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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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未来へ⑤


 ヴィンセントの執務室に鐘が九つ鳴る少し前にノアールは辿り着いた。

 そこにはすでにルーサラがいて「おはよう」といつも通りの柔らかな笑顔で挨拶をしてくれる。

 だが固く口を閉じてノアールは扉を閉めると真ん中より右端に立った。


「機嫌が悪そうだ」


 見えないはずなのに的確にノアールの様子を言い当てる。

 挨拶を返さなかったからだけではなく、空気や足取りなども器用に読み取って具合が悪いのではなく機嫌が悪いのだと判断された。


「僕は怒ってるんだ」


 強く憤っている。


 生まれてから今までこんなに強い感情が自分の中にあったのかと驚くほどに、ずっとノアールの心を揺さぶり続けているのだ。


「ノアールが怒るなんて、珍しいことだね」


 原因を問わずにルーサラは顔を正面に向ける。

 もうじき鐘が鳴り、ヴィンセントが来るだろう。

 フィリエスがまだだが、そう遅れずに入ってくるに違いない。


 もう逃げない。


「兄さん。僕は必ず、みんなが幸せになれる道を探す。絶対だ」

「ほんとうに珍しい。今日はなんて喜ばしい日なんだろう」

「僕は誰かが犠牲になるなんていやだ。そんな幸せ欲しくない」


 逃げてもその場しのぎにしかならない。

 解決されないままの問題は更に厄介な問題となって自分を苦しめる。

 それならば問題に向き合い、解決の糸口を見つければいい。


 ルーサラが空気を抜くように笑う。


「いいんだよ。ノアール。それでいい」


 鐘が窓の向こうで荘厳に鳴り、空気を震わせて時を告げる。


 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 心の中で数える。


 ルーサラがいったように今日を喜ばしい日にするのだ。


 ガチャリと音をたてて部屋の奥の扉が開いた。

 そこから出てきた父は少し疲れたような顔で執務机に近づき椅子に腰かける。


「……フィリエスがまだか」


 後継者を決める大切な時に遅れてくるほどフィリエスは愚かではない。

 なにかあったのかと不安に駆られて背後の扉を振り返ると、暢気なほど間延びしたノックの音が響いた。


 フィリエスならノックをせずに入ってくるはずだ。


 では。


「邪魔するよ」


 扉を開けてするりと入り込んできたのは薄緑の髪に琥珀色の瞳をしたセシルだった。

 後ろから困惑気味のリディアがついてきて、ノアールとルーサラの間に立つので「どういうこと?」と尋ねたが首を振られる。

 どうやら理由も告げられないまま連れて来られたらしい。


「フィリエスは来ないよ。伯爵にって預かってきた」


 机の前まで歩き、丸められた羊皮紙をヴィンセントに差し出す。

 受け取り広げ、目を通すと眉間に皺を寄せセシルを睨み上げた。


「フィリエスの筆跡だよ。偽者じゃないから」

「……間違いないが、無理矢理書かせたのではないと証明するには本人から直接聞かねば納得しかねる」

「無理矢理じゃないって。一緒に笑って楽しく考えて書いたから」

「父上フィリエスはなんと?」


 ルーサラが内容を聞かせてくれるようにせがむとヴィンセントは羊皮紙を持ち上げ読み上げた。


「私フィリエス=セレスティアは、後継者として最も相応しく信頼に足り、支えるに足る人物であるとルーサリマニタ=セレスティアを認め、ここに推薦し私の命と親愛をかけて周囲にも等しく認められることを心より望む」

「そんな!ノアールを推さずに、私を推すなど考えられない。これはフィリエスの本心では――」

「ちゃんとフィリエスにだって分かってたよ。ノアールが爵位を継ぐには優しすぎるって。ルーサラを推す事を拒絶しなかったし、文面通りルーサラは信頼できるっていってた」

「まさか」


 信じられないと首を振るルーサラを横目で見ながらノアールは一歩前に出て「父上。僕もフィリエス兄さんと同じ気持ちです。爵位は長男であり、デュランタを活気づかせ発展させたルーサラ兄さんが継ぐべきだ」と主張した。


 ヴィンセントが目をみはりノアールを見た。


 その緑の瞳に映る自分の姿が少しでも堂々としていたらいいと思いながら、その視線を見据えてもう一度「ルーサラ兄さんを僕は推薦する」と繰り返す。


「……なぜだ?なぜフィリエスではなくルーサラなのだ」


 自分たちで決めろといいながら、ノアールとフィリエスがルーサラを推すことに納得できないなんて。


 父への怒りが噴出して更に一歩近づく。


「父上。そのいい方ではルーサラ兄さんよりもフィリエス兄さんのほうが後継者として相応しいと思っているように聞こえますが?そう思っているのならどうして、自分達で決めろといわれたのか、納得できるように説明してください」


 動かないと思っていた父の表情が明らかに動揺し、言葉を失って黙る。


「ルーサラ兄さんにしかできないやり方で、僕はラティリスを変えて欲しい。住む人も訪れる人もみんなが幸せを感じ、笑顔になるようなそんな場所にして欲しいんだ。今のデュランタの街のように。そしてフィリエス兄さんも心から笑えるような場所に、ルーサラ兄さんならできる」


 みんな幸せになれる場所。


 簡単に作れるとは思ってはいない。

 理想や夢だけで世界は形作られていないし、それだけでは円滑に回らないのも分かっている。


 それでも願いはそこへ行きつく。


「父上のやり方ではフィリエス兄さんは幸せになれない。父上もフィリエス兄さんも間違ってる。僕が望むのは爵位じゃない。そしてルーサラ兄さんは立派な後継者としての権利を、資質を誰よりも持っている。それが分からないなんて父上は本当に僕たちを、息子を理解できてないんだ」


 理解できていないのはなにもヴィンセントだけが悪いわけでは無い。

 向き合おうとしなかったアールにも非があり、分かってもらおうと努力しなかったのも悪いのだから。


 それならば今からお互いが分かりあえるように少しずつ歩み寄ればいい。

 きっとまだ遅くは無いはず。


「僕がやりたいのは魔法を解明し、習得することだ。そして人のためになるような魔法道具を開発してフィライト王国に住むみんなが心地よく生活できるような仕事に就きたい。ディアモンドに戻ったら奨学金を申請して、学費と生活費はそこから支払う。これからはできるだけセレスティア家のためになるように人付き合いもするように努力するよ」


 やりたいことだけではなく、セレスティア家の子息としてできる最低限のことを王都ですることを約束する。

 領地から離れられない父や兄の為に、王都にいるノアールができる事は沢山あるはずだ。


 面倒くさくて嫌なことも多いだろうが、それが新しいラティリスの為になるのだと思えば我慢しよう。


「……反発は大きいだろう」

「父上。僭越ながら、爵位の件。どうか私を後継者として認めて頂きたく、今日は心を決めてここへ来ました」

「ルーサラ」


 言外に本気かと含ませて名を呼ぶとヴィンセントは膝を着き、頭を垂れるルーサラを驚愕の表情で眺める。


「私は自分の目が見えない事を理由に爵位を継ぐことを諦めていました。ですがノアールやリディアが私にもその権利があるのだと教えてくれた。私にしかできないことがあると信じ、その未来を見たいと切望されたら諦めていたはずの爵位を私自身欲しくてたまらなくなったのです。だから、どうかお許しを」

「どう、すれば――」


 思わず零れた声をヴィンセントは無かったことにしたいというように左手で口を押える。

 セシルが呆れ「伯爵が子供らに決めろっていったんでしょ?ノアールもフィリエスも、ルーサラ本人だって自分がやるっていってんだから。いい加減腹括って、後の面倒事は父親が引き受けてやるってなんでいえないのさ?」とバンバンと音を立てて机を叩く。


「きっと。誰が継ぐことになっても反発はあると思う。それなら一番みんなが幸せになれる未来を作り出せる人を選べばいいんじゃないかな」


 リディアも黙っていられなくて遠慮がちに述べる。


「後は父上が決断するだけだ」


 ノアールは祈るように父の判断を待つ。

 それはルーサラも同じ気持ちだったろう。


 長かったのか、短かったのか分からない。


 父はなにかを吹っ切るかのように一度瞠目し、次に目を開けた時にはいつも通りの冷たい相貌をした伯爵に戻っていた。


「いいだろう。ルーサラを後継者として認め、これより正式な文書を作成し王都へと送る」

「ありがとうございます」


 ルーサラは深く頭を下げてから立ち上がり、ノアールににこりと笑いかけてくれた。これから後継者としての人生を歩む兄に心から「おめでとう」と伝える。


 きっと平坦な道ではないがルーサラなら遣り遂げられると信じて。



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