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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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羽化⑦


 邪魔だった騎士を追い払うことに成功したセシルは鼻歌を歌いながら三階の廊下を歩いていた。

 一階は右翼に食堂や厨房、大広間と客間が並び、左翼に客室と私室がある。

 薄気味悪い玄関にある仰々しい階段を登って二階はほぼ私室。

 ルーサラの私室と執務室、ノアールの私室もそこにある。

 三階は伯爵の執務室と書斎と会議室、大切な書類や資料が置いてあるらしい。


 完全に人払いがされているのか塵ひとつ落ちていない廊下には誰もいない。


 セシルだけだ。


 多分うろうろしているのを発見されたら速攻で摘まみ出されて、厳重注意を受ける羽目になる。


 できれば見つかるのならば伯爵に見つけてもらいたい。

 そのためにわざわざ三階まで足を運んだのだから。


 細長い窓が並ぶ廊下から胸壁とその上を歩く見回り騎士の姿が見えた。

 薄青い空に立ち昇る工房からの煙が何本も棚引いているのも分かる。

 熱心な職人が今日も美術品や装飾品を作っているのだろう。


 セシルは一番突き当りの扉の前に立つと軽くノックをした。

 流石に合図も無しに開ければ、疾しいことがあると判断され捕縛されてしまう。

 

 息子の友人とはいえディアモンドから来た素性の知れない人間であることには変わりない。

 応えは無いと思っていたら「入れ」とだけ短い返答があった。


「お邪魔しま~す」


 開ける前に声をかけ、把手を握って笑顔を作る。

 それから外側へと引っ張って開けると思いの外近くにヴィンセント=セレスティア伯爵の姿があった。


 入口の真ん前。


 つまりセシルの行く手を阻むように立っている。

 整った顔に目尻の上がった緑の瞳がギロリと見下ろしていた。

 襟のついたシャツとベストを着て、その上に紺色に銀糸の刺繍が入ったジャケットを羽織っている。

 白いズボンに黒の革靴。


 そして手には抜き身の剣。

 フィリエスが腰に下げていた物と同じ形状で細く長い。


「何者だ」


 誰何の声と共にセシルの喉元に冷たい感触が当たる。

 肌が粟立つ感覚に威嚇ではないのだと知るが、これも想定の内。

 ノアールは人を傷つけることなどできない腰抜けで甘い貴族の子息だが、広大な領地を預かる伯爵家の当主となれば武術の腕もそれなりの物だ。


 フィリエスの物腰も玄人の腕を持つ者だと分かる物だったし、ああ見えて盲目であるルーサラがゆったりとした服の下に武器を隠しているのも知っている。


「ご挨拶に伺いました」


 喋ると喉が動いて当てられた切っ先が刺さって痛い。


「セシル・レイン。ノアールのお友達だよ」


 得意の笑顔で名乗ると警戒していた顔を不機嫌に変え、斜め上からジロジロと頭の先から足の先まで検分する。


「……次のレインは女だと聞いているが」

「おや?ご存じで」


 ゆったりとしたシャツに細身のズボンを穿いているセシルは性別が分かり辛い。

 納得してもらうには見てもらうしかないようだ。

 焦らす必要も無いのでさっさとボタンを外して片方の前を肌蹴させる。


「正真正銘本物だよ」


 晒された白い肌もその膨らみも興味が無さそうに一瞥して一応は剣を引いた。

 満足してセシルはボタンを元通り止めながら中へと入る。


「何故レインが息子の友人としてここへ来る」

「ん~?暇潰しかな」

「次の獲物としてセレスティア家を狙っているのなら」

「ないない。安心して。あたしまだ根なし草だから」


 変な勘繰りをされる前に否定しておかないと面倒なことになりそうだったので苦笑いで首を振る。

 折角中へと入れて貰えたのに、ここでまた命を危うくしたくは無い。


「本物のレインが飽きるまで、あたしは牢獄に入れられてるだけだからさ」


 退屈で、窮屈で面倒臭い同じ年頃の子供たちが集められた場所。

 なにが楽しくてみんな好んで通うのか分からないが、邪魔だからと放り込まれたのだから仕方が無い。


「でもね。一応友人を思ってここまでは来てる」

「……ノアールでは物足りんだろう」


 己の息子を図らずとも酷評することになりヴィンセントは苦虫を潰したような顔になる。

 確かにその通りなので「まあね」と返す。


「あいつは知らぬうちに厄介な人物達を周りに集めているな」

「可哀相にね」


 “達”の中に入るのは勿論セシルとヘレーネだろう。も

 しかしたらライカも含まれるのかもしれないが。


 関わることになるとしたら碌なことにはならない人物ばかりではある。


「フリザード魔法学園は安全な場所だと思っていたが、そうではないらしい」

「お優しい伯爵は身を護る術を持たないノアールを安全な場所に置きたかった?」

「あいつが望んだことだ」

「“あいつ”ね」


 それを望んだのはノアールだけではないかもしれない。

 緑の瞳を眇めてセシルを睨むその仕草は誰かを思い出させる。


「伯爵とフィリエスは良く似てる」

「あまりいわれたことは無いな」


 次に怪訝そうな顔。


 確かに顔立ちだけでいえばヴィンセントとルーサラの方が似ている。

 だが表情を隠しても雄弁に語る緑の瞳は間違いなくフィリエスと親子なのだと主張していた。


「きっと思考も性格も似てるんだろうね」


 伯爵がリアトリスをフィリエスに任せたのはなんらかの思惑があってのこと。


 どうして反対派の多い場所へ派遣したのか。


 ノアールはラティリスに居る頃に随分命を狙われたはずだ。

 それにしては危機感が無く随分とのんびりとしているが、半分は諦めで半分は信頼していたからだろう。


 つまり、確実に守ってくれる相手がいた。


 それは目の見えないルーサラではなく、フィリエスだったはず。


 伯爵が庇えば後継ぎはノアールかと周りが勝手に解釈して動き出すのでそれはできない。

 今まで明確に断言してこなかったのは護るためだ。


「なるほどね。ディアモンドにラティリスからの刺客がこなかったのはそのせいか」


 故郷を離れている間の方がノアールの命を狙うのは容易いのに、不思議なことに彼の学園生活は平和だった。

 街をひとりで出歩くことも多いし、学園内でも基本的に単独で行動している。

 警戒していないノアールを殺すことなど他愛も無いはずだ。


「伯爵。フィリエスを人質に差し出したね」


 ノアールとルーサラの生家ステフィラム子爵の手にフィリエスを委ねることによって、フィリエスを後継者に担ぎ上げようとしていた者達の動きを封じた。

 遠く離れた王都に行ったノアールに手を出させないように。

 ノアールになにかあればフィリエスが弑され、子爵家もフィリエスを理由も無く手に掛ければノアールが危ないので迂闊には手が出せない。


 安全策というにはあまりにも脆弱で不安定だ。


「フィリエスがいい出したのだ」

「そうかもしれないけど決断したのは伯爵だ。フィリエスだけに責任を押し付けるのはちょっとひどいんじゃない?それに歯牙にもかけられず、当事者にされなかったもうひとりの後継者候補の気持ちはどうなるのさ」


 答えずヴィンセントは外へと視線を投げる。


「最低だね。それで自分では決められずに本人達に決めさせようっての?」

「……そうだ。私は最低な人間なのだ。そんなことは今更指摘されずとも解っている」

「あんたの息子たちが傷ついて苦しんでる。より良い未来を示してあげるのが父親としての仕事なんじゃないの?」

「レインに諭されるとは。お前の父は未来を示してくれたか?」


 唇を歪めてせめてもの抵抗としてか、出された言葉にセシルは破顔する。


「愚問だね」


 そんなこと尋ねられても答える義務は無い。


 たとえ輝く表の道ではなくとも、セシルに用意された道にはそれなりに満たされ、そして自由がある。


 それで十分だ。


「健闘を祈るよ。伯爵」


 手を振って扉を開ける。

 閉じる音はなぜか重く響いて、セシルの心を深く沈ませた。





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