羽化②
痛みと貧血で意識が朦朧としていたから、なにをされても抵抗はできなかった。
実際なにをされたのかも分からなかったけれど侍女はてきぱきと慣れた手つきで全てを終えリディアに布団をかけて汚れた服と下着を手に下がっていった。
鈍い痛みが強くなったかと思うと徐々に弱まりそしてまた強くなる、の繰り返しでこれがずっと続くのならば死んだ方がましだと思う。
歯を食いしばって痛みに耐え、胎児のように丸まる。
冷え切った身体では一向に布団の中も温まらなくてずっと震えているしかない。
「セシル……お願い、早く戻って来て……」
薬より今は傍にいて欲しかった。
寂しくて、不安で、恐くて、苦しくて、痛い。
閉じた目尻から涙が零れて枕を濡らす。
「――いっ!」
今までで一番強い痛みが襲いぎゅうっと下腹部を押える。
なにも考えられなくなって、頭の中が真っ白になり奥の方でチカチカする光が見え、痛覚が限界まで刺激されたところで――意識が飛んだ。
扉の閉まる音でゆっくりと覚醒する。
足音はしないが気配はベッドへと近づいてきた。
その気配と匂いに心が緩んでまだ怠く、重い身体から力を抜く。
薄く目を開けるとセシルが壁際のドレッシングテーブルの上に六つの小瓶を並べているのが見えた。
こっちに背中を向ける形で鏡の前に座ると、白い陶器の器に瓶から出したなにかを入れ始める。
乾燥した強い独特の匂いは薬草だろう。
やがてゴリゴリと磨り潰す音が聞こえ始めると更に匂いは強烈になる。
あれを飲まされることになるのかと考えたら、また気持ちが悪くなってきて息を止めた。
手を止めて水差しから乳鉢へセシルは少量の水を注ぐ。
流れるような動作に迷いも戸惑いも無く、ドライノスの助手をし始めて一か月も経っていないのに熟練した人の動きをしていた。
なんでも簡単にこなせるなんて、セシルは器用だ。
羨ましい。
リディアは鈍臭くて不器用で、全てが遅い。
それでもセシルが良い所がいっぱいあるといってくれたから。
ルーサラが魅力的なレディだといってくれたから。
それを信じて、頑張りたいから。
羨ましくても僻んだりはしない。
緑色の淡い光に気付いてぼんやりとしていた意識を引き戻す。
確かな魔力の動きが渦を巻きキラキラと輝く緑の光となってセシルの掌に集まっている。
空気というよりも風が流れ、まるで遊ぶかのように纏わりつくと、輝く粒子を巻き込んで白い器へと飛び込んだ。
どこまでも明るく奔放な魔力の発現。
「セシル……」
ドライノスがどうしても弟子にしたいと思うはずだ。
大気中の魔法の源がセシルの魔力と混ざり合うことで喜び、自由を得て力強く動き始める。
歌うように。
踊るように。
「リディ。丁度よかった。薬ができたよ」
「セシル、さっきの魔法は」
両手をついて身体を起こすと友人の背中に問いかける。
「うん?ドライノスに無理矢理教えられたんだけど、成功したかは飲んでみないと分かんないよ」
振り返った顔には失敗でも成功でも別に構わないと書いてあった。
さっきの魔力の発現を見ていたら失敗だとは思えないのに謙遜も自慢もしないセシルはいつものようにただ笑っている。
どうぞと渡された乳鉢は掌に収まるほどの小ささで鼻を寄せても苦い臭いはしなかった。
見た目はドロドロで、長年掃除していない池のような色をしているが折角用意してくれたので恐々口をつける。
「トウキ、センキュウ、シャクヤク、ソウジュツ、タクシャにブクリョウ」
口に含むと苦くは無いがザラザラとした繊維が残り気持ちが悪い。
鏡の前まで戻ってコップに水を入れて持ってきてくれたセシルに礼をいって一気に飲み干す。
「それ……なに?」
「薬の中身。合わせて使うことによって効果がある。全部揃うかちょっと自信なかったけど、ラティリスの騎士団は薬草の品揃えが良くて助かった」
「わたし、なんの病気なの?」
未だに鈍い痛みは続いていて、腰は重いし寒気も吐き気も治まらない。
恐怖と不安を堪えて聞けばセシルはきょとんと目を瞬き、すぐに破顔して「大丈夫」と請け負った。
「病気なんかじゃないよ。ほんとにリディは初めてなのか……。十六になるのにね」
「歳が関係あるの?」
「ある。女には毎月あるから、みんな月の障りとか月のものっていう。聞いたことない?」
「月の障り……って。ウソ」
勿論聞いたことはある。
それでも実際自分の身に起こらなければそれは知っているというだけの物で、経験してみると知識よりも唐突で痛みも強く戸惑いしかなかった。
こんな苦しい思いを毎月しなければならないのか。
くらりと眩暈がした。
「セシルも……ある?」
「残念ながら女だからね」
当然の如く答えられリディアは悲しくなる。本当に残念だ。
「でもヘレーネには来ないんだから腹立つよね?」
あれだけ綺麗で女性らしいのに、ヘレーネは男だから無いのだと思うと不公平な気がして腹立たしい。
だからセシルの言葉に同意して「ずるい」と頷く。
「でも。あたしがいる時でよかった。男どもはこういうことには鈍感だから」
「……そうだね。昨日とか、なってたらわたしどうしていいか分からなかった」
もしものことを考えると恐ろしい。
ジェンガがいたが、他の三人は男だ。
突然の事に動転したり、痛みのあまり取り乱したり、倒れたりした上にリディアにとって初めての月の障りだと気づかれたら――。
「いやだっ!」
そんなの恥ずかしくて死にそうだ。
「大丈夫。どの女にもある、普通の現象だから。落ち着いてリディ。誰も気づいてないよ。旅の疲れが出て体調崩したっていっとくから」
「……女に生まれなきゃよかった」
「あたしもそう思ってるよ。ほら。寝て」
吐き出した本音にセシルが苦笑し、宥められながら枕に頭をつける。
さっきの侍女がしたように布団をかけ身を引いたセシルの腕を慌てて掴んだ。
「ねえ、お願い。セシル」
「なに?」
「傍にいて」
「そんなに寂しかった?」
くすりと微笑んでセシルはベッドの縁に腰かけ顔を寄せてくる。
琥珀色の瞳はキラキラと輝いて、それ自体がまるで魔力を持っているかのように美しい。
「ずっと心配してたんだから」
「そう」
リディアが心配していたのは当然だと思っている口振りで囁く。
その余裕な言い方がちょっと悔しくて唇を尖らせると、セシルの人差し指がその先をちょんと突いた。
「眠るまではいてあげるから。安心して」
眠るまでではなくずっといて欲しい。
捕まえていないとどこかへ行ってしまいそうでリディアは恐いのだ。
この二日間ちゃんとセシルがラティリスまで来てくれるのか不安で。
目を離すとリディアの前から消えてしまいそうで。
「セシル……わたしたち友達だよね?」
「なにいってんのさ。当然でしょ」
二人の関係に名前を付けて安心する。
セシルはどうか分からないけれど、リディアにとっての友達は特別だ。
ずっと欲しくて堪らなかった宝物。
手に入れた後は失わないように怯えて、必死で。
「セシル。今度、セシルのこと色々教えて」
「あたしのこと?つまんないよ。聞くだけ無駄だ」
「そんなことない。セシルのこと知りたい。ちゃんと」
リディアよりヘレーネの方がセシルのことを知っているのは、本人から聞いたのではなくディアモンドに集まってくる噂や情報を沢山持っているからだ。
セシルは自分のことを誰にも話さない。
自分からは。
だから。
「お願い」
「……あたしのことを受け入れられるような心がリディの中で育ったら。それもいいかもしれないね」
曖昧な約束。
それでも約束は約束だ。
「頑張って育てるから……」
「頑張らなくていいよ。そこは」
「約束だからね」
そっと目を閉じてリディアはゆっくりと息を吐き出す。
じんわりと体が温まってきて眠気が忍び寄ってくる。
セシルの匂いが傍に来て唇が額に触れた気がしたが、その感触を確かめる前に眠りへと落ちた。




