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魔法学園フリザード  作者: 151A
再会の呪い
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先生と美少女


 身支度を整え眼鏡をいったん外し、柔らかな布で綺麗に汚れを拭ってかけなおす。


 ちらりと窓の外を見るとローブはいらなさそうな陽気だったのでさて出かけようとドアを向いたタイミングでせっかちなノックが続いた。

 返事をするより先にドアが開いて真っ赤な髪を短く刈り上げた、身長の高い少年が入ってくる。


「よお。聞いたかノアール。昨日下宿街であった爆発騒ぎのこと」


 楽しげに細められた青い瞳は二重で意外にも睫毛が長く、陽に焼けた肌にがっしりとした肩幅。

 陽気な雰囲気と悠然とした足の運び方は隙だらけだが、腕まくりされ剥き出しになった手首から肘までの筋肉のつき具合を見れば生半可な腕力では勝てないと思わせるに十分だ。


「おはよう。紅蓮」

「おう」


 苦笑しながら挨拶をすると二年生の紅蓮は満面の笑顔で頷いた。

 そのままノアールのベッドまで歩いてきてドカッと音をたてて腰を下ろす先輩を見て、出かけるのを少し遅らせることにする。


「で、爆発って何?」


 話を促すと「それが大騒ぎで」と実に愉快そうに話し始めた。


「下宿街に暁荘あかつきそうって下宿があるんだけど、そこの二階の部屋に真昼間、火薬玉を放り込んだ頭のいかれた奴がいたらしい。しかもそのいかれた奴が魔法学園の生徒だっていうんで先生たちが大わらわだ。それにオレも行ってみたけど煙がすごいわ、野次馬も多いわで、とにかくすごい騒ぎ」


 下宿街というだけあって学生が多く住んでいる場所だ。

 しかも春休み中で部屋にいた者も多かっただろう。

 野次馬も相当の数が集まったに違いない。


 そういえば昨日は朝から紅蓮はバイトで街へと降りていて門限過ぎても戻ってこなかった。

 朝一番の開門と共に帰ってきたのだろう。

 多分寝ていないはずなのに疲れた顔も見せず、ノアールに昨日見た愉快な事件を聞かせてくれるその体力を分けて欲しいぐらいだ。


 こっちは昨日セシルにからかわれて食事も奪われた散々な一日だったのに。


「火薬玉って……火事にはならなかったんだよね?」


 さすがに火事ともなれば時計台の鐘とは違う警報の鐘が打ち鳴らされて、図書館に詰めていたノアールにも昨日の騒ぎに気付いていただろう。

 だがそんな鐘は鳴らされず、学園は静かに平和な昼下がりを謳歌していた。


 まあ先生たちは衛兵に呼び出され、その対処に大忙しだったのだろうけど。


「なんだか職人街の特殊な道具を作っている所の息子らしくて、火薬の取り扱いには慣れてるんだと。それで火は出ずに爆発と煙が大量に出るようにされてるって所長が感心してた」


 紅蓮は厄介事万請負所という所でバイトをしている。

 そこの所長はかなりの偏屈だが、王城の中まで顔が利くほど顔が広い。

 学園の先生にも名を知られているらしく、紅蓮は所長の機嫌を損ねないようにしっかり働けと釘を刺されているぐらいだ。


 ノアールはまだその所長と顔を合わせたことはないが紅蓮の話を聞いていると興味深いような、恐いような気がする。


 人使いは荒いが金払いは良いとは紅蓮の言葉だ。


「しかも暁荘に住んでたのも学園の生徒だったから学長まで呼び出されたってさ」

「学園長まで……!?」


 それは大事件だ。


 火は出なかったとはいえ爆発してしまえば窓は割れ、部屋も壊れる。

 とても住める状態ではないだろう。

 修繕するのも大変だろうし金もかかる。

 学生同士の喧嘩が原因ならば学園長にも責任を求められ、謝罪に慰謝料にと大変だ。


「最近一番の事件だな」


 浮き浮きとした顔で紅蓮が見上げ、ノアールがそれに微苦笑で答える。

 いつもこっちが見上げるばかりの顔を逆に見下ろす形で見ているのは不思議な感じだ。


 紅蓮の青い瞳は空や海の碧さとも違うし、冷たさを感じさせる氷のような澄んだ蒼とも違う。


 青い火のように熱く、力強い。


「ああ。出かけるんだったよな?悪い。邪魔して」


 話に乗ってこないのを察してか紅蓮が立ち上がりまた見下ろされる。

 頭を振ってから「急ぎの用じゃないから」と口にすると「そうか……」と笑顔を向けられた。


 二人して部屋を出て一階へと降りると紅蓮は食堂の方へと手を上げて去って行く。

 その背中をたっぷりと見送ってから玄関へと向かい扉を開けた。


 潮風と朝露に濡れた石段をゆっくりと上る。

 清々しい空気を肺に吸い込みながら、いつもの道をいつものように歩いて図書塔を目指すが春休み だから学生の姿は皆無で、校門もその向こうに淡い光を放っている魔方陣も静かだ。

 正面入り口から入るとちょうど二階から降りてきていた白衣の男と目が合った。


「おはよう。セレスティアくんは休みでも登校するんだね」

「おはようございます。アイスバーグ先生だって休みなのに出勤してるじゃないですか」

「私は医者だからね。寮生の健康にも気を配らなきゃいけないんだ。ところでちゃんと食べているのかな?あまり顔色がよくないよ」


 おっとりとしたアイスバーグは学園の医務室に勤務している医師だ。

 気安く喋り方生徒たちからは人気がある。

 それに若く美形であるため女生徒からは熱い視線を送られる先生でもあった。


「大丈夫です。体調は悪くないので」


 朝は低血圧なので弱いが、今日は不思議とすんなり起きられて調子も良い。

 顔色が悪いのは今に始まったことではないので心配されても困る。


 それには約図書塔へと行き早く暗示について調べたい。


「無理しないようにね。不具合が出たらいつでも医務室へおいで」


 それには素直に返事をし、ぺこりと頭を下げてから廊下を抜けて急ぐ。


 図書塔の前にはちょうど鍵を開けようとしていた長い黒髪の女性がいてノアールに気付いて振り返ると苦笑いされた。

 神経質そうな灰緑色の瞳と薄い唇、高く細い鼻。

 広く美しい額を出し、そこに赤い宝石のついたサークレットをつけている。

 女性のものとは思えないしゃがれた声で「おはよう」と挨拶したのは植物学の講師ドライノスだった。


「おはようございます。今日は先生が当番なんですか?」

「ああ。いつも頼んでいる子たちがみんな実家に帰ったり、親戚の家に行ったりで他に頼める子もいなかったからね。私では不満かな?」

「とんでもない」


 いつもは上級生が交代で図書塔の受付に立ち、整理や手入れをしている。

 探している本を一緒になって探してくれたり、時には勉強を教えてくれたりもしてくれる親切な上級生たちも春休みまでは面倒を見てくれないらしい。


 二週間しかない春休みに実家へと戻る生徒は少ない。

 ディアモンドから二週間で行き来できる距離にある生徒でも、ゆっくりできない急ぎの帰省は控える。


 ノアールは帰れる距離ではないし、例え帰れる距離だったとしても帰る気は無かった。

 三学期が終わると長期休暇になるが帰省しないだろう。

 故郷にいる兄たちの顔が浮かんだが、懐かしさよりも憂鬱な気持ちの方が勝る。


「入らないのか?」

「え……?あ、はい。すみません」


 いつの間にか図書塔の入り口は開かれて入ってこないノアールをドライノスが不思議そうに見ている。

 すでに受付カウンターの中で昨日の引き継ぎノートを確認して仕事を始めていた。


 他に誰もいない図書塔は埃と古い紙の匂いと共に静謐な空気と、ひんやりと冷たい感触でいっぱいだ。

 ノアールが動くと漂っている静けさが揺らぎ、残滓のきらめきが朝の陽射しの中で踊る。


 暗示に関する本は二階部分に相当する高さの棚に三冊あった。

 手早く抱えて一階へと降りて四人掛けの書見台に腰を下ろす。


「……暗示の本ね。一年生はまだ占星術や心理と精神に関する授業しかしてないはずだが。予習か?さすが学園の希望の星は違うな」


 紺色のローブが視界の隅に映り、顔を上げるとドライノスが興味深そうに本を手に取りノアールを揶揄する。

 灰緑色の瞳は本を広げてパラパラと捲るページの上をなぞっているが神経はこちらを向いているのが分かる。


「調べ物です。先生は暗示について詳しいですか?」

「専門ではないが一応学んできたから……きみよりは詳しいかもしれない」


 ドライノスも魔法学園で学び、卒業後に興味のあった植物学を習得するためにあちこち旅をし、珍しい植物の種や薬草を持ち帰り研究をしていた。

 その貴重な知識を欲して学園に講師として招き入れられたのだと聞いている。


「何が知りたい?」

「えっと……。解き方を教えてもらいたいんですけど、まずは暗示についての基礎知識が欲しいです」


 低く喉の奥で笑いドライノスは書見台に体重を預けるように浅く腰掛けた。

 「きみは真面目だ」と満足げに横目で見ると良いだろうとひとつ頷く。


「心理と精神の授業はもう受けたか?」

「二学期に半分。残りは三学期です」

「半分理解できているなら十分だ。それにきみは三学期の予習はすでに終えているだろうからな。暗示はそれの延長上にある」


 二学期に教わった心理と精神の授業は心が身体に与える影響や、深層心理について学んだ。

 環境が与える精神への影響、考え方、感情。他人からの態度や言葉による心の動きや、精神的揺らぎ。

 三学期には精神に及ぼす香りの効能や瞑想、精神を鍛える方法を学ぶ予定だ。


「暗示には信じさせ猜疑心を取り除き思い通りに動かす方法と、恐怖によって束縛する方法がある。暗示とは心に無意識のうちに観念を植え付けられた刺激だ。かけられたものが自覚することはまず無理だろう。簡単な暗示ならコツさえ押さえれば誰でも簡単にかけられる。だが」


 ドライノスが本を閉じて書見台の上に置く。薄く笑い「簡単な暗示はすぐ解ける」と囁くように続けた。


「基本的なかけ方は条件を提示して、それを守らなかった場合の脅しをして鍵となる言葉で暗示をかける。より高度な暗示をかけるとなればそれなりに技術や道具が必要だな」

「長期間暗示をかけることは可能ですか?例えば……六年間」

「六年。可能だろう。だが無意識に植えつけられた刺激が薄まらないよう、強い印象を対象者に残さなければならないだろう。一番効果的なのは恐怖や痛み。目に見える傷を残すことで対象者は忘れることが出来なくなる」

「その場合は対象者は暗示をかけられているという自覚はありますよね?」

「ふむ。余程未熟な者でもない限り暗示をかける際に言葉でうまく騙すだろうな。本人は呪われたと思う場合が多い」

「やっぱり……」


 リディアが誘拐された時にかけられたのは呪いではなく暗示かもしれない。

 その可能性が高くなってきた。


「暗示にはかかりやすい者とかかりにくい者とがいるが、自意識や世界の狭い子供なんかは簡単に暗示にかかる」


 ノアールは少し迷ってから「先生は再会の呪いってご存知ですか?」と尋ねてみた。

 怪訝そうな顔で「まじないではなく?」と聞き返してくるので「はい」と答えると首を振る。


「解く方法は暗示をかけた本人にしか分からないんですか?」

「いや。呪いと違って暗示は比較的簡単に解くことが出来る。かけられた時に使われた鍵となる言葉を思い出せばいい。でも六年間もそこから目を背けてきた相手に、それを直視して受け入れろというのは難しいんじゃないかな」

「先生」


 ドライノスの言い方はすべてを知っているかのような口ぶりだった。

 ノアールの顔が強張るのを無表情で女は見返して「優秀な使い手が新たな暗示で解く方法もあるがね」と呟き腰を上げると受付の方へと歩いていく。


「それは解いたとは言えないし、なんの解決にもならないだろう?」


 それっきりドライノスはなにも喋らず図書塔の仕事に戻った。

 こちらをちらりとも見ないので諦めて本に目を落とす。

 だが書いてある内容もドライノスが教えてくれた以上の情報を教えてはくれなかった。


 リディアに誘拐された時のことを思い出せということはあまりにも酷なことに思える。

 だが新しい暗示をかけることで打ち消すこともまた違うような気がする。


「これならまだ呪いの方が良かったかもしれない」


 頭を抱えてため息をつくと入口から騒がしい声と共に三人連れの少女が入ってきた。

 その中の一人がセシルだったので驚いていると、後ろに連れている少女二人に「ついてくるな」と文句を言いながら苛立っている姿も新鮮で思わず目を丸くする。


 ぽかんと声をかけずに眺めているとセシルが気付いて駆け寄ってきた。


「ノアール助けて!こいつらずっとあたしの周りをちょろちょろしてうるさいんだよ」

「助けるって……」


 セシルは書見台を回り込んでノアールの背後に隠れるようにして反対側に立つ少女たちを威嚇している。


 息を洩らして二人の少女を見てみるがどちらも見たことが無い。


 多分上級生だろう。

 同級生でも一年生でもないと判断したのはどこか落ち着いた雰囲気を醸し出しているからだ。


 華やかでどこか洗練された物を感じさせる少女たち。


「初めまして。私はヘレーネ。こっちはフィリー。よろしくね」


 ヘレーネと名乗った少女は月の光を紡いだかのような銀色の髪を結いあげて、花びらが幾重にも重なった赤とオレンジの花を硝子で象った髪飾りをつけていた。 

 精巧な作りは高価な物に見える。

 着ている真紅のドレスと細い肩にかけた淡いピンクのストールも同じく上質な物だ。

 色白の肌に薄く化粧をして、潤んだような紺色の瞳の高貴な家柄の美少女。


 紹介されたフィリーという少女も栗色の髪を三つ編みにし、華奢な体に趣味の良い桃色のワンピースを着て控えめに微笑んでいる姿は愛らしい。

 目が合うと計算されたかのような角度で会釈する。


「ノアール=セレスティアです」


 こちらも名乗るとヘレーネが嬉しそうに声を上げて書見台の向こうから手を伸ばしてくる。

 その細く美しい手がノアールの右手を掴むと両手できゅっと握り締めてきた。


「えっ!?ちょっと」

「あのセレスティア家の御子息とお近づきになれるなんて光栄だわ。しかもこんなに素敵な方だとは思ってもいなかったし」


 たじろぎ狼狽えるノアールを余所にヘレーネは可憐に微笑んでいる。

 セシルが背後から「へえ~。やっぱりノアールって良い所のお坊ちゃんだったんだ」と面白がってその話に食いついてきた。

 ノアールとしては家の話はしたくないし、して欲しくないのにヘレーネは「知らなかったの?」と驚いて瞬きをした後で嬉しそうに話し始める。


「セレスティア家は古くから北方の領地を治めている由緒正しい領主の家系よ。北方は寒冷で採れる作物は限られているけれど、豊かな鉱山から採れる宝石はどこの国よりも大きく美しい。それを細工する高い技術は大陸一と言っても過言ではないのよ。あと織物や良質の毛皮も有名ね」

「……家を継ぐのは兄ですから」


 柔らかい手の中から強引に自分の手を救いだし、三冊の本を持って立ち上がる。

 少女たちの方を見ないで本棚へと向かうノアールの後ろをセシルが追いかけてきてほっとしたように「やっと離れてくれた」と呟き笑う。



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