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魔法学園フリザード  作者: 151A
東方の魔術師
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失ったもの

新章「東方の魔術師」スタートです。

ノアールと紅蓮の出会いから始まります。

この章から紅蓮とフィル目線の話が入ります。

続けて見てくださる心の広いあなたに感謝して。



 ディアモンドの街は南に港を持ち、その湾に流れ込む川によって中央から半分に分かれていた。

 その川の上に建築された王城の東側にあたる部分は旧市街と歓楽街、住宅街、宿場町と続き、となり街のリストから街道が真っ直ぐ通っている。


 王城の北側には開発区とスラム街が並び、川を挟んで向こう岸に騎士団の詰所があった。


 そして木々に囲まれた広場には魔法使いギルドと魔法学園へと転移する魔法陣(学生たちや住人は登校用魔方陣と呼んでいる)が。

 広場の横には知識の通りと下宿街が広がり、職人街と市場、倉庫街が街の東側に広がっている。



 リッシャ・ラウル・紅蓮がバイトを始めたのは魔法学園の二年に進級してすぐのことだったらしい。


 厄介事万請負所。

 何でも屋と呼ばれる仕事。


 年寄りが無くした眼鏡を探して街中を走り回ったり(結局家で見つかったりする)、浮気調査だったり、迷い猫を探したり、となり街へ荷物を届けたり、商人の荷馬車の護衛をしたりと本当になんでも引き受ける。


 冬休みに紅蓮はリストまで荷物を運ぶ仕事を与えられて出発した。

 紅蓮はもともとディアモンドの住民ではなく、学校に通うためにこの街へと三ヶ月の長旅をして来ている。

 だから初めての旅ではないし、リストは徒歩で二、三日ぐらいの距離だ。

 道中に山賊が出るわけでもなく、気を付けることは掏摸スリや引ったくりぐらいだった。


 それなのに紅蓮は戻らなかった。

 一週間たっても、一ヶ月たっても。


 紅蓮はリストに荷を届けてすぐにディアモンドへと帰って行ったというリストの街人の証言を最後に忽然と姿を消していたのだ。


 捜索のために魔法学園も国も様々な手段を使ったが行方は分からず、死体も見つからなかった。

 国や学園側は諦め大々的な捜査もされなくなり、一学生の失踪事件など賑やかな王都の人々の日々の生活の中では忘れられていくのも道理で。


 だが。


 消えた時もいきなりだったが帰ってきたのも唐突だった。


 紅蓮は三学期が終わり、夏休みの半ばほどになってディアモンドに戻ってきた。

 旅に出た時の服装は八ヶ月の間にボロボロになり、赤い髪は伸び放題、顔も真っ黒に汚れて。

 衰弱しきった様子の紅蓮を門番が保護して名を尋ねたが、ぼんやりと首を傾げるだけだった。


 その門番が八ヶ月前に紅蓮を捜索する仕事に参加していたのが幸いした。

 もしかしてと魔法学校へと連絡が入り身元が確認されたのだから。


 もし門番が非番だったら――紅蓮は身元の分からないまま違った人生を送っていたかもしれない。

 そう考えるとちょっと複雑だ。



「よう。紅蓮」


 夕食を食べていると三年生の寮生が声をかけてきた。

 どうやら紅蓮のクラスメイトだったらしいが残念ながら覚えていない。

 現在紅蓮は二年生をもう一度やっているのでクラスメイトではないのだ。


 青い瞳を上げて目だけで挨拶をして食事を続ける。


 この学校の良い所は食事が美味い所だと思う。

 学食も寮の食事も美味い。


 今日の献立は鶏の照り焼きにジャガ芋を蒸かした物、野菜たっぷりのスープに籠いっぱいのパン。

 紅蓮の食べっぷりが気に入ったのか、寮の食堂を切り盛りしているおばちゃんはいつも大盛りにしてくれる。


「なにか思い出したか?」


 気さくに喋りかけてくれるが紅蓮にはどれほど親しかったのかどうか解らない。

 その親しげな笑顔も口調も今の紅蓮にではなく、以前の紅蓮に向けられている物。

 だから首を振ってパンを頬張る。


「なんだよ。まだかよ。あれから三ヶ月も経つのに」

「悪いな」


 左手でスプーンを使い口に運ぶと、元クラスメイト不思議そうな顔をする。

 その視線を受けながら、自分の右肘を意識した。


 どうやら紅蓮は記憶を失う前は右利きだったようだ。


 覚えてはいないが右肘が折れて処置をしないまま放置していたらしく変な形になっている。

 その間に左手を使っていたのだろう。

 今では両利きになっている。


「ちゃんと動く」


 右手を差し出して元クラスメイトの鼻先に延ばして、軽く握ったり開いたりして見せる。

 呆れたような大きなため息をつかれ指の股や手のひらに生ぬるい空気が当たって気持ちが悪い。


 早々に引き戻しズボンでこっそりと拭いた。


「前から能天気な奴だったけど変わんねぇな」

「そうか?」

「普通は記憶が無いって焦るもんだと思うけど。それから不安とか感じないわけ?」

「……う~ん」


 首を捻りながら紅蓮は鶏肉を咀嚼する。

 最初は焦りや不安を感じているかどうかを真剣に考えようとしていたのだが、あまりにも口の中に広がる肉汁の旨味と香ばしさが全てを塗り替えていく。


 飯を食いながら難しいことなど考えたくもない。

 できれば食事に集中させてほしいというのが本音である。


「美味い!おばちゃんの絶妙な焼き加減、そして塩加減!こりゃ最高すぎるだろ」

「……やっぱり変わってんな」


 会話にならないと諦めて元クラスメイトは立ち去って行った。


 変わってないのか変わってんのかどっちだよというツッコミは心の中に留めておきながら目で追っていると風呂場の方へと歩いてく。


 これで安心して食事に集中できる。


 食堂は紅蓮が最後なのかおばちゃんは片づけを始めていた。

 育ち盛りの多い男子寮では早目に食堂へ食べにくる者が多い。

 だが敢えて紅蓮はみんなが食べ終わり部屋に引き上げる頃を目掛けて降りてくる。

 おばちゃんは紅蓮が食べる分はちゃんと取っておいてくれるし、残り物を余計に出してくれたりもするからだ。


 記憶を失っている紅蓮を好奇心で構ってくる連中にも少しうんざりしていたし。


「あの……まだ大丈夫ですか?」


 食堂の入り口に細い少年が立っていた。

 紫の長い髪を首の後ろで結び、通った鼻筋の上に眼鏡をかけている。

 髪の前髪と右横の一部が銀色をした不思議な少年。


「ああ。また勉強してたのかい?しょうがない子だね」

「……はい」


 おばちゃんが片付けの手を止めて皿に盛っていく。

 それを待ちながら少年は持っていた本を立ったまま読み始めた。

 木のトレイに乗せてカウンターに置かれても本に夢中で気づかない。

 おばちゃんはやれやれといった顔でチラリと紅蓮を見た。

 仕方がないので「おい」と声をかける。


 だが顔を上げようともしない。

 聞こえていないようだと紅蓮は頭を掻いて立ち上がると少年の手から本を取り上げ、代わりにトレイを持たせた。


「あ!?本っ」


 持たされたトレイより奪われた本の方が気になるようで右手が本を追った。

 その瞬間トレイが斜めになりスープの入った木の椀が端まで滑る。


「おいっ。危ない」

「わわっ」


 ようやくトレイに意識が戻り少年は慌てて右手を添える。

 ふうっとため息をついてから紅蓮は「食べ物を粗末にすんなよ」と意見した。

 少年も反省しているのか俯いて頷く。


「おばちゃんの料理は美味いんだ。それを粗末にするようだったらオレが許さないからな」

「ありがたいねぇ」

「オレは嘘とか世辞とかいわない。美味いから美味いっていうんだ」


 真剣な紅蓮の言葉におばちゃんも嬉しそうだ。

 少年も神妙な顔つきで聞いている。

 だから満足して紅蓮は席に戻り食事を再開すると少年もおとなしく紅蓮の正面に座った。


 少年の皿の上にはジャガ芋を蒸かした物とスープしか乗っていないのに今更気づいて紅蓮は驚いた。

 もしかして紅蓮がいつも多めにもらって食べているのは少年の料理だったのかもしれない。


 だが少年は籠のパンを手にとって文句もいわずに食べている。

 なんだが申し訳ないような気がして食べかけの皿を差し出してやると少年は悲しそうに目を伏せて拒絶した。


「肉、嫌いなんだ」

「はぁ?」


 よく見ると少年は青白い顔をしている。

 健康そうとはいえないし、体力もなさそうだ。

 筋肉どころか余分な脂肪すらついていない。


 反対に紅蓮は食べるだけでなく身体を動かすのも好きなので、知らない間に剣術や体術に向いている筋肉や柔軟な腱が育っていた。

 肌も陽に焼けて健康そのものだし。


「そんなんじゃ大きくなれないぞ?」

「脳に栄養がいけばそれでいいんだ。あんまりお腹いっぱいだと眠くなるし」

「脳味噌より身体だろ?脳で生きているわけじゃないんだ。身体あっての脳だろ」


 目を丸くして少年は紅蓮を見た。

なにかおかしなことでもいったかと閉口したら少年は眼鏡を押えて考え込む。

 そのまま動かなくなったので具合でも悪くなったのかと心配しだした頃ようやく顔を上げて「そういう考え方も一理ある」と呟いた。


「そんなことで時間使うより食べたほうがよくないか?」

「それも一理ある」

「……変わってらぁ」


 紅蓮も皿を引き戻して食事を続けた。

 お互いに食べ終えたあたりで目の前の少年に興味が湧いているのを自覚した。

 紅蓮に関心が無い辺りが気に入った。

 あれこれ問い詰められたりしない居心地の好さがある。


「オレ、リッシャ・ラウル・紅蓮。二年生」

「……ノアール=セレスティア。一年生です」


 少年はノアールと名乗り唇だけで微笑んだ。

 紅蓮も笑って「よろしくな」と手を差し出した。

 無意識に差し出したのが左手だったためノアールが一瞬困惑したので慌てて右手と入れ替える。

 おずおずと握り返しながら「リッシャさん?」と確認してきたので「紅蓮ってみんな呼んでるから」そう呼んで欲しいと答えた。


「紅蓮って名前変わってる……東方の出身?もしかして」

「そう。よく解ったな」


 正直に答えるとノアールは瞬きをしてからはっとなにかを思い出したように口を噤んだ。

 その隙にトレイを二つ手に立ち上がりカウンターへと運んだ。

 いつまでも愚図愚図していてはおばちゃんの仕事は片付かない。

 美味しい食事を作ってくれる人は大切にしなければならないと紅蓮は思っている。


「おばちゃん御馳走様。いつも通り美味かった」

「ありがとうね。そういってくれるのは紅蓮だけだよ」

「みんなもっと敬意を表すべきだな」


 あははとおばちゃんは笑ってトレイの上の食器を手早く重ねて運んでいく。

 その太い腕を動かし、横に張った腰を揺らしておばちゃんはきびきびと働き片付けていった。

 紅蓮は風呂にでも入ろうと出口へと移動しかけて、ノアールが未だそこに座っているのに気付き「どうした?」と呼びかけた。

 ノアールは思いつめた表情でこちらを見て恐る恐るというような口調で「東方の魔術師」と呟く。


 その言葉に紅蓮は目を見張った。


 まさかノアールがそのことを知っているとは思わなかったのだ。

 大陸の東のはてでは有名なその名前もこの土地では無名といえる。


「お前……どうしてそれを」

「この前読んだ本に東方の国のことが書かれてた。そこでは一つの玉座を求めて何十年も何百年も戦争をしていて、王が立ってもすぐに倒される中で混乱を極めた長く辛い戦乱時代を止めた者がいた。それが東方の魔術師と呼ばれる人」


 現在玉座についている帝王は北寄りの平原に生まれ、若き頃から武に優れ、勇敢で統率力もあった。

 近隣の町や村を吸収しながら勢いを増し、やがて強大な帝国を築くまでになった。

 今は豊かな国力で平和を手にしている。


 その帝王に力を貸したのが東方の魔術師の異名を持つ紅蓮という男。

 賢く、自在に炎を操るというその男がいなければ帝王が玉座に着くことは難しかっただろうともいわれている。


 それが五十年前の話。


「オレは残念ながら賢くも無ければ炎も満足に操れないけどな」

「やっぱり!紅蓮はあの魔術師の血筋なんだね!?」


 興奮した声でノアールは紅蓮に駆け寄りうっとりと見上げてくる。

 そういえばとテーブルに置き去りになっていた本に目をやると「基礎魔法演習応用Ⅱ」のタイトルが見えた。

 熱心に読んでいたことといい、遠い東方の国の魔術師のことを知っていることといい間違いなくノアールは魔法狂いだ。


 若干興味が冷めるのも仕方がない。


 紅蓮は魔法を学びに来たにも拘らず一向に身に着かないし、才能が無いのもここ三ヶ月で解ってきていた。

 故郷から送られてくる手紙を見て感じるに年の離れた弟の方に素質があるようだったので、そっちの方は弟の方に任せようと勝手に考えていたのだ。


「じいちゃんがそうだったみたいだ。紅蓮という名前は長男が継ぐべき名前らしいから、才能ある者に与えられる名前じゃないらしい。故郷ではオレはリッシャって呼ばれてるそうだから」


 故郷で紅蓮という名前は崇められ、恐れられている。

 そのものの名前を付けることは直系の長男にしか認められておらず、あやかりたいと思う親は子に紅と蓮の字を与えているとか。


 紅蓮の名を持っていると知られたらあっという間に人込みの山が出来上がり、もみくちゃにされるというから恐ろしい名前である。

 家族の中ではその名は長男という意味でしかないのだが周りはそうは思わないらしい。


 怨むべきは才能あふれる祖父の紅蓮。


 因みに祖父の長男である紅蓮の父親も紅蓮の名を持っているので、この地で自分が紅蓮と呼ばれるのもなんだかおかしな気もするが。


「すごい。羨ましい」

「そうか?そんなことこの国でいうのはノアールだけだ」

「ねえ、どんな人?」


 期待のこもった視線に紅蓮は頭を振った。

 残念だが記憶にない。

 まだ元気らしいが現在幾つで、どんな顔なのか。

 背も高いのか低いのか解らないのだ。


「もう……亡くなられている?」

「違う。オレは記憶が無いから。知らないか?去年バイトでリストまで荷を届けに行ったまま帰らなかった生徒がいたの」

「あ……聞いたような気もする」

「それオレだから。八ヶ月行方不明の間に記憶をすっかりどこかに置いてきちまって。だから英雄であるじいちゃんのことも覚えてない。元気だって手紙には書いてあったから生きてはいる」


 まさか寮で生活しているのに知らない者がいたとは驚きだ。

 誰もノアールに噂の人物を教えなかったらしい。それよりノアールに興味が無かっただけなのだろうか。


 紅蓮に関心が無かったのも頷けた。


「そうか。紅蓮のことだったのか」


 細い顎に手を添えて納得したように頷きながら紅蓮と一緒に食堂を出ようとしているノアールに「本忘れてる」と教えてやると青い顔で慌てて取りに戻った。

 大事そうに抱えて駆けてくる姿を見て再び「変な奴」と笑った。


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