未来へ⑦
「それとこれと、えっとあれもください」
日持ちのする焼き菓子を扱っている店で売り子の若い少女が笑顔で、いわれるがまま商品を袋の中へと入れていく。
店舗の奥の方は生菓子や焼き菓子を食べるためのテーブルとイスが置かれていて、デュランタの女子たちが語らいながら楽しそうに甘い物を口にしている。
「リディそんなに買ってどうすんのさ?」
「紅蓮とフィルにお土産。それからお祖父さまにも」
呆れ顔のセシルにリディアは平然と答える。
父と母と兄、マーサにはラティリスで購入していたから今回は三人分だ。
「紅蓮とフィルの分はラティリスでも買ってたよね?どれだけ買えば気が済むの?」
「だって。もっと買おうと思ってたのに、エメラルドに乗せられなくなるからって止められたから仕方なく」
来られなかった紅蓮とフィルには沢山買って帰ろうと決めていたので、他にも別の店を覗こうと思っていたぐらいだ。
そう伝えるとげんなりした顔で「付き合ってらんないよ」と頭を振られた。
「船の場所は分かってるから、ひとりでも平気だよ」
「……リディ。分かってない。全然分かってない!」
「はいはい。じゃあ次行くよ」
支払いを済ませてリディアは店を出る。
ぶつぶつ文句をいいながらもセシルは隣を歩いてついてきてくれた。
荷物を先に船に預けて出航までのあいた二時間をデュランタの街で土産を買うために歩いている。
「色々あったけど楽しかったね」
「ま。そうだね。退屈はしなかった」
「ルーサラさんもフィリエスさんも最後は笑顔で送り出してくれたし」
「伯爵もね」
「そうそう。笑うとノアールのお父さん可愛いくてびっくりしちゃった」
ラティリスの屋敷を辞する時に玄関でルーサラとフィリエスだけでなく、忙しいヴィンセントまで挨拶に来てくれたのだ。
またおいで。
そういって微笑んでくれたヴィンセントに心が温かくなったのを今でも覚えている。
「伯爵を可愛いって、いい度胸してる」
「あ。失礼だったかな?」
「ま、いいんじゃない?誰も聞いてないしさ」
「それよりケインさんと最後まで会わずに済ませちゃって、セシル良かったの?」
「は?良いも悪いも。どうしてそこであの白騎士の名前がでてくるのさ?」
「だって。お世話になったんでしょ?」
「世話になった?冗談じゃない。こっちは足手纏いになられた挙句、裸まで見られて」
「はっ、裸っ!?なんで?どうして!そんなことっ」
「水浴びしてたら覗かれただけだよ。どうも男だと思ってたらしくてさ」
「だって、だって」
思わず立ち止まりセシルを頭から足の先まで眺める。
確かに女らしい曲線は少ないが、脚などは長くてきれいでリディアには羨ましいぐらいなのに、それを男だと思っていたとは。
「ケインさん見る目無い!セシルはこんなに素敵なのに」
「ありがとう。分かる人だけ分かればいいんだよ。ほら、次はどこ?」
「あ。ルーサラさんに教えてもらったお店がその先の角にあるから」
促されて再び歩き出す。
見られたといっていたけどどこまでだろう?
ふと気になって「ねえセシル。見られたのは上だけ?」と尋ねれば「いや。多分全部だね」と簡単に答える。
「ちょっ!ちょっとセシル。それは、ケインさんに責任とってもらわないと!」
「責任?いいよ。別に。減るもんじゃなし。見るぐらい」
「それはなんか男の人の側の言い訳みたいな――って、違うでしょ!セシル。わたしに自覚が無いとかいう前に、セシルも自分が女だってこと忘れないでよ」
「んー……。忘れたことは無いけどね。リディは簡単に見せないように気を付けてね」
「見せないよ!」
「ほらほら。ここじゃない?」
リアトリスの羊毛から作られた織物を売っている店だ。
この店は質がいい割に値段が安いので土産に悩んだらどうぞと勧められた。
入口の横にある窓には木彫りの羊にもこもこの羊毛をくっつけた可愛らしい人形が置かれていて、入る前から素敵な物を扱っているかもしれないと期待をさせてくれる。
真鍮の把手を握って開けるとカウベルのような音が頭上で鳴り、見上げれば扉の上部にベルが点けられていた。
「いらっしゃいませ」
感じのいい若い女性がレジの所から顔を上げて出迎えてくれる。
扱っているのは織物だけでなく、羊毛を使って作られた人形やおもちゃなども置いてあり自然と笑顔になりそうな商品がたくさん置いてあった。
「次は誰のを買うの?」
「紅蓮とフィルと――」
「分かったもう聞かない」
「そうして」
リディアはぐるっと店内を歩いて回り、入口近くにあった人形の所に戻る。
そこには入口で飾られている羊の人形を小さくして頭部に革紐が着けてある物が山積みされていた。
そこから七つ選んで女性のいる場所まで持って行き支払いを済ませる。
「ありがとうございました」
笑顔でやり取りを終え荷物を抱えてセシルの元へと戻ると「金銭感覚おかしいんじゃない?」と皮肉られた。
「うん。そうかもしれない。でも記念に買いたかったから。はい、これセシルに」
さっき包んでもらった袋を開けて中からひとつ取り出して渡すときょとんとした後で「あたしに?」と聞いてくるので頷く。
「わたしとセシル、ノアール、ヘレーネにライカ、紅蓮にフィルの分で七つ。みんなでお揃い」
受け取った後で不思議そうに羊を見ていたセシルが困ったような顔で「ありがと」と答えたので不安になった。
迷惑だっただろうか?
「返品不可だからね!」
不安に思う気持ちを押え込んで強引に押し付けてリディアは先に店を出る。
続いて出てくるセシルを横目で確認しながら、そろそろ船に戻ろうかと港の方へと意識を向けた。
「セシル?」
たった一瞬だったのに振り返ったその先にセシルの姿が無っていた。
まずい。
さっきまでのやり取りの中でリディアが決定的な失敗をした。
それがなんなのか分からないけれどセシルに姿を眩ませる決意をさせてしまったのは確実だ。
「探さないと!」
だがどこを探せばいい?
デュランタはそう広くないが人口は多く、人々が道を歩いている。
人混みに紛れられたら背の低いリディアでは見つけられない。
それに道を逸れて路地に入られたら、住民ではないリディアにはお手上げだ。
それでも。
「見つけなきゃ!」
店の扉を開けて荷物を置かせてもらえるように頼み、リディアは駆けだした。
港とは逆方向。
街中に行けば行くほど人は多くなる。
「セシル!どこ?セシル!」
人にぶつかり謝罪しながらキョロキョロと視線を彷徨わせ必死で探す。
十字路に出てどちらに行くか迷い、決められずに途方に暮れていると「リディア?」と名を呼ばれた。
役所のある道から港の方へと向かう道を真っ直ぐこちらへと歩いて来ていたノアールがリディアを見つけ立ち止まる。
ノアールは書類などの手続きをするためにルーサラの居住していた屋敷に行っていて別行動をしていたのだけどいいところで会えた。
泣きそうになるのを堪えてセシルがいなくなったことを伝えると「いつもの気紛れじゃないの?」とノアールは首を傾げた。
「違う。わたし、セシルを困らせるようなことしちゃったみたい。でもそれがなんだか分からないの。ディアモンドに一緒に帰りたくなくなるようなことしたつもりは全然ないのに」
「分かった。一緒に探そう。こっちには来なかったから、市場の方に行こう」
街外れの方ではなく市場の方の道を選びセシルを呼びながら探した。
「いないな」
「どうしよう。街から出る道だったのかも」
「いや……それは無いと思う。セシルは僕達がディアモンドに帰るのを見届けるはずだ。だからこっちに来てる」
言い切ったノアールには自信があるようで、それに頷くことで自分を落ち着かせる。
大丈夫だ。
きっと見つかる。
「ノアール院生になったら人探しの魔法を作ってよ」
「それ、多分もう開発されてるんじゃないかな?」
「そうなの?じゃあその魔法今すぐ欲しい」
「魔法なんか使わなくても、見つかる。ほら!いた」
ノアールが指差した場所に目を凝らすがそこに見慣れた薄緑の髪を見つけることは出来なかった。
人混みに紛れたのか、リディアが小さすぎて見えないだけなのか。
「行こう」
肩を叩かれてリディアはノアールと共に走り出す。
人の背中や腕に阻まれて中々進めないが少しづつ距離は縮まっていると信じて。
「セシル!」
少し前を行っていたノアールが手を伸ばして誰かの手首を掴んだ。
顔を見てはいないのにその手だけで相手がセシルだとリディアにも分かった。
一部分だけで誰か分かるほど、自分にとって大切な人になっているのだと痛感させられて苦しくなる。
「うわっ!」
急にノアールが悲鳴を上げて上半身を仰け反らせた。
掴んでいたはずの右手が狼狽えたように唇を隠している。
「大丈夫?ノアール、なにが」
「なんでもない!そこの路地に入った。追うよ」
耳まで赤かくしてなんでもないと誤魔化すので、きっとまたセシルがからかい半分でなにかをしでかしたのだろう。
気の毒だが今はセシルを追うのが先だ。
路地は一本道で少し薄暗く、人がすれ違うだけの余裕は無い。
少し先に軽やかな足取りで駆けていく見慣れたセシルの後ろ姿があった。
「セシル!待って!お願いだからっ」
懇願の声も聞こえているはずなのに止まってはくれない。
それどころが更に加速して路地をつきぬけて通りへと出ていく。
「運動能力でセシルには勝てない」
息を乱してノアールがリディアの少し先を走っているが、二人とも決して足が速い方ではない。
これでは追いつくのは難しい。
どうすればセシルは逃げ回らずに戻って来てくれる?
どうやって説得すれば一緒にディアモンドに帰ってくれるのか。
考えても分からない。
きっと泣いても駄目だ。
ではどうすれば。
「リディア?」
立ち止まったリディアをノアールが振り返った。
もうすぐそこに本通りが見えている。
セシルはその道を左へと向かった。
「追ってもセシルを捕まえられない」
大きく息を吸ってリディアはノアールを見つめる。
「セシルがどうやってフィリエスさんに飲ませた毒薬を無害な物に変えたかノアールは知ってる?」
「まだ、聞いてないけど。多分リディアにドライノス先生の薬を飲ませた時と似たようなことをしたのかと思ってる」
「あらかじめフィリエスさんの執務室にある鍵付きの引き出しから本物の“ラティリスの毒”とそれとよく似ている植物とすり替えておいた。だから調合して飲んでも効果は無かったんだよ」
「やっぱり、騙されてたのか」
「そしてそのフィリエスさんの“ラティリスの毒”。わたし持ってる」
「え?」
緑色のポンチョには内側にポケットがある。
そこからリディアは紙に包んだ乾燥した植物をノアールに見せた。
乾燥している植物などどれも同じように見えるが、それが“ラティリスの毒”ではないとはいいきれない。
「それ、本当に」
「さっき船に荷物を預けた時セシルの荷物からこっそりもってきたの」
「なんのために?」
「ただの好奇心」
「リディア、それ飲もうなんて考えてないよね?」
「考えてなかったけど、セシルに出て来てもらうにはこれしかないかなって」
「だめだ!」
ノアールが青くなって引き返してくる。
リディアはその前に紙の折り目の部分に植物を集め、口に入りやすいようにすると取り上げられないように背を向けた。
そして息を止めて紙の縁を唇に当てる。
「リディア!」
後ろから腕が伸ばされ、手首を押えられる。
逃れようとすると上から体重をかけられ動きを封じられた。
背中にノアールの胸が当たり、お互いの二の腕が重なって、掴まれている細い指と手は意外と強い力で華奢なノアールでも男なのだといまごろになって気づく。
「ノアール、ちょっと」
この状況を作り出した原因は自分だが、なにがどうしてこうなったのか。
ノアールは純粋に毒薬を口にしようとしたリディアを必死で止めようとしてくれているので変な下心は無い。
もちろんリディアも下心は無いけれどこの体勢はなんだか他人に見られればひどく誤解されてしまうような気がする。
ノアールの右肩からうなじでひとつに結ばれている紫の髪が流れ、リディアの耳と頬と鼻を擽った。
やばい。
なんか恥ずかしい。
「リディア、間違ってる、そんなの」
「間違ってるのはノアールの方みたいだけど?」
「へ?」
二人の声ではない声が路地に響く。
ノアールが腕を緩めて後ろを振り向いたので、くしゃみをしそうになっていたリディアはほっと安心する。
「そういう時は甘い言葉を囁いて、優しく口づけてあげなきゃ。さっきあたしがしたみたいに」
「あれは!いきなりセシルが顔を近づけてくるからで!」
反論する方に意識が行っているノアールの腕からセシルが戻って来てくれたことへの安堵感と、さっきまでの羞恥で力が抜けてずるりと地面に座り込んだ。
「あらら。リディには刺激が強すぎたみたいだね」
大丈夫?といつも通りの声音と仕草でセシルがしゃがみ込んで、ノアールの細い脚越しに笑いかけてくる。
地面に落ちた紙と乾燥した植物が風に飛ばされて消えていく。
「大丈夫じゃないよ!」
我慢していた涙がポロポロ零れてリディアは右手を伸ばしかけ止めて、改めて左手を伸ばしセシルを求めた。
ノアールが壁側に身を寄せてくれたのでセシルの顔が良く見える。
「ちょっとノアールのせいで泣いちゃったよ。どうすんのさ?」
「え?僕のせいって……なんかした?」
ぎょっとしてノアールは足元のリディアを見るが、もうそのことは触れずにそっとしておいて欲しかった。
それに泣いているのはノアールが悪いのではなくセシルがいなくなったからだ。
「違うよ。セシルが、急に」
「前の店でひとりでも大丈夫だっていってたのに」
しょうがないなあと微笑んで腰を上げると、突き出されたまま左手をぎゅっと掴んでリディアを引き上げてくれる。
「それとリディアがさっき飲もうとしてたやつ。“ラティリスの毒”じゃないよ」
「……知ってる。セシルがわたしの手が届く場所にそんな危険な物置くわけないから」
「だってさ。女って恐いね。ノアール」
「……また学ばせてもらったよ」
ああとため息と共に返事をしてノアールは先に通りへと向かって進み始める。
リディアはセシルと手を繋いだまま。
「さっきのお店に行って荷物取ってこなくちゃ」
「それなら急がないと船に乗り遅れるよ?」
「もうそんな時間!?」
慌てて通りを走って店に戻りお礼をいってから港へと向かう。
帆に風を集めて出航の準備が整った船が三人を待っている。
そして甲板から身を乗り出してヘレーネが手を振りその隣でライカが大きく手招きして「急げ」と急かす。
海鳥が鳴き、出航の合図の太鼓が鳴る。
青空に笑い声が吸い込まれて、これから訪れる未来と共にどこまでも広がって行く。
第二部のラティリスの毒がようやく終了しました。
想定していたよりも長くなりましたが、彼らの成長には欠かせない話だったので頑張って書き上げました。
頑張ることができたのは、ここまで付き合ってくださった優しいあなたがいたからです。
彼らの物語はもう少し続きます。
もし宜しければ引き続き見てくださると嬉しいです。




