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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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未来へ①


 扉が遠慮がちに叩かれてセシルは眺めていた植物の本から目を上げて返事をする。

 「ノアールだけど」と返された声に軽い興奮が感じられ本を閉じて立ち上がった。

 途中でリディアの寝室をノックしてノアールの訪問を教え、そのまま扉へと向かう。


「どうしたの?とうとう勇気を出してあたしの寝室ベッドへ夜這いをかけに来た?」


 開けてやると上気した頬とは対照的に唇が色醒めていた。

 身体に纏った冷たい空気からノアールが今まで外にいたのだと雄弁に物語っている。


「違うよ。それより話を聞いてくれるかな。決めたんだ」

「残念。あたしならいつでも迎えてあげるのに」

「ちょっと、真面目な話なんだから」

「はいはい。どうぞ。お姫様」


 身体を横にして中へと導くとノアールは背筋の伸びた姿勢で歩いて入って来た。

 その堂々とした姿とすっきりとした表情にセシルは苦笑する。


 ようやく心を決めたらしい。


「本当に決意するのが遅い、手がかかるお姫様だね」


 扉を閉めてセシルは暖炉の前のソファに座ろうとしていたノアールを座面越しにそっと抱き締めた。

 少し癖のあるふわりとした紫の髪から石鹸の香りがして、セシルの頬を擽る銀色の髪の感触も心地いい。

 抱き締める服から冷たさと湿気が感じられ、冷え切ったノアールの身体に自分の熱が少しでも伝わればいいとぎゅっと力を込める。


「セシル……。なんか、いい加減慣れてきた」


 嘆息共に吐き出された声は耳からだけでなく抱き締めている肩から腕へ、ノアールの胸骨の中で響いて背中越しにセシルの胸へと伝わる。

 身体全体でその声を受け止め苦笑した。


「つまんない反応」

「うん。反応したら喜ぶって分かったから」

「……温かい?」

「……まあね」

「あたしそんなに魅力ないかなぁ。自信無くす」


 十分にとはいかないが多少は温まっただろうと離れ、閉じた本を置いていたひとり掛け用のソファに移動し腰かける。

 ノアールも座りながら苦笑いし「別に魅力が無いとはいってないけど」と呟く。


「反応しないってことはそういうこと。修行が足りないらしい」


 全く以て自信喪失である。


 ノアールが渋面で「なんの修行なの……」と額を押えるのを自嘲の笑みで流した所でリディアが部屋から出てきた。

 寝室のクローゼットに置かれていたブランケットを二枚手に持っている。


「こんな時間になにかあったの?」


 不安そうな顔で一枚をノアールに手渡して、もう一枚をどうするか悩んでいたようなのでその手からそっと奪うと小さな肩にかけてやった。


「ノアールが話を聞いて欲しってさ」


 リディアはソファの上にあったクッションを手に厚い薔薇の絨毯の上に座ると話を促すようにノアールの方へ顔を向けた。


 ブランケットを膝にかけて人心地着いたのかゆっくりと微笑み、ノアールは眼鏡を押し上げて「決めたよ」とリディアを見てそれからセシルへと視線を動かす。


「僕はこの暗くて閉鎖的で威圧感が強いラティリスが苦手だった。そしてこの家も嫌いだった。ただ嫌がって逃げてばかりいて、この街のこと考えたことも無かったよ。でもリディアが『自分がもしここの住民なら』っていった時、初めて治める側の立場ではなく住む人の立場で考えてみたら、このままでいいのかなって」


 ちゃんと聞いてくれているのかと不安そうな顔でノアールがセシルとリディアの反応を窺う。

 聞いているという意志表示にリディアは頷き、セシルは瞬きで応えた。


「それで純粋に思ったんだ。変わって欲しいって。それは僕やフィリエス兄さんにはできない。きっと現状を維持するか、そこから発展させても大きく道を外れることはできないと思う。でもルーサラ兄さんなら僕たちが見ることができない未来へとラティリスを導くことができる。それはルーサラ兄さんにしかできないから」

「デュランタみたいに素敵な街にラティリス全部がなれたらきっと幸せだね」


 涙ぐんでリディアが笑う。


「目が見えなくてもルーサラ兄さんには未来のラティリスが見えているなら僕はその新しいラティリスを見たい」

「変革には反発も当然のように出てくるよ」

「でも変わることは悪いことばかりじゃないってみんなも分かる。特に住んでいる人たちならなおさら」

「……ま、簡単じゃなくてもルーサラならなんとか遣り遂げるだろうけどね」


 真っ直ぐな純度の高い瞳にセシルも折れる。

 それは本心からの言葉でもある。

 ノアールの意見に反対したいわけでもなかったので曖昧に笑った。


 心が決まったのなら後はどう行動するかだ。

 ノアールがルーサラを推す事を決めた所でルーサラはフィリエスを推し、フィリエスはノアールを推すのだから。

 滞りなくノアールの要望通りにルーサラを後継者にするには根回ししなければならない。


 それには少々乱暴な手も使わなければならないだろう。


「ノアール。短期決戦で行こう。今からノアールは伯爵の所に行って後継者を決める日を二日後に早めるようにお願いして来てよ。それから明日中にルーサラに自分が後継者になるって名乗りを上げてくれるようにリディが説得して」

「わたしが!?」

「そう。リディもノアールと一緒で、ルーサラに爵位継いでもらいたいんでしょ?」

「分かった。やってみる」


 前ならできないと駄々をこねていたリディアに「お利口さんだね」と頭を撫でる。

 眠れなくてもベッドに入っていたリディアの髪は結ばれておらず、鈴もついていないのでいつものようにチリチリという音はしない。


「セシルは?」


 ノアールに問われセシルが口角を上げてにんまりと笑う。


「あたしはフィリエスを攻める。どうなっても恨みっこなしだよ?ノアール」

「恨みっこなしってなにをするつもりなのか教えてよ」

「内緒」


 教えたらきっと止める。


「でも悪いようにはしないから。任せて」

「……う~ん。リディアの時の件もあるし、一応信用する」

「一応ってひどくない?」

「日頃の行いのせいだよ」


 リディアの明るい皮肉にノアールがその通りだと擁護する。

 ささやかな抵抗が可愛くてセシルは「ありがとう」と笑むと二人は面白くなさそうな顔をして首を傾げた。


「さあ。ほら。ノアールさっさとお父上の所に行って」

「分かったよ」


 追い立てるとノアールはブランケットを畳んでソファの上に置くと立ち上がる。

 なにをするのかやはり不安そうにセシルを眺めてくるが、それには笑顔で手を振った。


「じゃあ。ルーサラ兄さんとフィリエス兄さんは二人に任せたから」

「うん。頑張る」

「任せて」


 唇を引き結び、やはり来た時と同じように背中を真っ直ぐに伸ばし、ノアールは颯爽とまではいかないが軽やかな足取りで出て行った。

 リディアが「ノアールのためにできること精一杯しなくちゃね」と自分に言い聞かせるように呟き、強い光を宿らせてセシルを見上げる。

 その瞳に破顔して見せ「だね」と応えセシルは本を開くと再び眺め、これからの事に思考を働かせた。



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