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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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羽化⑤


 ジェンガが琥珀色の美しい茶を把手の無い小さな茶器に入れて出してくれた。

 白磁に青と紫の美しい小花が描かれたその茶器は薄く、少し力を入れただけで壊れてしまいそうな程だ。


「……良い香り。落ち着く」


 昂ぶっている神経がゆっくりと茶の香りで鎮められていく。

 ジェンガはちらりと微笑んでルーサラとノアールの前に茶を揃えると一礼してそっと退出して行った。


「実際問題として、ノアールは爵位を継ぐ気は全く無いのかい?」


 その気が無いのは常々いっているので知っているはずだが、今更の確認に首を傾げながら「ないよ」と答える。


 ルーサラは顎に手を添えてソファに背を預けた。

 笑みを消し、黙られると父と同じ顔なので胃がキリキリとするような痛みが走る。

 纏う空気が穏やかな分威圧感は無いけれど、柔らかな口調ではっきりと物をいう兄の発言は時折恐ろしい。


「……それでは学園を卒業したらどうするつもりだい?」


 卒業したら。


 ラティリスに戻らなくてはならないと漠然と思っていた。

 誰かがいったのではないが、そうしなくてはいけないとノアール自身が感じていたから。


 だからそう告げると兄は小さく笑って首を傾げる。

 いつも伏せられている目蓋を上げて灰色の瞳を真っ直ぐ向けてきた。

 閉じていた目を開ければ通常の眼は瞳孔が収縮するが、盲目のルーサラにはそれが無い。

 元は母と同じ碧色だと思われる瞳は輪郭がぼけてくすんだ色をしている。

 左右それぞれが違う方向を向いていて、その瞳がなにかを映すことはないと明らかに分かる異常な瞳を受け止められずノアールは視線を外した。


 兄は己の瞳が相手に不快感を与えることを知っているからこそ常に目を伏せ、目蓋を閉じている。

 ノアールもルーサラの眼をまともに見るのはこれが初めてで、どう対処していいか分からない。


「戻って来てなにをするのかな?」

「なにって」

「ふむ……言葉を変えようか。なにができる?」

「っ!?」


 見えていないはずの眼から視線を感じてノアールは怯えた。

 兄の眼はノアールの姿ではなく心の奥底を覗き込んでいる。

 弱く、脆く、暗い部分。逃げて、隠したい心の闇を。


「魔法学園で学んだことがここで役に立つかな?優秀な成績を収めて卒業し戻って来た所でセレスティア家にとって有益なことができるという自信はあるのかい?」

「そ、それは……」

「折角王都にいるのに、他の貴族との繋がりを持とうともしない。世情に興味も示さない。王がどのように国を治め、ディアモンドを発展させているのかも見ようともしない。ノアールはなにをしに行ったのかな?」


 大好きな魔法を勉強するためだ。


 そして煩わしい後継者問題から逃げ出すために。


 全て己の欲の為の行動で、セレスティア家の為になることをしようとか、学ぼうとか頭の片隅にもなかった。

 領地に納められる税や収入で自分は魔法学園に行かせてもらっているのに。


「私たちは無駄な投資をしている……とは思いたくないよ」


 そこでようやく目を閉じたルーサラがぽつりと呟いたあと、細く長いため息を吐きだして自虐的な笑みを浮かべた。


「すまないね。少し八つ当たりをしてしまった」

「そんな……」

「私はラティリスから出ることができない。だからノアールには色んな経験をして、沢山の物を見て欲しい。行きたい所には何処へでも行って欲しい。ノアールは自由なのだから」


 自由。


 フィリエスがいっていた。


「でも、自由には責任が生じるって」

「その通りだね」


 簡単に責任というがそれは重く、一体どんな方法で負わねばならないのか。

 ノアールが今まで享受してきた自由への責任。


 後継者の役目を放り出しフリザード魔法学園へ入学したこと。

 武術を学ばなかったこと。

 貴族としての在り方、領地の治め方、他者との繋がりの放棄。


 全てノアールが望み選択したことだが、それに対する責任の取り方など考えたことも無く解決策も思いつかない。


「どうやって」

「考えてごらん。逃げずに、ちゃんと」

「できるかな……」


 不安で思わず漏れた弱音をルーサラは微笑んで和らげる、


「できるよ。少なくともリディアは逃げずに受け入れ、乗り越えようとしている」

「リディア?」

「私がいくら尋ねても理由も原因も教えてはくれないけれど、眠れぬ夜を魔法の灯りでやり過ごし、見えぬ扉の向こうを畏れながら飛び込んだよ」


 普通なら差し出される優しい手に縋りたいと思うだろうに。

 リディアは兄の手を借りずに、ひとりで戦っていた。


 あのスラム街の時のように。

 弱いのか強いのか解らないぐらい無茶苦茶で。


 それでもあの時勇気をもらった。


「父上と兄さんたちが納得できる答えを出せるように考えてみる」

「そうしておくれ」


 頷いてもう温くなってしまった茶を含み、決意もろとも飲み下す。

 胃の中で吸収して体中にその想いが染みわたるように。


「そうだ。ルーサラ兄さんはラティリスの毒って知ってる?」


 セシルが持ってきてくれた情報を思いだし問うと、僅かに表情を曇らせ「耳にしたことはあるけれど、あれは調合が難しい毒物で私も実物はまだ」と答えた。


「“冬の森”にも自生しているらしくて、セシルは学園の先生に頼まれて取りにいった。そこでフィリエス兄さんと会ったって」

「冬の森でフィリエスと?」

「症状は嘔吐と下痢、痺れ、痙攣、呼吸の減少、心臓が弱って衰弱して死ぬ」

「なるほど……つまり病ではなく意図的な毒殺」


 肩を力なく落としてルーサラは天井を仰ぐ。

 絶望で虚脱してしまったかのようにぐったりとソファに沈み込む。


「全く抜け目のない」


 病を見過ごしただけならばまだ問題は少なかっただろう。

 フィリエスは計画的に家畜を病に見せかけ殺し、表向きには善処していると見せかけ反感を買い、住民にも数名犠牲を出した。

 ラティリスの毒を使用し家畜と人が死んだと明らかになれば、その悪質な行動を赦すことはできない。

 厳しい処罰を下さなければ更に不興を買う。

 セレスティア家の名は地に落ち、名門と名高い伯爵家の爵位と領地を剥奪される畏れもある。


 フィリエスは己のしたことが明るみに出た方が都合がいいと思っているだろうが、また同時にセレスティア家のことを思えば自分に才覚が無かった故の失態が原因である方が望ましいとも考えているのだ。


「そうまでして、フィリエス兄さんが爵位を継ぎたくないと思ってたなんて僕は知らなかった」

「違うよ。そうじゃない」


 ルーサラがゆるゆると頭を振りながら身を起こし「なに分かっていないね」と苦笑する。


「フィリエスは私たちに遠慮しているんだよ」

「遠慮?」


 なにをだ。


 怪訝そうな顔をしたノアールに「不憫だね」と呟いてそれっきり口を閉ざした。

 それ以上は聞いても答えてくれないだろうと思いノアールは席を立ち挨拶をして部屋を出た。



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