階段を挟んで左側が二年生、右側が三年生。

 左右から生徒が流れてきて中央階段は混みあっており、紅蓮が人を掻き分けながら道を作ってくれるのでその後をフィルはついて行く。


「相変わらず……すごい人だな」


 呆れながらもその中の一部となって階段を抜け、そのまま出口まで一塊となって雪崩出た。

 そこまで来ればあとはばらけてしまうのでほっと息を吐けるようになる。

 二限目が終わり昼休憩になる時間と、授業が終了する三限目の後は混雑するので、揉みくちゃにされたくなければ教室でゆっくりしてから出る方が賢明だ。


 または終了と同時に教室を飛び出し、比較的空いている間に北校舎を出てしまうか。


「二階は特にふたつの学年があるから。しょうがないんじゃないか?」

「譲り合いの精神は無いみたいだしね」

「人掻き分けてここまできたオレ達に、それをいう権利は無いだろ」

「そうだね」


 屋根つきの回廊を進み本校舎へと入ると途端に涼しく感じられる。

 夏の暑さは少し和らいだものの、まだまだ陽射しはきつく寝苦しい夜が続いていた。

 ここまで歩いて来ただけでしっとりと汗ばんでいる。

 医務室のある廊下を真っ直ぐ進まずに、左手にある階段の方へと曲がった。


 石でできた幅の細い階段は気をつけないと足を滑らせてしまう。

 地下へと向かう階段は下りていくと湿気と埃の匂いが漂い薄暗くなっていく。

 階段を下り切った所にある洋灯にふっと息を吹きかけると広い空間が明るくなる。

 資料室として沢山の箱が分類されて置かれている棚と無人のカウンターがあり、その上の利用台帳に羽ペンで名前を書いた。


「いつ来ても辛気臭いとこだな。ここは」

「だからこそ集中できるんだけどね」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ」


 魔法には興味がない紅蓮に幾ら説明しても解ってはもらえないだろう。

 なのでそんな物なのだとざっくりとまとめて終わらせる。

 彼も深くは聞いてこない。


 資料室の中に瞑想室はある。


 小さく区切られた部屋は全部で五つ。

 利用台帳にフィル以外の名前が無かったので、今日は誰もいない。

 いや。

 ほぼ使用者は毎日いない。

 きっと前回使った人物を調べようと台帳を見れば二週間前に利用したフィルと紅蓮の名前が出てくるだろう。

 それぐらい瞑想室は人気が無いのだ。

 フィルはだからこそこの瞑想室が気に入っていて、心が苦しくなった時やじっくり考えたい時などここを利用している。


 一番手前の扉を開けて、使用中の札をかけてから中に入る。

 焚かれている集中力を高める香の香りが鼻孔を擽った。

 中は暗く、壁は厚くないのに静かなのは魔法がかけられているからだ。


「この前は初めてだったからちょっと手間取ったけど、今回は楔を打ってあるから前よりは早く行けると思う」

「悪いな。こんなこと頼めるのフィルしかいないし」

「だね。学生にできるのはきっと僕くらいだよ」


 それだけは自信を持っていえる。

 トラカンの魔法小等部で学んだ物と比べると、フリザード魔法学園の授業は少々劣っていた。

 中等魔法学校は更に選良された者しか進めない高度な魔法を教える場所だ。

 そこで培われた魔法の知識と技術は魔法学園の四年生よりも遥か上を行く。


 フィルは途中で魔法学園に入学したので中途半端な技術しか持っていないが、四年生に使えない魔法を使うことはできる。


 そして紅蓮に頼まれた“あれ”もここでは院生と講師を覗いてできるのはフィルだけだ。

 部屋の中央に進み鞄を足元に置き、床に座る。

 紅蓮はフィルの前に腰をおろし胡坐をかく。


「媒介を」


 手を差し出すと紅蓮は懐から四つ折りにした紙を取り出して渡す。

 それは前回と同様故郷からの手紙で、その手紙を最後に故郷からの連絡は無い。


「血は?」

「いらない。触媒がいるのは最初だけだから」

「そんなもんなのか?」

「そんなもんだよ」


 先程と同じ会話が繰り返され、同時に笑い声を上げる。


「じゃ、繋ぐよ」


 ゆっくりと息を吐き出して、同じ長さで息を吸う。

 目を閉じなくても暗いが、集中するにはやはり目を閉じていた方がやりやすい。

 フィルはそっと目を伏せ部屋中に魔力が満ちて行くのを肌で感じながら手紙を撫でて心を飛ばした。


 今やろうとしているのは遠見の魔法だ。


 離れている場所を見えるようにするだけの物だが、行ったことの無い場所は触媒と媒介がなければ見ることができない。

 前回は触媒に紅蓮の血を、そして媒介は今回と同じ弟からの手紙を使った。


 紅蓮に記憶がないからか、ベングル出身である紅蓮の血を触媒として使用したのになかなか繋がらなかった。

 単に距離がありすぎたからかもしれないし、フィルが未熟だったからも知れない。


 随分時間がかかったがベングルまで辿り着き、紅蓮の家族の住むトーキという街の様子を見ることができた。

 だが結界が張られているようで、街の中まで入ることはできなかったが紅蓮は喜んでくれた。


 彼も記憶を失って初めて見る故郷の姿。


 今日は楔のある場所まであっという間に飛ぶことができたので、その景色を引き寄せるイメージでぐいっとディアモンドと繋げば完成だ。


「…………。街が焼けてる」


 震える声にフィルは目を開けて目の前に浮かぶ遠いベンガルの街を確認する。

 前回見たトーキの街は厚い石の外壁と更に周りを深い堀で築いた守りに特化した街に見えた。

 だが上げられていた跳ね橋が下され、外壁は焼け焦げ、水の流れる堀の中に幾人もの死体と、槍や剣が打ち捨てられていた。

 紅蓮は魔法の映像の向こう側で青い瞳を揺らしながらもう一度「焼けてる」と呟く。


「……かなり厳しい状況みたいだね」


 結界はまだ有効らしい。

 街の中へ入ることはできず、上空から眺める事しかできない。

 だが紅蓮がいうように黒い煙が上がり、赤い炎がちらちらと家を焼いている。

 道を人影らしきものが走り回り、跳ね橋の近くで兵士たちが戦っている様子が見えた。


「祖父さんはなにしてんだ!」


 炎を自在に操るといわれる東方の魔術師が紅蓮の祖父だ。

 その魔術師がいる街が炎で焼かれている。

 鉄壁の守りを打ち破られ、街への侵入を許している。それが紅蓮には信じられないことなのだろう。


 記憶が無くても人伝に聞く伝説の魔術師の祖父への畏敬の念は確かに紅蓮の心の中に根づいているのだ。


「色んな事情があるんだろうね。戦争では些細な事で戦況が変わるから」

「戦争じゃない。これは謀反だ」


 ようやく太平の世になったと思った矢先のことだ。

 やはり戦闘部族としての血は平和など求めていないのだろうか。

 五十年良く持った方なのかもしれない。


 フィルは部外者だ。


 あれこれいう権利もないし、意見するつもりも無い。

 ただ求められるがままに紅蓮に故郷の景色を見せるだけだ。


 だがそれでいいのか。


 見ることしかできない事に紅蓮が我慢できなくなる日は必ず来る。

 その時にフィルは戦乱で騒然としている場所へと向かう紅蓮を止めることはできない。

 故郷の現状を知らなければ紅蓮は家族からの連絡を待ちながらディアモンドで今まで通り暮らしていただろう。

 

 フィルが遠見の魔法を使わなければ。

 責任が無いとはいえない。

 すでに部外者ではなく関係者としては十分責任がある。


 戦況が良くなっていればいいと願っていたのは確かだ。

 街が前回より穏やかで跳ね橋が下りていて、商人や住人が歩いていれば……。


 だが故郷から手紙が来ない以上改善されているはずは無く、戦争が終息へと向かっているという淡い期待を抱きようがないわけで。


 結果。


 紅蓮の瞳には動揺と迷いが浮かび、硬く握られた拳が押えている膝が今にも動いて故郷へと向かいそうな程になっている。


 だから魔法が嫌いなのだ。


 期待して裏切られる。

 可能性を信じたいのに、それを上回る力で絶望をフィルに突き付けるのだ。


「ごめん。紅蓮」

「仕方ない……。フィルのせいじゃないからな」


 違う。

 フィルのせいだ。


「また、頼むかもしれない。そん時はよろしくな」


 嫌だとはいえなかった。


 だから繋がりを断ち切って笑って手紙を返し「早く、戦争が終わればいいね」とだけ。

 紅蓮は真剣な顔で頷き立ち上がると「じゃあな」手を振って出て行った。

 フィルは無力を痛感して天井を見上げて目を瞑る。


 鼻の奥が傷んだが涙は出てこなかった。


 もう。

 涙は枯れたのだ。


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