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魔法学園フリザード  作者: 151A
ラティリスの毒
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羽化③


 書斎に集まった息子三人をじっくりと眺めて、ヴィンセント=セレスティア伯爵は暫く黙した。

 紫色の長い髪をひとつに束ね、前髪を後ろに撫でつけた姿は四十代半ばを過ぎたがまだ若々しさを感じさせる。

 感情を読ませない端正な顔立ちはルーサラに、色気のある緑色の切れ長の瞳はフィリエスに受け継がれていた。


 ノアールに遺伝したのは髪の色だけ。

 それも一部分が母親から譲り受けた銀色の髪が主張していて、髪質もどちらかというと柔らかく母親の方が近い。


 南側の窓を背に立つ父はいつも通り隙の無い立ち姿で威圧感を与えている。


「集まってもらったのは他でもない」


 挨拶も抜きでヴィンセントは本題に入った。

 多くを語らない父はいつでも簡潔で無駄が無い。


 ノアールはきゅっと唇を前歯で押え、なにをいわれるのかと身構える。

 そして発言を求められたら、自分は後継者として相応しくなく辞退したいという旨を伝えようと胸を緊張で震わせながら心の中でなんども繰り返す。


「そろそろ爵位を継ぐ者をはっきりさせたい」


 後ろで腕を組みヴィンセントがゆっくりと脚を前に出して、部屋の真ん中に立っている息子たちの傍までやって来る。

 ルーサラは眉を寄せ、フィリエスは口元に笑みを、ノアールは顔を強張らせて父の動きを目で追う。


「父上」


 艶やかといえる微笑みでフィリエスが半歩前に出ると頭を下げた。

 ヴィンセントは冷めた双眸で息子を見やり顎の動きで発言を許可する。


「私は判断を誤り、多大な被害と損害をラティリスに与えました。セレスティア家の名に泥を塗り、信頼を裏切った。私は父上から預かったリアトリスを治めることに失敗し、己の能力の限界と才覚の無さを露呈する結果となりました。全て私の不徳の致すところ。是非厳しい処断を」


 伸びのある美しい声が断罪を望む。

 ノアールは凍りつき、やはりという思いに胸が痛くなる。

 確たる証拠があれば、いや、あったとしても損失を出したことは変わらない。

 フィリエスは伯爵家当主の後継者としての立場を返上しようとしている。

 そのために計画して、自らの手を汚した。


 その事実は変わらない。


「その話は終わったはずだ」


 眉間に皺を寄せてあからさまに不愉快そうな顔をする父の顔をノアールは呆然と眺める。

 感情を表に出さないヴィンセントにしては珍しいことだった。


「私が処断を望んでいるのです。父上」

「フィリエス。父上が決めたことだよ」


 父に懇願する義弟をルーサラが優しく諫めた。

 フィリエスは渋々口を噤み出ていた半歩を下がって元の位置へと戻る。


 深いため息を吐くと、ヴィンセントが息子たちを順番に見据えて口にしたのは信じられないような言葉だった。


「誰が継ぐかはお前たちが決めろ。私は一切口出すつもりはない」

「父上。それはどういう意味ですか」


 流石にルーサラも困惑して真意を問おうと口を開く。

 ノアールも父の口から出た言葉を理解できずに思考が止まる。

 だがフィリエスだけは艶のある瞳に険を滲ませて父を睨んでいた。


 強い光を湛えて。

 

「一週間後それぞれに誰が相応しいかを問う。そこで決める。以上だ」

「父上。それはあまりにも無責任に過ぎます」


 普段口答えをすることがないルーサラが詰め寄るが、ヴィンセントは背を向けて書斎の隣にある執務室への扉へと音も無く向かい消えた。


 拒絶するかのように閉じられた扉に愕然とする。

 伯爵本人が決めるのではなく、後継者候補の息子たちに決めさせるとは。


「父上はなにを考えてこんなこと」


 ノアールはどちらの兄でも父と同じように領地を治めることができると思っている。

 だがどちらかを選べと言われたら話は別だ。


 ルーサラか、フィリエスか。


「……選べるわけが無い」


 同じ思いを口にしたのはルーサラだった。

 首を左右に振り、右手を額に当てて苦渋に満ちた顔をする。


「父上の決めることにはなんでも従うのがルーサラだろう?」


 唇を歪めて壮絶に美しい笑みを浮かべフィリエスが嫌味の籠った言い方をする。

 処断されなかった苛立ちをぶつけるかのように。


 ノアールはのろのろと顔を上げて二人の兄を見る。


「……なんでも、というわけでは無いよ」

「私の記憶する限り、ルーサラはなんでも是だった」

「今まで父上は決断を誤ったことは無いからね。でも今回は」

「私を処罰しない段階で間違っているだろう?」


 声を荒げたのは焦りからか。


 フィリエスは眦を上げてルーサラを睨みつける。

 その冷たい瞳がフィリエスの母の葬儀の時に見たあの眼と同じでノアールの背中を寒気がぞわりと撫で上げた。


 憎しみに彩られた緑の瞳。


「フィリエスは責任を取って王都まで出向き、謝罪と報告をしただろう?その際、王からも特別叱責は受けていない。処断は全て父上に任せると――」

「いい加減にしてくれ!どれだけ私が苦しみ、惨めな思いをすれば満足するんだ!」


 左隣に立っているルーサラの肩を乱暴に掴んでフィリエスは吐き出すように罵る。

 姿勢を正し、常に冷静な姿を晒していた次兄の姿とは違うフィリエスにノアールは驚き足が竦む。


「私はただフィリエスにも笑っていて欲しいだけだよ」

「笑ってなどいられるかっ!ここへ来る前も、来てからも心の底から笑えたことなど一度も無い。ただの一度もだっ」


 激しく揺さぶり容赦なく暴言を叩きつけ後、ルーサラを突き飛ばしてノアールを振り返る。

 その面には感情が削ぎ落とされ、ギラギラと怒りを湛える瞳だけがあった。


 怖気づき一歩下がる。


「今まで仲良し兄弟を続けるのがどれだけ苦痛だったか分かるか?だがそれもこれで終わりだ」

「フィリエス……兄さん」

「せいぜい命を獲られないように気を付けるんだな」


 冷たい一瞥をくれてフィリエスは扉を開けて足音高く出て行った。

 今まで優しかった兄の豹変ぶりに慄き、助けを求めてルーサラを見ると弱った顔で苦笑される。


「……残念ながら、あれはフィリエスの本心だよ」

「そんな!」

「巧妙に隠してきた本当のフィリエスだ。でも。今まで見せていた姿もまた真実フィリエスだよ」


 安心しなさいと肩を撫でられてノアールは震えながら頷いた。

 きっと本心から笑ったことが無いのも、仲の良い兄妹を演じるのが苦痛だったのも本当だろう。


 あの憎しみに満ちた瞳に偽りはない。


 それでも優しく名を呼んで、話しかけてくれていたフィリエスの顔や声がとても演技だとは思えなくて。


「どうすれば、僕どうしたら」

「分からない。一週間の間になにか考えようか」

「うん……」


 素直に頷いてルーサラに促されるまま書斎を後にした。



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