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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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羽化⑩


 闇夜に沈むラティリスの街はまるで葬儀の最中でもあるかのように沈鬱で、重苦しい空気が霧となってねっとりと包みこんでいる。

 ノアールは冷たい風が吹き荒ぶ胸壁の上に立って、街を見下ろしぎゅっと眉を寄せた。

 背後をセクト鉱山とセレスティア伯爵の城が覆いかぶさるように聳え、周りを防壁に囲まれている街の姿は固く閉ざされたままに見えた。


 息苦しい。


 この屋敷と同じ空気が街にも流れている。

それは父であるヴィンセントが屋敷もこの街も治めているからかもしれない。


 朝早くから活動を始める工房がある地域は火が消え、静かに眠りについている。

 そして街の入り口にある宿場町の方は店先に明かりを灯し数少ない酔客と、あるかもしれない深夜の客を待っていた。


 住民の殆どの男は鉱山で働くか、工房で働く。

 女は鉱山の入り口にある飯炊き場で働くか、買い付けに来る客を相手にする店で働いている。

 どこの仕事も給金は高く、休みも週に二回与えられているから皆不満も少なく生活しているようにみえる。


 適度に満たされているからか――なぜだか活気が無い。


 ルーサラが治める以前のデュランタも同様に停滞した雰囲気の閉じた港街だった。

 それをわずか三年であれほど明るく活気に満ちた街へと変えられたなんて。

 住民たちの幸せそうな笑顔を見て北の民にもあんな表情が出せるのかとノアールは改めて認識した。


 間違いなくルーサラは領主たる素質を持っている。


 この街が、この屋敷が大嫌いだった。

 傲慢で、冷たく、威圧的で。


 それはずっと前から続いているのだろう。

 ノアールが生まれるよりも前から。

 きっとヴィンセントが生まれる以前からずっと――ずっと。


 それは決まりごとのようにラティリスを導く規範となっていた。

 これがあるべき姿なのだと、これが正しい事なのだと長い歴史の中で刷り込まれていたのかもしれない。


「ノアール様。熱心にご覧になっておられますが、なにか面白い物でもありますかな?」


 靴音を響かせ朗らかな声で話しかけてきたのはラティリスの騎士隊長のエリオットだった。

 父ヴィンセントの幼馴染で小さい頃から気さくに話しかけてくれる。

 人付き合いの苦手なノアールに根気強く対応してくれた優しき武人。


 胸当てとマントをつけた勤務中の姿で角灯を手に微笑むエリオットは、愛妻家でも有名で最近は年頃になった娘に嫌われていると悩んでいるとモリスンから聞いていた。


「……街を見てたんだ」

「代わり映えしない街です。今更眺めても新しい発見など見つけられないでしょう」


 横に並んでエリオットは嘆息と共に街を見下ろした。

 セクト鉱山から吹き下ろす風は体温を奪おうとしているかのように纏わりつく。

 筋肉に覆われた騎士は慣れているからか平然としており、軽く身震いしたノアールを横目で見て小さく笑う。


「でもそれを望んでいるんじゃないの?」


 変わらないのは現状に満足しているからではないのか。


「それは誰が、ですかね?」

「誰がって……みんな?」


 伯爵である父も、そして住民たちもそう望んでいるのだと思っていた。

 人は変化を畏れる。

 日々に不満が無いのなら尚更だ。

 だからノアールは疑問も持たずにいた。


 今までは。


「誰もがみな今よりもっと快適な未来を望みます。このラティリスの民も例外はありません。それとも王都に行かれてすっかりディアモントに染まり、北の民は冷徹人間で血や思考までも凍りついているのだろうと思われているのではありますまいな?」


 片目を器用につむり、茶目っ気たっぷりに問われノアールは口元に笑顔を刻む。


「エリオットおじさんも快適な未来を望む?」

「おお。まだ私をエリオットおじさんと呼んでくださるか。勿論、私とて騎士である前にひとりの男であり、親ですからな。妻や娘の為にもラティリスが豊かであればと願っていますよ」

「今でも十分豊かだと思うけど、更に望むの?」


 嬉しそうに微笑むエリオットに、その上を願うことへの呆れを交えた視線を送る。

 それを受け止めて騎士が静かに頷く。


「人は欲深い生き物ですから。欲に際限などありません」

「……騎士が言っても大丈夫なの?その発言」


 更に呆れさせるような発言を繰り返したエリオットは自らの胸を拳で叩いて残念そうに眉を下げた。


「それを胸に刻んでおかねば、もしもの時に遅れを取ってしまいますから。善良そうな盗人もいれば、親切な殺戮者もいるのです」


 なるほどと納得してノアールは二の腕を擦る。

 エリオットが「ここは冷えますからお部屋にお戻りなられた方がいい」と勧め、送りますと願い出た言葉を丁寧に辞退する。


「エリオットおじさん。僕達の中で誰が跡を継いだら嬉しい?」

「それは……私の口からはなんともいえません」


 当然である。


「じゃあ、もしルーサラ兄さんが爵位を継ぐことになったらどう?」


 質問を変えるとエリオットは顎を撫でながら少し考え、直ぐに破顔した。

 その笑顔に好感触の感情が窺えてノアールは嬉しくなる。


「そうですな。きっとラティリスもデュランタのように活気あふれる街になるでしょう」

「うん。きっとそうなる」

「ですが。フィリエス様が治めればラティリスはもっと効率的に、生産的に豊かになるでしょう。そしてノアール様が継げばなにやら面白げな街になりそうです。私にはどのラティリスも得難く望ましい未来だと思いますよ」

「面白げって……。そんな風にラティリスをしたくないから僕は辞退するよ」

「残念です」


 至極真面目な顔で騎士が呟く。

 彼の思い描く三者三様の未来のラティリス像が聞けて良かった。


 ノアールは大きく頷いて「決めたよ」とエリオットに笑いかける。

 眉を片方あげてなにを決めたのだと尋ねてくる父の幼馴染に「内緒」と「おやすみ」を返してノアールは胸壁を下りる階段の方へと向かった。


 後ろから見つめてくる優しく温かな視線を感じながら。




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